第4話

 彰人と目を合わせたまま頭をめぐらせるように、きのこの頭が回った。目も鼻もないのっぺりした白い面がこっちを見てる。ぞっとした。


「まさか」


 いま目にしたものが信じられない。

 黒っぽい茶色の笠はもうおかっぱではなかった。セミロングの女性のような形で、見間違えるわけがない。あれは振り返った。


 怖くて・・・・・・。

 その夜、彰人は風呂に入らなかった。


 部屋はいまだに湿気が強い。まとわりつく空気がぬるりと彰人を包んでいる。


(あのきのこ、取らなくちゃ!)


 でも・・・・・・とためらう。

 いったん閉めたドアはその向こうが見えない。すりガラスは上半分だけ。下の部分は隠れて見えなかった。



 浴室のドアを開けるのが怖い。



 見えないドアの向こう。


 きのこは動かない。動かないはずだ。

 動くはずがない、そう思っても恐ろしかった。本当に動かないんだろうか。あれはさっきこっちを向いた。確かにこちらを見ていた。


(きのこは動かない。・・・・・・動かない? 動かないのか?)


 では、どこから来たのか。

 きのこは動く。粘菌のように地を這って移動をして、ここぞという場所できのことして育つ。そんな映像をテレビで見たことがあった気がする。


(ドアの隙間から出てきたりしないよな)


 凝視するドアの向こうから何かが動く気配はしない。気配はないが・・・・・・。


(明日、明日取ろう)


 しかし・・・・・・きのこはあの中で今も育っているだろう。明日の朝にはどれくらいのサイズになっているだろうか。


(まさか、人サイズになんて・・・・・・)


 いっきにそんなに成長するはずが・・・・・・。


 彰人の心のなかでむくむくと成長するきのこの映像が結ばれる。寒くもないのに彰人は身震いしていた。

 さっき見たのは拳2つ分ほど。朝と比べたら大きいが明日の朝人間サイズになるほどの成長スピードじゃない。


 湿気を帯びた部屋の空気が彰人の体に触れる。

 それはまるで女性の手のようで、彰人は湿気から逃れようと冷房をいれて布団にくるまった。部屋の空気がさっぱりしていく。


(大丈夫、だいじょうぶ)


 きっと大丈夫だと自分に言い聞かせて眠る。






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