はじまりの島

 ニジイロタカアシガニのフルコースで兵士たちの士気も高まった夜。

 白熱球の灯る薄暗い部屋の中、セフィールたちは輪になって座り、顔をつき合わせていた。


「セフィール。お前、夜に出歩く時は必ず俺を起こせよ。俺も一緒に行くからな」

「うん、わかった。キース」

「ルフィール様も、トイレに行く時は私を起こしてくださいね」

「いちいちピートを起こすの面倒くさいから、ここですませちゃいますわ」

 ベッドに腰掛けるルフィールが、自分の金髪を指でいじりながら面倒臭そうに答える。

「ええ──っ! ここですますって、どこにするんですか! ルフィール様っ!」

「なに驚いてるのよ。ただの冗談ですわ。けど、トイレに行くにもビクビクしなきゃいけないなんて、落ち着きませんわ」

「ルフィール、仕方ないさ。あのノーマンが、この船のどこかにいるんだからな」

 心配顔のキースが部屋のドアに顔を向ける。

 腕利き暗殺者のノーマンのことだ。こんな簡素なドアの鍵なんか破るのは朝飯前だろう。

 キースとピートは既に寝ずの番を決めていた。


「キース、ジョアンヌ王女に事情を説明したほうがよいのではないですか?」

「ピート、俺たちは身分を隠して、難民ってことになってるからな」

「本当のことを話せばいいんじゃないですか?」

「ピート! そんなことをしたら、サザンテラルが新政府側に味方の場合、私たちは拘束されて、マキナリアに強制送還されてしまいますわ」

「うーん……、そういえば、そうかもしれませんね……」

「他の兵士たちにも迷惑をかけられないし、俺たちがなんとかするしかないぜ」

 キースは自分に言い聞かせるように、両手の拳を強く握った。

「聖なる神よ。敬虔なる貴方のしもべである我らを守り給え──」

 ピートは聖印を取り出し、胸の前で十字を切った。


「セフィール。お前、腹減ってるだろう? せっかくのカニ尽くしの夕飯をまったく食ってないしな」

「……もう、当分、カニは食べたくないよ。それにお腹なら大丈夫、腹ぺこはいつものことだし、慣れてるもの」

「じゃあ、もう寝るか」

「ええ、そうしましょう」

 ルフィールの言葉を最後に、彼女たちは床に就いた。

 見張り役のキースはドアの前に椅子をでんと置き、にらめっこをするようにドアを見始めた。

「長い夜になりそうだな……。早く島に着いて欲しいぜ……」

 出そうになるあくびを噛み殺し、椅子の上で胡座をかくキースだった。


 翌朝、ピートと交代でドアを見張っていたキースは、外を誰かが走る甲高い音を聞いた。

 一瞬緊張した彼だったが、すぐにその警戒をといた。

「暗殺者がこんなに騒々しく来るわけないよな……」

 ほっと胸を撫で下ろしたところに、目の前のドアが大きな音で打ち鳴らされ、驚く。

「っ! なんだよ、ビックリするじゃねえか。こんな朝っぱらから誰だよ?」

 慎重に、恐る恐るドアを開けるキース。

 ドアの隙間からのぞくと、背の小さな若い兵士が立っていた。その兵士は見るからにそわそわしている。


 背も低いし、どう見ても、ノーマンじゃないよな……。

「おい、朝っぱらからどうしたよ?」

「はい、キースさん! 島が見えたのでご報告に上がりました!」

 キースにびしっと敬礼を決める兵士。


「それは本当か?」

「もちろんであります! まだ、肉眼では見えませんが、双眼鏡で確認できます。鳥の姿も見えます」

「よし、どうも、ご苦労さん!」

「はっ! では、失礼いたします!」

 兵士はまた大きな足音を立てて、走っていった。

 その姿を見送ってからドアを閉め、キースはみんなを起こし始めた。


 ◇◆◇


「あと、どのくらいで着きそうだ?」

 艦長のラトリッジは双眼鏡を手にした見張員に訊いた。

