終末世界のヴィラン・ラプソディ

大守アロイ

第1話

「ヴィラン(怪人)になってほしいんだ」

 夕闇の廃港で、銀髪の少女は涙を流し、俺へそう頼んできた。彼女は銀色の長髪と、紫色の澄んだ瞳の持ち主だった。彼女の名前を俺は知らない。けれど身分は分かった。彼女の纏う詰襟の制服は、地方を支配する執政家のしるしだった。

 俺は気味悪さから後じさった。俺は単なるヴィランの伝令パッセンジャーだった。俺はとある儲け話の噂に釣られて、東京内海最南端のこの廃港までやってきた。その廃港で見つけたのは儲け話ではなく、この美人の令嬢だった。

「何言ってんだ、アンタ?」

 俺はなんとか返事した。目の前にいる執政領主の娘が何を言ってるか、さっぱりわからない。こいつらはヴィランを憎む側の人間なんじゃないのか?

 人間の魂(テレマ)を動力源にして動くエンジン――テレマエンジンを悪事に使う不法者を、今の世の中では怪人、つまりヴィランと呼んで忌み嫌う。なにもかも滅びかけの世界で、最も嫌われる悪党だ。

「私は火伏っていうの。火伏アリアンナ。そして君は、末広一海君、だよね?」

 涙を拭いて、火伏とやらはニッ、と笑った。銀色の豪奢な長髪が、首を傾げた時にふわっと揺れる。領主一族が、なんで俺の名を知っている? 

「そうさ。俺は末広。ヴィランの手下で、奴らの荷物を運ぶパッセンジャーをやってる。その俺をヴィランにするって言ったのか、火伏閣下?」

「うん。ヴィランしてもらえる?」

「あんた狂ってるのか。俺はレンジャーにぶっ殺されたかねえ。ヴィランになりたい連中なら腐るほどいる、それをひっかけてくれや」

 レンジャーは、ヴィランを殺処分する警察軍だ。レトロテレビジョンによく出てくる、ヒーローのような奴ら。ヴィランになるということは、必然的に奴らと殺し合うことになる。俺は、それが嫌だった。

「え、当てが外れちゃった。でもさ、これ見れば、気が変わると思うんだよ」

 彼女は、革鞄から仮面を取り出して、俺へ見せびらかした。それは口も鼻も眉もない、つるんとした白い仮面だ。右目にだけ、釣り目の覗き穴が空いていた。

「なんだ、わからんぞ」

「ヴィラン用テレマエンジンだよ」

 彼女はそう言って、後悔と興奮をない交ぜにした吐息をつく。その火照った笑顔に、俺は性もなくドキッとした。けれど……な、なんでそんなもん持ってんだ?

「そんなテレマエンジンがこの世にあるのかい。そんなもん持ってるだけで、レンジャーに殺されちまう」

 この終末世界は、魂で動いている。人間の精神エネルギー、魂(テレマ)を動力源にするテレマエンジンが持てはやされる。ごく一部の人間だけが操れる、魔法のエンジンだ。

 魂で電力は造られ、兵器は殺し、人は生き様を狂わせる。だが、俺はテレマエンジンを駆動できない。仕事で使っている水上バイクはバイオエタノールを燃料にする、時代遅れのポンコツだった。

「そだね。でも、危険を冒さないといけないんだ。世界を壊すために、ヴィランがいるの」

「意味が分からん。そもそも俺はテレマエンジンを使えないんだぜ。せめて理由を教えてくれるか? 貴族様よ」

「理由なんていらないよ。こんなに美しいテレマエンジンでヴィランになれるなら、だれだって断れないもの。わたしのアテは、この人しかいないのに」

 火伏は、ぶつぶつと何かをつぶやき、自分の世界に入り浸りはじめた。正直言って、火伏はとんでもない美人だった。でも、可哀想に、イカレてやがる。とうとう、テレマが壊れたのかもしれない。テレマエンジンは、精神に負担をかける。魂を吸い尽くすんだ。俺が後じさったと同時に、火伏は仮面をくるっと裏返した。

「ひっ⁉」

 俺の呼吸は一瞬止まった。なぜなら、仮面の裏にはうねり暴れるワイヤーが、びっしりと生えていたからだ。

「ちょ、ちょっとまて、なんだよそれ!」

 火伏は、『あ。やっと話聞いてくれる♪』みたいな笑顔を見せた。そうじゃねえよ!

「この仮面のワイヤーチューブが、君の貧弱な肉体を、ヴィランに『作り変えて』くれるんだよー」

 火伏の話が終わる前に、俺は火伏から反対方向へ逃げだしていた。あの触手を見たとき、本能的に気づいた。あの仮面は、俺を食いつぶす。俺はヴィランになりたくねえぞ! レンジャーに殺されるだけじゃねえか! 廃港の反対側、もう一つの埠頭に、俺の水上バイクは係留してあった。 誰も俺を助けてはくれない。自分でどうにかしなきゃなんねえんだ。とにかく、住処の難破船まで逃げるんだ。俺は歩幅を大きくとったまま、おれは水上バイクへ飛び乗った。 チョークを引いてキックペダルを踏み、エタノールエンジンに火を点ける。山岳帽にかけていたゴーグルを嵌めて、ふと、後ろを振り返った。

「わ」

 振り返った先にソレはあった。宙に浮く白い仮面は、俺のすぐ後ろに浮いていた。それは、数えきれない触手を伸ばし、俺の顔へ食らいつく。そこで、俺は意識を手放した。


 夢の中。暗闇に浮かぶ白仮面が、俺へ語り掛けてきた。

「やあ、末広くん」

「え、あ。な、なんだ」

「私はゼットという。私はね、この滅びかけの星から抜け出して、任務を果たしたいんだ。手伝いなさい。よし! 話は決まったな」

「なんだいきなり! 俺は何も言ってねえぞ!」

「異議は認めん。私は神様なんだから。だから君の身体をこれから貸して貰うわけ。観念して見学してなさい」

「てめえ! 人の身体で何を……」

「よろしく、末広くん。私はゼット。そして君はこれからヴィラン『テンペスト』となる。古代神の一柱、ゼウスとなる者よ。共に戦おう」

そして『俺』は眠り、『私』が目覚めた。

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