魔法少女は全ステかつ最前でご覧くださいっ!

フー

第1話



 魔法少女をこのんでいる。愛している。追っかけている。

 魔法少女に、なりたい。トゥインクルって叫びたい。


 はじめて魔法少女を見たのは、妹のコスプレ姿。

 次いで目に触れたときは、劇場だ。今やどこにでもそびやかす、ドールと魔法少女の投票場バトルドーム


 可愛かった。妹には才能を見出したし、いつかの魔法少女には憧れをもった。

 いやホントに素晴すばらしいんだ魔法少女。どんな可愛さでも武器になるし、可愛いムーブをしてもプロ意識を欠かすことはない。あの魔法少女のように、なりたいのだ。


 だから邁進まいしんする。魔法少女を育成する高校に、昨日、入学式を済ませたばかり。


 ただし、ノープロブレムな一本道ではない。

 なにせ、


「づ、ぅあ……ぐぉお……?」


 微睡まどろむ。夢色まじりの記憶。


 いまや将来のユメの動機となり、だが遠い記憶なだけに顔まではしっかり覚えていないあの魔法少女。


 とても可愛く、見ているうちに元気をともすような存在感。あれは行燈あんどんだ。光だ。現に、彼をユメへとみちびく一筋の光となっている。

 そうまるで、遮光カーテンからわずかにし込む陽の光のように……


「————————朝! かっ! おはよう朝! 好きだぜ魔法少女っ!」


 ジリリリッ、とした音階。これに阻まれて、無石むせき能砥のうとは起床する。

 昨夜の入眠は深夜帯。甲斐かいあって、瞼はいまだ完全に開ききっちゃいない。瞳のカタチに切り取られた景色は、ふつうに比べて三割減だ。


 しかし鳴り止まぬアラームが寝ぼけまなこを震わせるため、胡乱げムーブはそこまで。大好きな魔法少女のことを考えて、目を覚ます。


嗚呼あぁ、魔法少女……っ」


 焦がれるようにこぼす言葉。呼吸のように。自然なルーティーンさながら。

 時刻七時のころだった。


「で、だ。……スリーピーな妹を起こすのも兄のさだめ。だぜ!」


 ゆるく肩を回し、怠けを訴えてくる筋肉にカツをいれる。じんわりと熱が通ってきた。も、賦活剤ふかつざいをブチ込まれたように活気をともす。


 一介の兄・能砥のひと仕事は、まず妹の開かずドアをノックすること。


能曽実のぞみ。じつは本日も朝が来たみたいなんだ。……学校、行けるかな?」


 八畳一間の室内にはとびらが二つある。かたやリノリウム廊下につながる出口、もう片方はとなり合う八畳の部屋につながるドアだ。

 能砥は後者をノック。——やや遅ればせて、まごついた声音が返ってきた。


あにぃ。本日付けで〝人前出られません症候群〟が再発、したぞ……無理ぃ、衆目脚光きゃっこうにさらされる学園というグローバルは無理ぃだ」

「そうか……。兄は何年越しかわからないが、妹の顔を見たいものだよ。だが無茶はぜったいに禁物だ、そして食事はしっかり作って置いておこう。咀嚼そしゃくをしっかりな」


 今日とても外出不可能をしめす妹。……能砥はすこし歯噛みして、ドアから離れる。

 もっとも、強く踏み込むことはしない。ドアノブを施錠する気もない。


 こればかりは妄想の域をでないが、せんじつめたところ原因が能砥にあると考えられるのだから。


「————なんて、無粋なことは考えるな俺はお兄ちゃんだからな! もっと妹のためになるようなこと、考えねぇと」


 思考をドッと励起させるようにあたまをシェイク。半螺旋をえがく階段をくだり、リビングダイニングにうつる。


 両親はいない。とのことで、めったに家には帰らない。


「さ、て……」


 両親は自分たちの手が届かないことをひどく気にしているみたいだ。連絡をとれば開口一番に欲しいものをいてくる。能砥はたいして物欲がない方だが、能曽実の方ははちゃめちゃに物欲センサーを尖らせておられる。