「この速度なら、あと数十分で到着すると思いますが……」

「わかっている。そろそろ岩礁があるかもしれないな。機関停止!」

「機関停止!」

 兵士の復唱からほどなくして、高速艇は停止した。


いかり投下!」

 そう命令したラトリッジは艦長席を下り、見張員から双眼鏡を受け取った。

「おお、あれが【はじまりの島】か! 案外、早く着いたな。王女からは黒騎士の星の直下と聞いていたが、まだそこまでは行ってないはずなんだが……」

 双眼鏡から見える島は、小さな島で緩やかな円錐形をしている。

「真ん中にあるのは火山なのか? 煙が上がっているな」

 夢中で観察しているラトリッジの肩を誰かが叩いた。


「ちょっと今は忙しいんだ。後にしてくれ」

 後ろ手で追い払おうとするラトリッジの手を、柔らかい手がつかんだ。

「艦長! 私にも見せてください!」

 澄んだきれいな声に振り返ると、ジョアンヌ王女だった。

 今日の王女はトレックキングできるようなカーゴパンツを履いていた。


「王女殿下でありましたか。大変、失礼いたしました!」

 王女は神妙な顔で敬礼するラトリッジの肩を叩く。

「もう当分は堅苦しいのは抜きにしましょう。あなたのおかげでやっとここまで辿り着けました。あなたの働きには、とても感謝しています」

 やさしい目の王女がラトリッジを見つめる。

 感激屋のラトリッジの目からは既に熱い涙がこぼれ始めていた。

「ぐっ、ぐっ……、私なんかにもったいないお言葉であります。王女殿下……」

「さあ、涙をお拭きなさい。仕事はこれからですよ。すぐにボートで上陸しますからね。セフィールたちはどうしてますか?」

「あいつらなら、兵士が起こしに行きました」

 彼がそう言うのと同時に、艦橋にセフィールたちが入ってきた。


「おっちゃん、島が見えたって本当?」

「おお、セフィールか。気分はどうだ? もう直ったか?」

「うん、もう大丈夫」

 セフィールは駆け寄り、窓に張りついた。

「あの島なの?」

 小さいが既に肉眼で見える島を指さす。

「ああ、そうだ。海が浅くなるかもしれないから、ここからはボートで行くことになる」

「いよいよだな」

 キースが頬を掻きながら、ピートの背を叩く。

「いよいよですね。けど、私、この島に来る理由をまだ教えてもらってないのですが……」

「ピート、それはあなたが王宮で酔い潰れてたからですわ。とにかく、あなたは私と一緒に来ればいいの!」

 ルフィールはピートの服をつんつん引っ張った。

 なにやら横で騒がしい四人に、ジョアンヌの厳しい眼差しが向けられた。


「あなたたち、キースさんはいいとして、島を探検するにはその格好じゃ……」

 キースはサザンテラルの軍服。

 ピートは牧師姿。

 セフィールとルフィールは王女から借りているワンピースだ。


「ピートはこの格好じゃないとダメですわ! 私たちはどうしましょう?」

 セフィールとルフィールが目を合わせる。

「ズボンとかないよね」

「じゃあ、兵士に訊いてみましょう。もしかしたら、あるかもしれない」

 ラトリッジが兵士に指示を出した。

 それからしばらくして、兵士が短パンを二枚持ってきた。

「かなり小柄の兵士の物を集めてきましたが、いかがでしょうか?」

 艦橋の隅でキースとピートに隠してもらい、セフィールとルフィールが着替える。

 短パンはダブダブで長ズボンになってしまったが、ベルトをすれば大丈夫そうだ。

 二人の服装に満足そうにうなずき、ジョアンヌは声高らかにこう宣言した。


「準備もできたところで、早速上陸しましょう! あの【はじまりの島】に!」

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