第39話 知らないふり
翌朝、目を覚ますと自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。
リビングの天井を見上げながら、ソファで寝ていたことを思い出した。2日続けてのことだったが、まだ慣れていなかった。
キッチンを見ると、みなみが一人で朝食を作っているようだった。コーヒーのいい香りが鼻をついた。
「おはよ」
「あ、お兄ちゃんおはよー!」
ななえの姿が見えなくておれは少し不安になった。昨日の朝はみなみといっしょに朝食の準備をしていたのに。
「ななえは?」
みなみはキッチンに向かっていた体をこちらに向けてこう言った。
「もうすぐ降りてくると思うよ」
みなみは、おれの目を見てハッキリとそう言った。
その時、リビングのドアが開いてななえが入ってきた。手には荷物を持っている。
「あ……ななえ、おはよう」
「おっはよー! ゆうだい、みなみちゃん!」
「おはようございます、ななえさん」
おれは、荷物をまとめて立っているななえを見て考えた。
「ななえ、その荷物……」
「うん、そろそろお邪魔しようと思ってね、あんまり長くいたら悪いし、さ」
ななえは、おれから目をそらしながらそう言った。
「そっか、実家に行くのか?」
「うん、実家に行って、新しいアパート探して引っ越すよ。どっちみち前のアパートにはいたくないから」
「そうか。わかった」
おれはなぜか一抹の不安を覚えた。みなみとななえと3人で過ごす時間も今日で終わるのだ。
「ご飯できたよ。ななえさんも最後に食べていってね」
「うわぁ! ありがとう! 手伝えなくてごめんね、みなみちゃん」
「いいんですよ。手伝ってもらうほどのものでもないですから」
食卓には手作りのサンドイッチが置かれている。メインの具はおれの大好きなタマゴだ。シーチキンも少しあった。
「おっ! たまごサンド! いいねえ!」
「ふふ、お兄ちゃん好きでしょ?」
「ああ、いくらでも食えるぞ」
「全部食べちゃダメ! お昼のお弁当にもするんだから」
そういえば、今日はみなみと出かける約束をしていたんだ。
ななえの方を見ると、おれとみなみのやり取りを微笑ましく眺めていた。
3人で朝食をとった後、玄関先でおれはななえを見送った。おれたちに気を使ったのか、みなみは玄関までしかついてこなかった。
「ななえ、駅まで送ろうか」
「大丈夫、ここでいいよ」
「……そうか、気をつけて」
「うん、ありがとう。みなみちゃんにもよろしくね」
「ん、ああ」
「心配してると思うから、さ」
ななえは意味深にそう言った。何を──、と言おうと思ったが、わかっていた。
昨晩、おれとななえがこっそり家を抜け出すのを、
そのことに、おれもななえも気づいていたのだ。
昨晩、玄関から出た時、2階の窓のカーテンが少し動いたのをおれは見た。ななえもおれのそんな姿を目で追っていた。
「……大丈夫、ちゃんと説明する」
「……うん、誤解がないようにね」
「ああ」
「それじゃ」
ななえは、そう言って歩いていった。
玄関に戻ると、みなみはまだそこに立っていた。
黙っているみなみと目が合う。「何を話していたの?」とでも聞きたげな表情だ。それはおれの勘違いかもしれないが。
「みなみ……どうして何も聞かないんだ?」
昨晩のことだ。昨晩、おれとななえが家を抜け出して何を話していたか。気にならないだろうか。
「……。わたし、お兄ちゃんのことわかってるから」
そう言ってみなみは裸足のまま扉の前にいるおれに抱きついてきた。
「わっ! わっと!」
おれは慌ててみなみを抱きしめた。
柔らかくて小さなみなみの体を、ギュッと抱きしめる。その暖かなぬくもりが両手の指の先まで伝わってくる。
「わたしが、いちばんお兄ちゃんのことわかってるんだから!」
「そうだな。……そうだよな」
「ずっと……、いっしょなんだから」
みなみは、少し涙ぐんだ声でそう言った。
そう、2人の日常はきっと変わらない。おそらくこの先も。
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