召喚者の病弱日誌―治療魔法師だから後衛だと思っていたんですが!ー

中谷 獏天

第1章

第1話

 高熱でうなされ朦朧としながら

 さっき見た夢を思い出し携帯にメモする

 良く観たアニメの様なハイテクノロジーな街


 空には黒光りする竜が飛ぶ美しい場所


 映画のセットの様に美しく整った病院では

 万人がテクノロジーや東洋医学、魔法の恩恵に預かれる

 大抵の病気や怪我は薬で治り、重傷者でも魔法も併用して治る


 優しい看護師、医師、見舞いの家族


 皆がニコニコ微笑んでいる


 病弱な自分にとっては夢の様な夢

 とても羨ましい、良い世界だ。




 ダメだ、病院に


 むりだ

 病院に行ける状況じゃ無い、身体中痛い

 トイレがやっと


 頭はベタベタ

 寝間着からジーンズに着替えただけで

 無理だ、つらい


 死なないけどツライ


 全身の関節がギシギシと痛い



 やっとの思いで水分を摂ると、今度は寒気が襲ってきた

 コートを着たまま、また深く布団に潜り込む




 寒い、自分の吐息が熱い


 付けっぱなしの画面には、雪が降っているとニュースが流れている


 勝手に体が震える、また熱が上がる悪寒

 電気毛布でも足りない、痙攣かの様にブルブルと体が強烈に震えだす


 ツラい、病気に慣れていてもツラい


 ツラいものはツライ



 さっき夢で見た場所を思い出そう

 病院の近くにはキレイな公園か草原があって


 さむい サムい寒いさむい

 電気毛布の当たる部位以外が冷たい

 うまく眠れない、さむい、つらい






 さっきの草原だ

 つめたい、さむい






「ゔうぅ……」

「話せますかー!」


 うまく目が開かない、焦点が合わない、よく聞こえない


《聞こえてますかー》

「体温、39,2」


 ボヤける、二重に見える、耳からごうごうごうと音がする


『高いですね』

「大丈夫ですかー、お名前言えますかー」


 白衣を着た数人が周りを動き回わりながら、代わる代わる話す


「さ、ゲホッ、ゲホ、ゲホ、ゲホッッ」


 咳で胸が痛い、息がうまく吸えない、喘息は無い筈なのに


「ゆっくりで大丈夫ですよー」


 マスク型の吸入器を宛てがわれ、ゆっくり吸い込み、吐き出す


 自分で呼んだ覚えは無いが、救急搬送されてしまったらしい


「桜木 花子 21才でず…」

《はーい、良く言えましたねー》


 また高熱で夢遊病の様に外に出てしまったのか


「ちょっとちくっとしますねー」

「あ"い……」


 痛くない、身体中の方が痛い

 血管から液体が入って、つめたくて気持ちいい






 キレイな庭で大きな2つの卵に囲まれ

 オーロラ輝く夜風を目一杯吸い込む


 温かい卵からコンコンと音が聴こえてくる


 またコンコンと聴こえた




(桜木さーん)


