【残った者と置いてけぼりと妖精】 2月19日より。

【残った者と置いてけぼりと妖精】


 老夫婦が森に入り、それぞれに木の実やキノコを集めていました。


 そうしてお婆さんが腰を屈めて地面を眺めていると、小さな羽根を持つ小人が、大きなキノコの笠に上に寝そべっているのを見付けました。


 紺碧の蝶々の羽根を持った妖精を、お婆さんが優しく撫でますが、起きる気配はありません。


 ココは野生動物も居る森の中。

 心配になったお婆さんは、ほのかに暖かい妖精を籠に入れ、先に帰ると暖かい暖炉の前に籠を置きました。



 お爺さんはまだ森の中、キノコと木の実を集めていると、2人の人間を見付けました。

 寒くなってきたこの秋の季節に、薄着のままに行き倒れているので、起こして家へと連れて帰りました。


 次の朝、最初に目を覚ましたのは人間の女で、家の事を手伝わせてくれと申し出ました。


 次に目を覚ましたのは妖精で、昨日取り損ねたであろうキノコを、一緒に探すと申し出ました。


 最後の1人、人間の男は、まだ目覚めませんでした。

 女に家を任せ、お爺さんとお婆さんと妖精は一緒に森へ行きました。

 2人の大好物のアンズダケ、そしてリースの為の木の実を探します。


 妖精は物知りで鼻も効く子だったので、様々なキノコが沢山取れました。

 お昼には籠がいっぱいになったので、家に帰る事になりました。



 家に帰ると、ちょうど掃除が終わったらしく、女が湯を沸かしていました。

 そのまま皆で食事の仕度をしていると、料理の良い匂いで男が目を覚ましたので、一緒に食事をしながら話を聞く事にしました。


 先ずは女が話します。

「遠い所から来ましたが、どうしてあそこに居たのか覚えてません。そして私は彼の事は知りません」


 次に男が話します。

「僕は彼女の恋人、駆け落ちしようとしていたんだ」


 男は彼女の名前と、どんな家に住んでいたかを話すと。

 彼女は覚えている限りでは、名前も家も合っていると答えました。


 少し記憶喪失なのかも知れないと男が話すと、女もそうなのかも知れないと答えます。


 そして男は老夫婦に頼み事をします。

「少しの間、僕と彼女をココへ置いて貰えませんか?何でも手伝います」


 老夫婦もまた駆け落ちし結ばれた夫婦なので、快く受け入れました。


 そして最後に妖精が話します。

「女王様が悲しみにくれているので、何か喜ばせられるモノが無いか探していて、疲れて寒くて、眠ってしまっていたんだ」


 老夫婦は一緒にリースを作り、プレゼントするのはどうかと提案します。

 思ってもいなかった提案に妖精は嬉しくなり、一緒にリースを作る事にしました。


 それからは、女がお婆さんから家事を教わりながら家の事を手伝い、男はお爺さんから薪割りや力仕事を教わりながら、家の修繕までこなしました。

 妖精は森へ一緒に行き、食べられる木の実やキノコの場所を沢山教えてあげました。



 助けていない自分達の分まで、キノコや木の実を取ってきてくれる妖精に、恩返しにと男は小さな木の家をプレゼントしました。

 とても喜んだ妖精は、自分以外の妖精や、神の姿が見える粉を振り掛けてあげました。


 男は何が見えるのか気になって試しに外へ出てみると、天空に浮かぶ島が見えました。


 妖精が話します。

「女王様が居るアヴァロンだよ、ココには他にも色々な神様や魔法使いがいるんだ」


 もしかしたら、彼女の記憶を取り戻せるかも知れない。

 そうして男は、旅に出る事にしました。

 ですが、この家の事が心配なので、妖精のリースが出来上がるまで沢山薪を割り、家を綺麗に改築しました。


 そして秋の終わりが近づき、妖精のリースも完成したので男は旅立つ事にしました。


 お婆さんは男の為にお弁当を持たせ、お爺さんは家宝の斧を渡します。

 一緒に旅をする妖精に、寒いだろうからと手編みのマフラーと、木の実のクッキーが渡されました。


 そして以前より少し逞しくなった男は、妖精と共に旅立ちました。


 先ずは女王へ挨拶をしにアヴァロンへ向かうと、可哀想な男に付き添う様にと妖精へと命じました。

 男を親友の様に思っていた妖精は、喜んで付いて行くと返事をしました。


 そして2人は女王の勧めで、魔法使いの居る森へと向かいました。


 嗄れた老人の周りには、沢山の人間が集っていました。

 その老人へ記憶を取り戻す魔法が知りたいと話をしましたが、老人は訳の分からない言葉を話すばかり。


 諦めた男は魔法使いの森を出て、魔女の住む山へと向かいました。


 そこでは嫌な男に似ていると門前払いをされてしまったので、次は西の魔女へ。

 そこでも記憶を取り戻す魔法は聞けず、東の魔女へと会いに行きます。


 そこでも魔法を知る事は叶いませんでした。

 記憶を取り戻す魔法を知る者に出会えぬまま、1年が過ぎようとしていました。


 とうとう宛の無くなった男は、最近噂で聞いた黒い森へと魔法使いを探しに向かいます。


 その黒い森は老夫婦の住む森にそっくりで、彼女と、その家がとても懐かしくなってしまいました。

 呆然と立ち尽くす男に、嗄れた老人が声をかけました。


