ホストの贔屓日和⑪




『私が好きになった人は』という言葉が自分へ向けられているということは颯でも分かった。 ただその言葉から読み取れるのは心優の辛い過去。 それに触れずに生きていくことは可能だろう。

しかし、その先には心優はいない。 聞き辛くても聞かなければいけないこともある。


「・・・みんな死んでいく? どういうこと?」


場所を変えベンチのある公園まで行くと二人は腰を下ろした。


―――思えばここって俺たちが最初に出会った場所か。

―――あの時は俺が弱っていたけど今は逆。

―――立場が逆になるだけでこんなにも雰囲気は変わるんだな。


道中買った缶ジュースを心優の横に置き、彼女の言葉を待った。 心優は缶ジュースへ目を向けることもなくポツリと言う。


「私が颯くんをこれ程気にかけていた理由って分かる?」

「それは単に俺のことを心配してくれていたからじゃないのか?」


介護士である心優は人を心配しやすい性格だと言っていた。 だからそうだと思っていた。


「確かにそうだけど、その心配していた理由だよ」

「俺が酔って潰れていたのが出会いだったから、店でも気にかけてくれていた?」

「ううん、違う」

「じゃあ何なんだよ」

「私にはお兄ちゃんがいてお兄ちゃんもホストとして働いていたの」


心優に兄がいたことも知らなかったし、自分と同じホストだったなんてことも初めて聞いた。 思えば心優自身のことは今までほとんど聞いたことがなかった。

話をするにしても身の上話や仕事の話とかではなく、もっと純粋で他愛もない世間話などが多かった。


「・・・そうなんだ」

「だけどお兄ちゃん、お酒の飲み過ぎで亡くなっちゃったんだ」

「ッ・・・」

「別に誰かに無理矢理飲まされたとかではないよ。 お兄ちゃんの意思で飲んでいたはずだから。 だけどホストとなると自分の意思を超えて飲み過ぎてしまうこともある。

 よくお兄ちゃんは『お客さんは自分が飲むよりホストが飲んでいるところを見る方が好きな人が多い』って言っていた。

 実際どうなのかは分からないけど、少なくともお兄ちゃんのお客さんはそうだったんだろうと思う」

「・・・確かにそういう人はいる」

「うん。 だから颯くんもお兄ちゃんみたいにならないでほしいなって思ったの」

「・・・うん」

「同時にそこまでお酒を飲んででも続けたいと思うホストってどんな仕事なんだろうと気になって、ホストクラブへ足を運んでみた」

「・・・事情は分かった。 辛かったんだな。 俺のせいで思い出させてしまって悪い」

「別に颯くんのせいじゃないよ」

「・・・じゃあ、みんな死んでいくっていうのは?」

「お兄ちゃんもそうだし飼っていた猫だってそう。 猫を飼い始めたらすぐに病気が見つかってそのまま亡くなっちゃったの。 大切な友達も失ったことがある」

「・・・」

「それが怖くて最近は恋愛ができなかった。 大好きな彼氏まで亡くなったらもう立ち直れないと思ったから」


恋愛ができなかった。 自分とは理由は違うが同じ境遇だった。 ただ心優の話を聞いて、自分はなんてちっぽけな理由で悩んでいたんだろうとも思った。


「それでも颯くんと関わっているうちにどんどん颯くんにハマっていったの。 みんなが好む人たらしの魅力も分かった気がする」

「じゃあさっき急に店を抜け出したのって」

「あの新規さん、颯くんの元カノさんなんでしょ?」

「え、どうしてそれを・・・」

「店内で噂になっていたから。 颯くんと元カノさんを見て辛くなったから颯くんには何も言わずにこっそりと抜け出したの。 ごめんね」

「・・・」

「そこで私は気付いたんだ。 ・・・私は颯くんに恋をしているんだって」


その言葉は嬉しかったが、心優の辛い気持ちも理解できた。 そして、先に言われてしまったことを悔やんだ。


「俺もずっと恋愛はできなかったんだ。 心優と比べるとちっぽけな理由・・・。 その元カノが原因だったんだけど、それでも俺の中では深刻な理由だった。

 それでも心優と出会って少しずつ惹かれていった。 恋をしている、なんて綺麗なものじゃないかもしれないけど、一緒にいて心地いい、同じ時間を共有したいってハッキリとそう思ったんだ。

 まぁ過去のトラウマもあって、一歩先には足を踏み出せなかったけど。  ・・・じゃあもう俺と一緒にはいてくれないのか?」

「そうだったんだ、颯くんも辛いことがあったんだね。 でもやっぱり私と一緒にはいない方がいい。 私と一緒にいたら不幸が訪れるから」

「なら俺の気持ちはどうしてくれるんだ?」

「それは・・・」

「俺は死んだりなんかしないよ。 絶対に心優を悲しませたりしない」

「・・・どうしてそう言い切れるの?」

「俺がホストを辞めて酒を控えればいいだけの話だろ?」

「そんなッ・・・」

「それ程俺は本気だということ。 俺もついさっきまで恋愛が怖くてできなかったけど、人を愛すことができるってこんなにも素敵なことなんだって改めて思えたんだ」

「・・・」


颯は震える心優の手に自身の手を重ねた。


「恋愛が怖くなる気持ちはよく分かる。 だけど俺はその原因となる元カノからトラウマを克服した。 だから今度は俺が心優の過去を克服させてやる」



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