第25話 ななえのマンションにあの男が


 二日後、放課後におれはななえと二人で彼女のマンションへ行った。


 マラソン大会の疲れからか、昨日はお互い早く帰宅していた。


 マンションの入り口に入ろうとした時、後ろから男が声をかけてきた。


「ナエナエー!!」


 ──まさか。


 と、思い振り返ると先日のマラソン大会に来ていた男がそこにいた。


「ちょっとショウ! なんでここにいるのよ!」


 帽子とマスクで変装したその男に、彼女はちょいおこでそう言った。


 男の名前は如月紫陽きさらぎしょう。なんとななえの双子の兄貴だ。


「なんでって……ナエナエのことが心配できたに決まってるじゃないか! マラソン大会疲れたろ? 筋肉痛になってないか? 兄ちゃんがマッサージしてあげるぞ? 気持ちいいぞ〜」


 ショウはそう言って、両手を体の前でモミモミする仕草をしてみせる。


 おれは限界だと思った。


「そうじゃなくって! なんできたのって聞いてんの! 来てほしくないからショウにはマンション教えてなかったのに!」


「大丈夫。先日のマラソン大会の時、実は帰りに後をつけてたんだ。このマンションに入っていくみなみを見たから今日はここで待ってたんだ!」


「マジッ! ヤバッ! キモッ!」


「そんなヒドイこと言うなよ〜、兄ちゃんは忙しい仕事の合間をぬってだな。こうしてナエナエに気持ちを伝えたくてきてるんだ」


「うわぁ、マジキモ……家に来るのやめてって言ったじゃん。そうじゃなくても外で如月ショウってバレたらそっちだってヤバいんだからさ」


 ショウはジョニーズという芸能事務所に所属する一流アイドルだった。しかし、まさかの重度のシスコン。これはおれでも引くレベルだ。


 ところで、ショウはさっきからおれと一切目を合わせようとしない。ななえの隣にいるおれをまるでいない物として扱っている。まあなんとなくわかるが。


 おれは挨拶するタイミングを逃してしまったので、黙って二人の会話を見ることにした。


「とにかく、他の人にバレないうちに帰ってよ。ショウだって仕事忙しいんじゃないの?」


「忙しいぞ。だがムリ言って、時間作って、こうやってナエナエに会いに来てるんじゃないか。ほら、好きなケーキも買ってきたぞ」


「アタシ、甘い物は制限してるの! だからこんなので釣ろうとしても」


「糖質オフケーキだぞ。ナエナエの好きなGOODYZのレアチーズ」


「あ……」


 ななえはショウの言葉を聞いて一瞬黙った。まんまとケーキに釣られたようだ。


「もう……ちょっとだけだからね。食べたらすぐ帰ってね」


 こうして、おれたちはショウといっしょにマンションに入った。




 エントランスを歩いているとショウがおもむろに口を開いた。


「……。ナエナエ。さっきからなんかヤバい男がついてきてるが大丈夫か?」


「はっ? どこ?」


 ななえとおれはビックリして、キョロキョロとマンションの入り口を見回す。


「そっちじゃない。こいつこいつ。ほら、男の幽霊が」


 ショウはおれを思いっきり指さして言った。


「ちょ! ゆうだいは、幽霊じゃないから、何言ってんの!」


「えっ、違うのか? ずっと横にいるから呪縛霊が取り付いているのかと思ったぞ? えっ? 人間、なのか?」


「はじめまして、四宮雄大と申します」


 マラソン大会で会ってるので、はじめましてではないが、とりあえずきちんと挨拶をしておいた。


「ほぉ、一応人間だったか。オマエなんでここにいるんだ? ナエナエのストーカーか?」


 ストーカーはあんただろ。と言いたかった。


 ようやくおれを認知したと思ったら、次はストーカー呼ばわりとは……。


 おそらくショウは自分以外の男がななえに近づくのが許せないのだろう。気持ちはわからんでもないが、これは相当重症だ。


 おれたちは噛み合わない会話を繰り返しながら、ななえの部屋に向かった。




 部屋に入るとき、先にななえが入り、次にショウが入った。そしておれが入る前にショウはドアを閉めた。


 バタンッ!


「……。」


 ドアの向こうからななえの声が聞こえる。聞き取れないが『ちょっと〜〜〜』みたいなことを言っている。


 ドアが開いてななえが顔を出す。


「ごめんね。ショウがドア閉めちゃって」


「いや、いいよいいよ」


「アイツ。アタシが他の男といっしょにいるのを認めたくないみたい」


「そうみたいだね」


「ゆうだいのこと、ちゃんと紹介するね」


「ああ。頼む」


 おれは、ななえに部屋に入れてもらった。




「ショウ、改めて紹介するね。アタシの友だちの四宮雄大君。マラソン大会の時、ショウの暴走を止めてくれた人だよ」


「ああ、オマエだったか。ボクとナエナエの恋路を邪魔した野郎は。どうしてここにいるんだ?」


 全然話が通じてない。


「ゆうだいは、アタシの友だちなの!」


「四宮雄大です。よ、よろしくお願いします」


 あまり刺激しないように、おれは一応頭を下げた。


「でね、雄大。この前も言ったけどショウはアタシの兄貴ね」


 ななえに紹介されて、ショウはそこで初めて帽子とマスクを取った。CMや雑誌で何度も見かけたことのある顔、端正な顔立ち。


「ふっ、ボクは今をときめくCooLOURSカラーズのリーダー、如月紫陽きさらぎしょうだ。一応アイドルをやっているが、ボクは誰のものでもない。ナエナエだけのものなのだ」


「そ、そうすか……」


「ああ、一応言っておくがサインは書かんぞ。チェキもダメだ」


「いえ、いりません」


「ボクのものはナエナエのものー! ナエナエのものはボクのものー! そしてナエナエはボクのものー!」


 日本中の何十万といる女性ファンが如月ショウのこの姿を知ったらドン引きするぞ。


「さあ、ナエナエ。マラソン大会を頑張ったご褒美にケーキを召し上がれ! そして食べ終わった後は、兄ちゃんが膝の上でイイコイイコしてあげるからなー!」


 もはやおれもななえも反応しなかった。

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