 ワイドフルグラフィックモニターは、その真骨頂。つないだ端子はかたっぱしからゲーム機器のものであり、これもまた能曽実がご所望したしなだ。


 能砥としては、テレビ中継される劇場の様子がとんでも画質で見られる分、ラッキーパンチもいいところだったのだが……


「やはり、……やはりイイな……っ、魔法少女ぉぉおおッッッ‼︎」


 ほとんど朝の日課、魔法少女中継の鑑賞だ。ナンバー五のチャンネルに合わせてすぐ、恵比寿えびす劇場が沸いている映像がながれる。内容は、つくりこまれた美しさのドールと、可愛さをふりまく魔法少女との、ミュージカル形式の〝演情えんじょう〟……


 グランドピアノと複合電子音でかざられたドールの歌唱と、歌劇隊をバックにかかえつつ肉声でたたかう魔法少女の歌唱。


 立体性にんだ三層の座席シートは、それをリアルタイムに鑑賞。そして、フェイズに合わせて使。手元のタブレット端末に差し込んで、ドールサイドか魔法少女サイドか、の国民投票を行うワケだ。


「魔法少女! 魔法少女一択に決まっている!」


 あたかも現場で熱狂するように、能砥は液晶画面越しへ熱を伝える。

 されど現実性を欠いた言葉だ。可愛さをるか、美しさをるか、これが二分しない結果はありえない。


 魔法少女七◯パーセント:ドール三◯パーセント、なるほどこの場は、魔法少女の優勢として進んでいるらしい。


「よぉし魔法少女! しっかし自分の売りを把握しきっているなこの娘……! やや幼さを残しながらもスマートに伸びた両足、そこを彩るパニエの短さはまさしく計算づくめ————第二次性徴期をふんだんに活かしたパフォーマンスだ!」


 魔法少女のモーションすべてに可愛さを見出す、見出さなければならない。どれだけこじつけでも、無茶があっても、それが魔法少女志望の必須ひっすスキル。つねに可愛さをきわめなければならない。


 可愛さとは、


「って、もう登校時間じゃあないか!」


 無石能砥という男はつまり、魔法少女を愛するあまり魔法少女を目指す男。その証として、右手首にはキラリと輝くブレスレットがめられている。もちろん手錠ではない。

 魔法少女およびドール育成、ならびに関連技巧士の育成をモットーとする学園。中高一貫のそこへ、能砥はせきをおいている。


 ——ちょうど、登校時だ。


 すっかり夢中になっていた能砥は、時間にかされることとなる。

 劇場中継を名残なごり惜しそうにデリート、すぐさま妹の朝ごはんを調理。それから部屋の前に配膳して、制服に袖を通して、自分もまた朝飯をたいらげて、歯を磨き洗顔エトセトラ……


「といっても空を飛べばイイって話だ! ……いや民間の目を集めるから禁止事項だったな。まったく将来の魔法少女を、名の売れていない時期からすチャンスになるというのに!」


 うがいがてらため息を溢す。まるで理解できないものを前にしたかのよう。


 さて、飛翔禁止令。のこる手段は学園直結バス、あるいはギチギチの満員電車。

 お笑いぐさなのは、そのどちらも遅刻確定であるということ。


「……おっと。そういえば空を飛ぶ魔法が禁止なんだもんな。厳密には大気をつかんで風を蹴り飛ばす〝かぜ〟の術式。だったら、」


 悪知恵ひとつ。


 玄関ポーチにいそいそ出て、オートロックの閉まりを耳で確認。それから能砥は、


 要は、〝風〟に該当する術を使わねばいいわけだ。五大属性のうち、せいぜい一つが封じられているだけ。のこる四つ——〝ほのお〟〝みず〟〝つち〟〝かみなり〟にて移動すればいいだけのこと。


「磁力使えばリニアモーターカーぐらい、かっ飛ばせる‼︎」


 魔法少女志望らしからぬニヒルな笑み。

 その口端が、文字通り稲妻じみた残像をのこして宙空へ。


「ビルなんて格好のまとすぎるものな、というか金属部品があるってだけで磁力のかなめにさせてもらうぜ」


 高層ビルのヘリポートを擦過。


 タワーマンションのあまどいを滑走。


 高速道路のETCゲートに磁界をつくってり付くや、電信柱めがけあらたな磁力をしかける。


 とんでもパルクールである。飛び移る方角をひとつに定めつつ、反発しないよう磁界のコントロールをり行っている術者の技術も相当なもの。


「フゥーッ、演算キツいけど速さはピカイチだな! そういえば花札用語だったなピカイチって言葉。ちょうど雷の速さで移動しているから、小粋こいきなジョークでも考えたかったけれど無茶がすぎたかもしれなブベッ」