「あい」


 思わず返事をしたが。


「起きられます?」


「はい」

「体温、測りましょね」


「はい」


 これは、入院したっぽい、どうやってここに。

 ゆっくりと起き上がり、外を見る、薄暗い。


 が、違和感が凄い。

 見慣れない医療機器に囲まれてるし、外の景色まで違う気がする。


 柔らかい光が差し込む窓の外にはデカい月、綺麗なオーロラが見えている。

 天井には透明なステンドグラスから、キラキラと控えめな光を降り注いでいる。


「桜木さん、ここが何処だかわかります?」


「…病院?」

「正解です!ようこそ北海道札幌総合病院へ!」


「なんで」


 体温計からピピピッと音が鳴り。


 35,6 19:30 1/12

 大きい体温計を取り出すと、液晶には青く数字が映し出

された。

 軽めの防護服を着た女性は金髪碧眼だし。


 本当に、何処ココ。


 つかダルい。

 病み上がり、正確にはきっと病み上がりきっていない。

 高熱出したてホヤホヤの脳ミソはショート寸前。


 さっきまで寝てた家は札幌じゃない。


 頬をつねる。

 痛い。


「わー!ちょっと!夢じゃ無いですよ!」


 もう良く分からないし、鼻水が凄い勢いで垂れてきた。

 差し出されたティッシュで鼻をかむ。


「すんません」


「お水、お持ちしました」

「桜木さん、とりあえずお水もどうぞ」


 防護服が1人増えた、クールな感じの綺麗な声。


 水を飲む間にもう1人増えた。


『次は、コレを飲んで下さいねー』


 少しトロみアリ、ラメとは違うキラキラした薄緑色の液体を飲む。

 ギリギリ飲める程度にマズイ。


 覚えが有る、胃腸がぶっ壊れた時にこんなん飲んだ気がする。

 腹部の違和感や空腹も仄かに紛れた気がする、胃薬系か。


「院長に報告してから車椅子持って来ますから、待ってて下さいね!」

「はい」


 透明な鼻水も止まったので、先ずはトイレ。

 そして促されるままに歯を磨き、個室に備え付けの簡易シャワーで全身を軽く流す。


 ちょっとスッキリ。


 体を拭いている間に髪が乾いた、チカチカした。

 疲れて感覚が変なのだろうか。


 アリス症候群にも良くなるし。




「お待たせしました!じゃあ行きましょうねー」


 金髪碧眼に促されるままに、マスクをし。

 見慣れぬ車椅子に座り、直ぐ目の前の部屋に移動した。

 転倒防止に念入り、高いぞココの入院費。


 また、親兄姉に溜息を吐かれる。


 ココでも防護服、男性医師か。


「初めまして桜木さん、私は院長の窪川ハリーと申します」


「はじめまじで、よろじぐおねがいじまず」

「調子はどうですか?」


「喉が少じ、だるい、頭がぼーっとしまず、耳鳴りも薄くキーンって、お腹空きました」


「はい、では少し診ましょうね。あー」

「あー」


 それから検査の様な何かをされるが、半分は良く知らない検査だった。


 最近は少し健康だったし、医学の進歩がココまで来た感がある。

 いや、ココは、そもそも本当に北海道なのだろうか。


 検査も痛く無かったし、皆が優しいし、設備も綺麗だし。


 さては、天国か。


 ボーっとしていると、急に周りの人間が防護服を脱ぎ出した。


「耳にも喉にも炎症は無いですが、無理せずに。ウィルスも順調に排出されて基準値以下になってます。ですが、暫くは車椅子で移動して下さい、それと今日だけはお粥で、それ以降の食事は胃腸に優しい物に。水分も制限なし、入浴は介助付きで、軽めにお願いしますね」


「あの、ここに来て何日目ですかね?」

「約2日目です、病院近くの小川で倒れてらっしゃいました。主な症状は高熱と脱水」


 モニターに映像が出た、モニター薄い。

 点滴に酸素マスクらしき物をして、何度も寝返りを打ち、魘され、踠き苦しむ自分が映っていた。


 偶に起きてはトイレに付き添って貰い、定期的に鼻の吸引等をされている。


 確かに自分だが、記憶には、僅かにある、恥ずかしい。


「うわぁ…」

「あ、部外者、外部には漏れないのでご安心下さい。研究用の資料として安全に保管されますので」


「はい?あ、はい」

「ではまた体力が回復次第、細かな説明をさせて頂きますが、暫くはゆっくりお休み下さい。気になる事があれば私や看護師へ、診察は以上ですが」


「はい、ありがとうございまじだ」

「食事の許可が出て良かったですねー!新しい病室に案内しますよー!」




 白衣姿の金髪碧眼美人が車椅子を押してくれる。


 本当に天国かも知れん。


「お粥って、普通のですよね」

「苦手で?」


「はい、少し」

「あー、じゃあ試しに小盛りにして貰って、騙し騙し流し込めるメニューを選びましょ!」


 美人さんが真っ白なボードを出すと、ポチポチと操作し出した。


 タブレットか。

 何ココ本当に、何処ココ。


 あ、北海道か、凄いな北海道。


「しゅごい」

「好きなの選んで大丈夫ですからね!」


 ざっと見ても、20種類以上はある。


 しょっぱい系を5種類、酸っぱいのを1個選らんで、カラメルがたっぷり掛かったプリンも選んだ。




 病室に着いて暫くすると、クールな美声が食事を持ってきてくれた。

 想像通りの黒髪ストレート美人、天国か。


「どうぞ、温かいうちに、ゆっくり召し上がって下さい」

「さ!どぞどぞー」


「いただきます」


 恐る恐る小皿の中身を少量口にする。

 木耳のあまじょっぱい佃煮、美味しい。


 お粥をふーふー冷まし、一口。

 これ中華粥だ!


 同じお粥でも中華粥は別、うどんとパスタ位違う。

 美味しい方のお粥だ!

