初陣②

 試合開始の合図と共に仕掛けたのは、荒野のガンマンこと、ビリー・キャンベル。人差し指と親指を立て、右手でピストルの形を作る。そしてその指先を投げの鬼、木村正門へと向けた。次の瞬間、僅かな破裂音と共に彼の指先からエネルギー弾の様なものが打ち出され、木村の頬を掠める。


「あれがあっちの男の技能みたいでやすね」

「飛び道具かよ。厄介だな」


 指先から圧縮したエネルギーの塊を射出する技、指鉄砲フィンガーショット。それがビリーの所有する技能である。

 二発、三発と放たれる弾をすんでのところでかわす木村。そして一瞬の隙をつき、ビリーとの距離を詰める。


「上手くかわしちゃいるがまだ距離があるな。あれじゃ投げるどころか組めもしねえぞ」

「そうでやすねぇ。……あっ!何か仕掛けるみたいでやすよ!」


 タルバが指差す先で、木村は自らの掌をビリーに向かって翳す。その瞬間、ゴウっという風が会場を包み込んだ。かと思うと、ビリーの身体がズルズルと引き摺られはじめた。

 吸引バキュームするハンド。あらゆる物を引き寄せる木村の技能である。

 突然発生した引力にバランスを崩したビリー。彼は尻餅をつきながらも、『指鉄砲』を滅多矢鱈に撃ちまくる。だが、そのどれもが木村を捉えるには至らない。


「なるほど。あの技能で接近戦に持ち込むのが作戦だったでやすねぇ」

「あんな滅茶苦茶に撃っても当たんねぇだろ……ってマジか?」


 思いもよらない光景に、歩は身を乗り出した。

 四方八方に飛ぶ指鉄砲の弾。その悉くが、木村の手に吸い込まれる様に進路を変えたのだ。


「追尾弾?……いや、さっきまでは直進だけだったはず」

「あっちの男の技能が利用されたでやす!あの弾まで引き寄せちまったでやすよ!」


 タルバの推測通り、それは『吸引する掌』によるものだった。全てを見境なく吸い寄せる彼の能力は、図らずも敵の攻撃すら呼び込んでしまったのだ。

 木村の手に指鉄砲が着弾する。と、同時にパキパキという乾いた音が場内に響く。


「折れたな」

「わかるでやすか?」

「音でな。何度か聞いたことがある」

(さらっと怖いこと言うでやすなぁ、この人は!)


 歩の見立て通り、木村の指は骨折していた。その激痛に、さしもの投げの鬼も思わず技能を解いた。

 瞬間、自由を取り戻したビリーは木村に飛びかかる。そして、あらぬ方向にねじ曲がった彼の指を強く握った。


「ぐああぁぁ!!」


 雄叫びにも似た絶叫。その直後、苦痛に歪む木村の頭をビリーが抱え込んだ。そして、彼の顔面に向かって膝、膝、膝。膝蹴りのラッシュを嵐の如く叩き込む。

 ビリーのジーンズの膝下が、木村の血で朱に染まった頃。ようやく彼は木村の頭を解放した。膝から崩れ落ちる投げの鬼。そこに合わせるようにガンマンの回し蹴り一閃。その直後、ビリーの追撃を防ぐ為にレフェリーが二人の間に滑り込んだ。


『ここでレフェリーストップ!!勝者は荒野のガンマン、ビリー・キャンベル!』


 割れんばかりの声援と拍手が、勝者の頭上に降り注ぐ。その様子を満足そうに見回すと、ビリー・キャンベルは入場口へと戻って行った。


「あーらら。ハズレでやすね」

「そんな日もあるさ」

「おや?どちらへ」


 試合が終わると、歩は観覧席から立ち上がり歩き出した。


「んー。……便所」


 闘技場の一階にあるトイレ。そこで、用を足した歩は、洗った手を自らの衣服で拭きながら独り言を呟く。


「案外綺麗なんだよな。異世界の便所って。……ん?」


 トイレから出た歩の視線の先で、闘技場の係員と思われる二人が何やら困った顔をしていた。


「第四試合の山本選手。いきなり棄権なんて困るよなぁ」

「なんせあの『仮面の貴公子』様の試合だもんな。ファンが黙ってねえよ」

「だよなぁ。あーあ、客に説明すんの気が重いよ」


 腕組みをしながら聞き耳をたてる歩。その直後、良からぬことを思い付いたのかニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。


(どうやら欠員がでたみてえだな。……なるほどなるほど)


 愚痴をこぼす係員達に、歩は音もなく近付くと爽やかな笑顔で話し掛ける。


「どうもどうも。何やらお困りのようで?」

「ん?なんだアンタ」

「俺は天道歩。新人だが、闘士をやっている」

「はぁ。……なあ、お前知ってるか?」

「知らん」


 気の抜けたやりとりをする係員達。だが、歩は構わず続ける。


「まあいい。ところで、欠員が出て困ってんだろ?なあ、代わりに俺を出してくれよ」

「ええ?でもなぁ。アンタ新人だろ?そんな勝手なことは……」

「わかった!上にはこの私が上手いこと報告しておこう!」


 係員の一人が相方の口を塞ぐと、そう言って胸を叩く。そして、歩に背を向けると二人でこそこそと話しはじめた。


「おい!いいのかよ」

「いいんだよ。客が見たいのは『仮面の貴公子』サマだ。新人が一方的にボコられたって喜ぶさ」

「うーむ。それもそうか」


 ひとしきり相談が終わると、係員達は笑顔で歩に向き直った。


「ありがとうございます、天道選手!では、後程お呼びいたしますので、しばらくこの先の控え室でお待ちください!」

「おう!」


 そして、控え室の中。歩は事のあらましをタルバに伝えた。


「……で、急遽試合にでることになったと」

「ああ」

「なに勝手なことやってるでやすか!」

「そう怒るなって。キッチリ勝って宿代くらいは返すさ。それによ。人の喧嘩見てるだけじゃつまんねえよ」


 ニヤリと笑うと、歩は拳をガツガツと打ち鳴らした。


「……さあ!ここからが俺の初陣だ!」

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