 強打。


 鼻先が、金属を求めてしまうあまり衝突した。——否、能砥の演算範囲にたちふさがるメタル素材はなかった。そもそも話す余裕があるぐらいには、芸達者げいだっしゃなのだ。

 しかるに、突然現れた金属物体にぶつかった、と。


「ぐぉぅぅうう……ぐッ、だが危険な方途ほうとで高速移動していた俺が全面的に悪! 本当にすまないッ、魔法少女志望だというのにこんな意地汚い手段を、」

「ホントね。そのうえアマチュアなんだもの。せめてもの時間をある程度は守ること、民間にジャミングをもたらす行為はしないこと」


 銀の髪が風にそよぎ、その合間をするりと通り抜けるたおやかな指。身長は能砥よりも高く、たしょうメリハリのついたボディは指定セーラーをちょっと凹凸気味にさせる。

 だが見惚みほれる一コマではない。なにせこの少女が、鉄板入りのスリーウェイバッグで能砥の針路を妨げたのだから。


「だけど〝雷〟の属性で高速移動を試みるのはグッドね。柔軟発想は大事よ、プレゼントに柔軟剤をさしあげるわ」


 ころり、と涼やかに締まった顔をやわららげる。バッグからは、宣言通り小分けの柔軟剤パッケージがでてくる。


「こんなの貰ってもな……」

「あら、チリやホコリを電力で掻っさらっているアナタには必要よ? 私はそしてハウスダストアレルギー」

「なぁッ……⁉︎ だけど、今から更衣室の洗濯機を使おうにも、距離と時間がだな!」

「隣の席でしょう、アナタ。講義中にくしゃみし続けるわよ、アナタに顔向けて」

「ヤなおどしだな……」


 せっかく急ぎ足で学園に来たものの、遅刻が確定しそうである。隣席の都合により。


 悄気しょげる能砥。——の胸板に、細指がそっと触れた。


「な、んだ?」

「昨日の自己紹介で、私の得手不得手は教えた筈よ。……まぁ、ちょっと応用性をかせた使い方だから想像力、必要だけど」


 ぼうっと困惑気味に、少女の指の腹をみつめる能砥。

 ともすれば、がうかぶ。


「綿・砂・アスベスト粉末・ダニ死骸————デリート」


 少女がとなえる呪詛はひとこと。残るは解析結果、すなわち消去対象の特定。

 たちまち埃っぽい制服は清潔さを取り戻す。


 これには能砥も喫驚きっきょうの声をあげた。


「うおぉお……妄想癖つよい子だな、って昨日は思っていたが凄いな! 本当に特定したものを消去できるのか!」

「蹴るわよ。——まぁ、褒め言葉だけはすなおに受け取っておくわ」


 だいぶ利便性のたかい解毒作用だ。が、その実情はれっきとした脅威である。

 自らの知識の範囲内であれば、その対象をかき消すという


「それが魔法か……。たしかに、魔術とは段違いだ。羨ましい!」

いつつの属性に含まれない、というだけよ。逆に言えばね、属性に入っていないのだから魔術教養で習うことはないの。ぜんぶ独流で扱うしかないから、応用性はつまり術者の柔軟な発想にってしまう」


 物珍しさは未知とイコールでつながっている。その上、先達者がいない道のりだ。珍しさをもって生まれてしまった以上、イバラの道のりでしかない。


 そしてもうひとつ。

 オールマイティな魔術・魔法は基本的にない。だいたいが欠点を備えてしまう。この場合、少女が背負ったデメリットは、


「あぁ、そーいえば言ったわよね。私が知らないものは消去対象にならないわ。もちろん、アナタにまとわりついたハウスダストのぜんぶを消すことはできなかった。——から、洗濯機にはやく向かいなさい。向かえ」

「な……っ⁉︎」


 未知のものは消せない。これが〝デリート〟のかかえた不利益だ。


「要するにどう転んでも遅刻しろ、って話になるのか⁉︎ このおバカ野郎……多田ただ雷無らいなを略して〝だら〟‼︎」

「んなぁッ! いちいち金沢弁の引き出しとか使いまわすなこの馬ァ鹿‼︎」


 手酷い隣の席の横行。

 隣の芝生は青い、と羨ましがったものの、なるほどこんな仕打ちを人に向けてしまうならば難儀なんぎなものだ。——雷無はどうも、遅刻にひやひやする能砥を面白がっている風だが。


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