 サラサラとしつつも程よいトロミ、優しく柔らかいほのかな出汁の風味が、お米臭さを消してくれて大好き。


 他の小皿も試してみる、あー、紫蘇の実の醤油漬けうまい。


「お味は、どうですか?」

「中華粥、凄く、美味しいです」

「良かったー!美味しいよねー!」


「ゆっくり食べて下さいね、お代わりは明日からですので」


 クールがにっこり微笑んだ、頷いてまた食べ始める。




 食べている間に2人で入院セットを準備している様子。

 歯ブラシにコップ、替えの寝間着とティッシュと下着、タオルや外履き用のサンダル。

 クリーニングされた自分が着ていた物も、薄いビニールに包まれ下の棚に入っていた。


 携帯、スマホは落としたんだろうか。


「ご馳走様でした」

「トレーの片付けは私が」

「お願いしますねー」


「あの、お名前…」

「あー!!ごめんなさい!」


 名札を表示し忘れてただけなのか、胸元の電子名札らしきものをタッチし表示させた。


「セリナです」

「アイリーンでーす!」

「よろじぐおねがいじまず」


 鼻詰まりが急に戻って来た。

 自分だせぇ。


「はい。ではまた」


 軽く微笑んだセリナが、トレーを持って行ってくれた。


「じゃあ少し休憩したら歯磨きしましょうねぇ、コレ、使えます?」

「はい」


 使い易いタイプの糸ようじ、至れり尽くせりだ。


 アイリーンがタブレットに何か記入する間、ベッドに座り外を眺める。




 オーロラ、見たかったんだ。

 もうココ天国だわ。


「今ですねー、好き嫌い記入してるんですけど、何が嫌いですか?」

「セロリ、春菊。香草系と、肉の脂身、鶏肉のブヨブヨな皮」


「あー、ブヨブヨ系ですね。じゃあアンコウの皮は?」

「それは平気です、凄い好きでも無いけど」


「なるほどー」


 歯磨きを終えベッドに戻ったものの、ずっと喉に違和感がある。

 風邪の後はいつも大体こんなんだが、少し変。


 咳払いを数度するが、違和感は消えない。


「んん、げふん、うん」

「あ、まだ喉変ですか?」


「ちょっと」

「息苦しさは?」


「いいえ」


 頷きながらアイリーンがボードを操作し出した。

 まるで天使みたいに可愛い。


 見惚れる。


「あ、院長が……原因が不明なので暫く話すのは、禁止だ、と」

(うんうん)


「そうそう、そんな感じで。オーロラ珍しいですかー?」

(とっても!)


 激しく頷く、意外にも頭は軽い。


「じゃあ!」


 そう言ってベットの足回りのロックを解除。

 ゆっくりとオーロラが見えるように位置を変えてくれた。


 嬉しいな。

 北海道の医療水準は凄い。


 ただ、何で北海道に居るんだろう。




 最終的には、アイリーンがモニターや身の回りの物の微調整までしてくれた。

 天使か。


 やっぱ天国なのか。


(ありがとござます)

