柳金剛流②

 柳金剛流を極める為の修練は、大きく分けて三つの段階に分類される。

 一つ。徹底した鍛練で金剛石の如き体を作り上げること。自傷行為にも近い過酷な鍛練を経て、人体の破壊と再生を繰り返す。そうすることで筋肉のみならず、骨までもが人間離れした強度を得る事ができる。

 二つ。受け継がれてきたあらゆる技の習得。柳の枝の如きしなやかな動きを目標に、気の遠くなるような反復練習を日々繰り返す。その結果、適切な技を反射的に使うことができるようになると考えられている。

 そして三つ。それらの複合。鍛えた体と磨き抜いた技を用い、ただひたすらに実戦経験を積むことでより高みを目指す。

 以上の段階を踏むことで、柳金剛流を会得する事ができるのだ。そして、道半ばとはいえ天道歩てんどうあゆむもまた、日々この鍛練をこなしている。つまり、つまりだ。鋼鉄の拳程度では柳金剛流の骨を砕くには到底至らないということである。


「お前!何で無事なんだ!」

「鍛え方が違うんだよ。鍛え方が」

「クソ!」


 上地は歩の手を振りほどくと、距離をとるために後退する。初手で終わらせるつもりだった上地にとって、この後退は仕切り直しの意味もあった。だが、柳金剛流の使い手を相手にするには、この行動は悪手としか言いようがない。


(好機!)


 相手のバックステップにあわせ、歩も前方に飛び込む。それと同時にノーモーションの突きを繰り出した。

『柳金剛流・疾風突はやてづき』。フェンシングの打突にも似たフォームから放たれるこの技は、柳金剛流最速の打撃と評されている。


「ぐっ!!」


 歩の放った高速の打撃が、上地の鎖骨に突き刺さる。

 本来、バックスイングをとらず下半身の体重移動と手首のスナップのみで打撃を行うこの技は、速度と引き換えに攻撃力に欠けるという欠点を持つ。だが、破格の強度を誇る歩の拳によって、手打ちに近いこの技も充分な破壊力を備えるに至っていた。


ッ!!あんな手打ちがなんつう威力だ!)


 予想外の激痛に、上地の足が一瞬止まる。そして、これが勝負の分かれ目だった。

 開いた体の正中線に歩の正拳突きが二発、叩き込まれる。一瞬遅れて上地の鋼鉄の両腕が急所を庇う様に自らの体を覆った。が、その隙間を縫う様に、彼の肝臓には三日月蹴りが突き刺さる。


「かはっ!!」


 内臓への強い衝撃は人体の機能を著しく低下させる。それは、この闘技場で幾多の闘士希望者を沈めてきた上地哲夫と言えど例外ではない。

 胃液を吐き、片膝をつく上地。そして歩は、そんな彼の手首を再び掴み上げる。


「今の攻防でわかった。アンタの技能、関節までは硬くできねぇんだろ?」

「ひっ!」


 冷たく言い放つと、歩は上地の手首を一気に捻り上げ、そのまま相手を床に押さえつけた。

 上地の技能『鉄腕アイアンアーム』は自身の両腕を鋼鉄に変質させる能力である。しかし曲げ伸ばしをはじめとする、あらゆる動作の基盤になる関節までをも鋼鉄化させてしまうと、攻守共に不自由が生まれてしまう。その為、彼の技能は関節の鋼鉄化は制限されているのである。

 そして、上地の能力の弱点を歩は看破した。


「どうだ?痛えだろ?」

「あだだだだ!!」


 リストロック。手首固めとも呼ばれるこの技は、その名の通り手首の関節を極める初歩的な関節技である。

 武道・格闘技において、関節技に地味な印象を持つものは多い。だが、相手に関節と痛覚が存在する以上、関節技というのは抗うことの出来ない必殺の一手となる。例えそれが、鉄の腕だろうがダイヤモンドの体だろうがそこに例外はない。


「さて、と。人様の拳砕こうとしたんだ。それなりの覚悟はあんだろうな?」

「……へ?」


 歩は左手で上地の関節を極めたまま、空いた右手で握り拳を作る。


「アンタの技能とタメ張る俺の一撃。……受けてみるか?」

「い、いや。それは……」

「せーーの!」

「うわぁぁ!!」


 大きく振りかぶった右拳を、歩は上地の側頭部へ思い切り振り下ろす……直前で、ピタリと止めた。


「なーんてな。もう勝負はついて……て、ん?」

「…………」 


 そこには泡を吹いて地に伏す『鉄腕』上地哲夫の姿があった。

 歩は上地の手を離すと、一部始終を見ていた小綺麗な格好の男に視線を送る。


「あの、これ。俺の勝ちでいいんすよね?」

「勿論でございます。諸々の処理はこちらでしておきますので、受付の方に後程お声掛けしてください」

「うっす」


 ぱんぱんとシャツの汚れをはたくと、歩は出入り口に向かって歩きだす。そんな彼の背後から審判を勤めた男が声をかけた。


「あの、一つよろしいですか?」

「……なんすか?」

「最後の一撃。何故トドメをささなかったのでしょう?確実に勝つためにはあそこでの寸止めはあまり合理的でないというか……」


 男からの質問に歩は頭を掻いた。そして、少しだけ恥ずかしそうに口を開く。


「じーさんの教えだ」

「お祖父じい様の?」

「ああ。柳金剛流……、俺の技はじーさんに教わったモノなんだけどさ。『今の時代、古流柔術は護身術であるべき』なんだと。だから必要以上の追撃はしないようにしてるんだ」

「そうだったのですか」

「俺はいい孫じゃなかったからよ。こっちの世界でくらい言うことを聞こうと思ってさ」


 そう言った直後。頭痛と共に歩の脳内に見覚えの無い映像が浮かんできた。


ッ!……俺が、刺されて?なんか思い出せそうな)

「どうされました?」


 ぼーっと立ち尽くす歩に男が声を掛ける。その一言で歩は我にかえった。


「……いや、なんでもねっす」

「そうですか。いや、お止めして失礼しました。……それから。改めまして、テンドウアユム様。闘士としてご登録、おめでとうございます」


 歩はペコリと頭を下げると、再び受付に向かって歩きだした。

 受付での報告を済ませると、ニコニコ顔のタルバがどこからともなく姿を現した。


「いや~。おめでとうございやす!やはりアッシの目に狂いはなかったでやすな」

「調子のいいこと言いやがって。それより何処に行ってたんだ?」

「当面の宿を確保しに行ってたんでやすよ。アッシは旦那のマネージャーみたいなもんでやすから。あっ!お代は結構でやすよ?先行投資ってヤツでやすから」

「そうか?悪いな」

「いえいえ。それよりこれからお祝いってことで一杯どうでやすか?旨い酒をだす店があるんでやすよ」


 だが、タルバの誘いに歩は首を横に振る。


「俺は未成年だ。酒は飲めん」

「案外真面目でやすねぇ。筋肉以外もお堅いんでやすか?」

「あん?」


 眉間にシワを寄せる歩の顔を見て、タルバは再びケタケタ笑う。


「ジョーダンでやすよ、ジョーダン。旨い飯とミルクもありますよ」

「なら、行く」


 頷く歩の前にタルバは手を差し出した。


「それじゃあ歩の旦那。これからもよろしくお願いします」

「ああ。よろしく頼むよ。オッサ……いや、タルバ」


 そう言うと二人は、固い握手を交わしたのだった。

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