 その老人は、かつて魔法使いの森に居た老人です。

 余りにも悲しそうな男に同情し、記憶を取り戻す魔法の呪文を内緒だと言って男に教えました。


 男は喜び勇んで帰ると、既に彼女の姿は無く、お爺さんも亡くなって、お婆さん1人だけが家に居ました。


 あの後、直ぐにお爺さんが病に倒れ、医者に暫く診て貰っていたが、看病の甲斐も無くお爺さんは亡くなってしまった。


 そして葬式も終わった頃、彼女は、医者と共に彼女は出ていってしまったと、淋しそうにお婆さんは話しました。

 妖精はお婆さんを慰める為に、今まで歩いた森の木の実を渡しました。

 男は、自分の選択が間違ったのかも知れないと思いつつ、お爺さんの斧を返し、お墓参りへと向かいました。


 森の中のお墓は立派でした。

 今は彼女の夫となった医者が建ててくれたそう、お墓参りでなお、居た堪れない気持ちになった男は家へ戻り。

 また前の様に、沢山の薪を割り始めました。


 それからも薪割りが終わると、森へ木の実やキノコを取りに行き。

 川で魚を釣り、鹿を仕留めました。

 せめてお婆さんとお爺さんへの恩返しだけでもと、懸命に働きました。

 そしていつも一緒に居てくれる妖精には、人形を作ってあげました。


 すっかり逞しくなった男によって、薪小屋からは薪が溢れ、倉庫には沢山の食料が集まりました。


 沢山の薪に沢山の食料、今年の冬を1人で越えられるか心配していたお婆さんは、思わず大笑いしてしまいました。

 そうして笑うお婆さんに、もう何もする事は無いだろうから、冬には人形を作る様に勧められ。

 男は言われるがままに、溢れた木で人形を作り始めました。


 お爺さんにそっくりな人形、妖精にそっくりな人形、女王そっくりな人形。

 そして彼女にそっくりな人形を作り終えた頃、外は春になっていました。


 良く出来た人形なので、少しばかり売りに行ったらどうかとお婆さんが言い、妖精も同意しました。


 男は買い物のついでにと何体かの人形を抱え、町まで出掛け。

 試しに骨董品屋に持ち込むと、直ぐに買い取ってくれたので、お婆さんと妖精に毛糸を買って帰りました。


 喜んだお婆さんと妖精は、次は洋服も着せて売ったらどうかと男に言いました。


 毛糸を買っても少し余ったお金と、女王に似た人形を持って、男は再び町へと向かいます。


 生地屋へ相談に行こうと店の前で人形を取り出すと、1人の女性が話し掛けて来ました。


「その人形のデザインは、知り合いか何かですか?」


 男は答えます。

「昔見た妖精女王です」


 その答えを聞いた彼女は、男へ抱きつきました。


「貴方も彼女に会ったのね」


 と、嬉しそうに話す彼女を慌てて引き剥がし、近くの公園で話を聞く事にしました。


 彼女は絵描きで、大昔に祖母が見たと言う妖精女王の絵を大切にしている事、その絵が好きで絵描きになったのだと話しました。


 そしてその絵と、男の人形が余りにも似ていたので、つい声を掛けたんだと。

 最後には恥ずかしそうに抱き着いた事を謝罪しました。


 妖精女王を知っている人が居れば、立派な服が仕立てられるかも知れないと思った男は、生地を選んで欲しいと頼みました。

 彼女は喜んで引き受けました。


 それから彼女の家へ絵を見にお婆さんと共に出向いたり、彼女を食事に招いたりしていると、季節が夏へと変わりました。


 器用な彼女はお婆さんの教えで、妖精の服や人形の服を仕立てられる様になり、人形もどんどん売れる様になりました。


 そうして妖精とも仲良くなった彼女が、秘密を打ち明けます。

 妖精女王と会ったのは自分で、彼女の美しさを伝えたくて絵描きになったが、全く売れないので悩んでいると。

 女王の話も子供の頃に嘘つき呼ばわりされて以来、本当の事を言うのが怖かったのだと話しました。


 妖精は驚く事無く、寡黙な男の代わりに彼の話しを聞かせました。

 失恋の手慰みにと作った人形が売れて驚いている事、彼女の絵から作った人形が売れて、男が喜んでいる事を伝えました。


 喜ぶ彼女にプロポーズさせ、全てを打ち明けさせました。


 そうして男も、彼女も、お互いに居なくてはいけない存在だと思った2人は、結婚する事にしました。

 お婆さんと妖精に祝福され、結婚し、4人仲良く森で暮らし始めました。



 そうして何年かが過ぎた頃、いつもの様に男は町へと人形を売りに行きました。

 それは冬の始まりの頃、昔良く見た顔が、目の前からやって来ました。


 医者と駆け落ちした彼女。

 顔に痣を作り、白衣の男の後ろを歩く彼女に、通りすがりに男は呪文を唱えました。


 すれ違った瞬間、記憶を取り戻した彼女は男へと駆け寄ろうとしますが、医者に掴まれ動く事は叶いません。


 絶叫する彼女の声に男が思わず振り向いた瞬間、医者の手をどうすり抜けたのか。

 彼女の姿は消えてしまいました。


 そして医者は男へ襲いかかり、男は死に、妖精はいつまでも森で待つ事になってしまいましたとさ。


 おしまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る