「オーロラに飽きたら、中庭が見える病室もあるんで何時でも言って下さいね!」


 なんて親切、嫌味なく笑って、しかもこんなに優しくて。

 凄いな、どんな看護学校出てんだろ。


 入院費怖いな。


 取り敢えず頭を下げておこう。


「あ、中庭はここら辺では1番素敵なんですよー!」


 天国確定。

 病弱者の楽園とかそういうのだコレ。


 死んだのか、意外に早死にだ。


「と、病院の地図はコレに入ってます、桜木さん専用のタブレットですよ!」


 個室にタブレットなんて、どうかしてる。

 もう絶対に金額が溜息で済まんぞコレ。


「あ、これ押してくれたら何時でも駆け付けますからね!暇だー、とかでも良いんで!」


 いや、普通にダメだろ。

 どんだけ高い病院でも、それは無い。


 筈。


「もう消灯時間なんですけど、カーテンや電気もこれで操作出来るんで適当にやっちゃって大丈夫ですからね?」


 頷く。


 それにしても、凄い優しい。


「んで、明日の朝にはお散歩しましょ!」


 こんなん、どうしたって現実じゃ無いだろう。


 死んだんだ、やっと楽になれたんだ。

 ごめん、お祖母ちゃん。


「どうしました?!どこか痛いですか?!」


 直ぐに頭を大きく横に振った、何回も。


「え、気持ち悪い?んー、痒いとか、ムズムズします?良いんですよ何でも言ってくれて」


 天使、優し過ぎ。


「ちがぐで、やさしくて、うれじぐで」

「そんなに珍しいですか?入院とか、看護師、あ、入院初めてですか?なら怖いですか?」


 アイリーンが目の前で屈み込み、ティッシュ箱を手渡してくれた。


 どう、言えばいいんだろう。


「ううん、しんぜつで、かんどうじまじだ」

「ふふ、ありがとうございます、照れちゃうなぁ。あ、入院費なら大丈夫ですからね、何も心配いりませんから。大丈夫ですよ、何も心配無いですからね」


 うんうんと頷きながら背中を摩り、撫でてくれた。




 もう自分は死んでいて、ココは天国なんだ。

 それでも、優しくされて親切にされて嬉しかった。


 外に出た自分偉い、天国に来れた。


『桜木さーん、どしたー?』

「桜木さん?アイリーン、何したんですか」


「なんか、病院に感動して泣いちゃったって」


 アイリーンの言葉に頷いた。


 正確には、病院と言う名の天国、に感動した。


「あぁ……そんな、ターニャ」


 セリナが頭を撫でてくれたと思うと、不意に暖かくてふわふわとした感覚が手の甲に。

 すべすべの何かが膝を登り、両手に触れてきた。


『桜木さん抱っこしよ?』


 ビックリしながら顔を少し上げると、クマが居た。

 緑色の瞳をした、赤茶色の巻き毛のクマが両手を広げ待っていた。


「大丈夫ですよ、抱っこしてみて下さい」

「ふぁふぁで気持ちいですよー」


 抱っこした。


『ターニャ分かるよ、今までいっぱい嫌な思いしたのよね』


 また涙が出てきた。

 病院での嫌な思い出が沢山駆け巡る。


「どうですか?」

『桜木さんね、嫌な事あったのよね』


(はい)

『いつも元気じゃなくて、大変だったのよね。嘘つき呼ばわりする酷いお医者さんとか、酷い人が沢山いてねー。汚い病院とかも、早く退院したかったよねー』


(うん)

『体が弱かったから、遠足に行けなかったりしたのよね。雪遊びも、したかったね。なのに皆で雪遊びしてる楽しそうな写真を見せるなんて、酷い事する先生が居るのね。でもココは違うよ、大丈夫。誰もそんな事しないから、大丈夫よ』

「酷いですね!見せびらかすなんて有り得ない、本当にアッチって」

「全くです、衛生観念の無い病院だなんて、一体何の為に有ると思ってるんでしょうかね」


 クマが涙で汚れない様にしていたのに、腕から抜け出したクマさんが顔をワシワシと撫でくり回してくる。


『もう大丈夫だからねー、良い子良い子』

「嘘つき呼ばわりする医療関係者なんて、こっちには居ないですからね!」

「そうですよ、直ぐにバレてクビより酷い事になりますし。それでも、何か至らない事があったら誰に言ってもらっても構いませんからね」


『アイリーンが酷い事したら、ターニャが怒ってあげるからー、ねー』


 モミモミモミと、クマがまた顔をもみくちゃにしてくる。

 洗わないと。


「じゃあ私はセリナを怒る役ですね!」


「では私はアイリーンを」

「セリナー、そこはターニャですよ!」

『ターニャ優秀だもーん』


「ターニャは優秀ですから」

「まー、そうですけどー、セオリーが有るじゃ無いですかぁ」


「もっと、笑って貰わないとですね」

『美味しいものはー?』

「プリンアラモードとかどうでしょう!果物たっぷりの!」


 興奮するアイリーンを指差しながら、ターニャがおもむろに立ち上がった。

 凄い動くクマのぬいぐるみ、高性能過ぎ。


『あー!思い出した!アイリーン!私のプリン食べたでしょ!』

「昨日の?あぁ、食べて無いですよ?!」


「あ……1個だけ付箋がなかったので、良いかなーって」

『セリナー、全部に緑色の付箋貼ったー、順番も書いたのー』

「緑色の付箋なら、冷蔵庫の扉の内側に1枚付いてたよ?」


「ごめんなさいね、ターニャ」

『ん、許す』

「私にもー」


『ごめんねアイリーン』


「じゃあモフモフをー」

『やー!アイリーンのモフモフ涎つくからやー!』


「洗ってあげるからー」

『やー!』


「先っちょだけでもぉー」


『あ、泣きやんだ。よしよし、ちょっと横になろー、今日はターニャとずっと一緒よー』

「少し暗くしますね」

「何かあったら遠慮なく呼んで下さいね!」


 セリナとアイリーンが部屋を暗くし出て行った。

 クマさんは温かくて、ふわスベでお日様の匂いがした。

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