異世界人①

 舗装もされていない、荒れた道を往く一台の馬車。その中に天道歩はぎゅうぎゅうと押し込められていた。


「すいやせんね、狭くって。先ほどもいいやしたが、アッシは行商人でして。積み荷の関係上どうしてもこうなっちまうんですわ。へへ」


 行商人・タルバはそういいながら馬車の荷台を指差す。そこには用途のわからないガラクタが山の様に積まれている。


「別に構わねえさ、狭いとこは慣れてる。……それよりさっきの話だ。その、『異世界人』だとか、『オーク』だとか」

「ええ!そうでやしたね。そうでやした。……ええと、何から話やしょうか?ま、順を追っていきやしょう」


 ほんのり赤くなった鼻の頭をポリポリと掻くと、タルバはにっこりと笑う。


「まず、旦那が先ほど倒したのはオークと呼ばれる生物でやす。好戦的で力も強く、常に数匹で行動するもんですから女子供はおろか、男だってまともには戦いやせん」

「オークねぇ。漫画かなんかで似たようなモンを見たことあるが、実在したのか?アレ」

「まあ、アッシらの世界じゃああんなモンがゴロゴロいるでやすよ。アユムの旦那みたいな異世界人からしたら珍しいかもしれやせんが……」

「その異世界人っつうーのがわかんねえんだよな。俺は日本人だし、ましてや地球人だ。異世界人だの火星人だのになった覚えはねえよ」


 カビ臭い馬車の背もたれに体を預けると、歩は大きな溜め息を吐く。そんな彼の様子を横目に、タルバは小さく笑う。


「そんな反応にもなるでしょうな。なにせ文字通り別世界にきたんでやすから」

「あん?どういう意味だよ」

「そのまんまの意味でやすよ。この世界はアユムの旦那のいた世界とは異なる存在。つまり『異世界』という訳でやす」

「……」


 タルバの言葉に歩は眉を潜める。そして、一拍空けるとフンっと鼻を鳴らした。


「はっ!冗談キツイぜ、オッサン。もしかして酔ってんのか?そういや鼻も赤いし……」

「ホイヤ!」


 歩の言葉を遮る様にタルバは手を翳す。すると、馬車の積み荷から小さな箱がふわふわと飛んできた。そして、その中から煙草を一本取り出すと、それを口に咥えた。


「ソリャ!」


 目を丸くする彼の目の前でタルバは指をパチンと鳴らす。それを合図に、今度は咥えた煙草に火が灯った。


「フー。どうでやすか?所謂『魔法』っていうヤツでやす。異世界人の方にゃあ珍しいでやしょ?まあ、アッシは学が無いんでこんな子供騙しみたいなのしか使えやせんが……。どうです?信じていただけないのならまだ見せやすが」

「いや、結構だ。……間近で見た所トリックの類いでもなさそうだしな。それにあのオークとかいう化け物も地球の生物だとは思えん。たちの悪い夢でも見てなけりゃ、ここは本当に異世界とかいう場所らしい」

「おや?案外あっさり信じてくれるんですな」

「順応性と腕っぷしには自信があるんだ」


 半ばやけくそ気味に胸を張る歩。そんな彼を見てタルバはケラケラと笑ったのだった。

 タルバから異世界の存在を聞かされた歩は、ふと頭に浮かんだ疑問を彼に投げ掛けた。


「しかし異世界人とやらの事情にえらく詳しいんだな。一体何者だ、アンタ」

「へへ、だから言ったでやしょ?アッシはただの行商人でやす。……とびきり貧乏なね」

「ただの行商人がそんなこと知ってるもんかね?」

「アユムの旦那の疑問はもっともでやすが、これくらいのことはアッシらはみーんな知ってるでやすよ」

「ふーん……」


 納得のいっていない表情の歩を尻目に、タルバは煙草の煙をぷぅーっと吐き出した。


「だって旦那みたいな異世界人ってアッシらの世界じゃ珍しくもなんともないでやすよ?」

「……は?」

「これから行く町だって異世界人が結構いるんで……」

「本当か!?」


 歩はタルバの肩を掴むと、前後にガクガクと揺すった。その激しさに、ボロボロの馬車はより一層傾きを増していく。


「お、落ち着いて!旦那!」

「落ち着いてられるか!俺以外にもいるのか!?異世界人ってのは!」

「ええ、いるでやすよ。その件も含めてアッシは旦那に声をかけたんでやすから」

「どういうことだ?」


 少し落ち着きを取り戻した歩はタルバから手を離した。その様子にホッとしたタルバは衣服の乱れを直す。そして、自らの思惑について語り始めた。


「その前に、旦那に一つ質問でやす。見知らぬ土地で生活していく上でもっとも必要になるものとは何か、ご存知でやすか?」

「…………酸素?」

「そう『かね』でやす」

「冗談だって」

「もともと異世界人と呼ばれる人達は、昔からこの世界にやって来てたでやすよ。それも大量に。そんな人々が文化の違うこの世界で、手っ取り早く金を稼ぐ方法ってのが年月をかけ確立されていったでやすよ」

「話が見えねえな」

「まあまあ、こっからでやす」


 そう言うとタルバはくくくと邪悪な笑みを浮かべた。


「その方法とはズバリ、闘技場でやす!異世界人は闘士として戦い、金を稼いでいる者が大勢いやす」

「ほーん……で?」

「案外察しが悪いでやすねえ。つまり、異世界人で無職の旦那には闘士になってもらいたいんでやす!そしてアッシがマネージャーとして旦那をサポートしやす!大丈夫!オークを倒した旦那の腕は本物でやす!さあ!二人でスターダムをかけ上がりやしょう!」


 語気を強めながらタルバは一気に捲し立てる。熱を帯びる彼の言葉とは逆に、一切やる気の感じられない様子で歩は答えた。


「ああ、いいぞ」

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