ホストの贔屓日和⑧




こうして一通り全員が周り終わった。 暗闇のまま新規の客に誰を指名するのか尋ねるまでがイベントだ。 もちろん新規が来たら毎回やっているというわけではない。

閑散期かつ幸運にも選ばれた新規客のみのサービスだ。


「えっと・・・。 じゃあ、7番目の方で」


その番号に颯はいち早く反応した。


―――・・・俺?


「先輩! やりましたね!!」


先程の後輩が喜んでくれている。 楓は固定客もいなかったため、新規客の前へと向かった。


―――一発目で俺を選ぶとか珍しいな。

―――この新規さんイベントで選ばれたのは久々かもしれない。


「ではご対面ー!」


その声によって照明がついた。 ちなみにであるが、既に入っているお客さんも疑似的にこのイベントを体験できる。 指名を変えることはできないが、全ホストと交代で話すことができるのだ。

イベントは終わり、いつもの光景を取り戻したのを横目に目的地まで辿り着いた。


「「ッ・・・!!」」


颯と新規客は同時に息を呑む。 颯の目の前に座っていたのはトラウマの原因である元カノの好華だったのだから。


「・・・え? 颯くん?」

「・・・」


トラウマが蘇り硬直してしまった。 言葉が出てこない。


―――好華先輩?

―――どうして先輩が?

―――こんなことって有り得るのか?

―――だって高校生の時は俺の顔が好きって・・・。

―――なのに今は顔じゃなくて・・・。


「おーい。 颯くーん?」


好華は自分が原因で颯がトラウマを抱えているということを知らない。 呑気に颯のことを呼んでいた。 周りはいつもの調子を取り戻し客を相手にしている。


「ねぇ! 颯くんってば!」

「あ・・・」

「やっと反応した。 やっぱり颯くんなんでしょ?」


―――・・・駄目だ、俺。

―――今は仕事で俺はホスト。

―――どんな相手だろうがいい接待をしなければならない。


無理に笑顔を浮かべた。 あくまで今はホストと新規客だ。 面識があるからとその認識で接客するわけにもいかない。


「名前は何て言うの?」

「え、名前? 好華だけど」

「好華さん。 綺麗な名前だね」

「いや、私の名前くらい知っているでしょ? もしかして私のことを忘れたの?」

「俺は颯。 気軽に呼んでくれていいから」

「やっぱり颯じゃん! 本名そのままでやって大丈夫?」

「好華さんはホストの店に来たのは初めて?」

「ちょっと色々と無視しないでくれる? ホスト自体は初めてよ」

「そっか。 最初は来にくいと思うのに勇気を出して足を運んでくれてありがとう」

「仕事だからプライベートの話は持ち出さないのかもしれないけど。 私のことを憶えているかどうかは教えてくれる?」

「好華さんは普段何をするのが好き?」

「・・・」

「俺はホストをやりながら大学へ通っているんだ。 毎日その繰り返し」

「・・・」

「よかったらお勧めの趣味とか教えてくれないかな?」

「・・・」

「好華さんの好きなことが聞きたい。 好きなものでも何でもいいから」

「あのー・・・」


いつの間にか好華は黙り込み視線は斜め上を向いていた。 背後から声がかかり我に返る。


「・・・え?」

「颯先輩、大丈夫ですか? さっきから呼んでいたんですけど・・・」

「本当に? ごめん、気が付かなかった」

「それはいいですけど・・・。 これ、メニューです」

「あぁ、ありがとう」


メニューを受け取ると後輩は離れていった。


―――いつもなら周りの声にいち早く反応できるはずだ。

―――だけど今は耳元で声が聞こえるまで気付くことができなかった。

―――つまり今の俺は目の前のことにしか目が向いていないということだ。

―――・・・でも相手が好華先輩ならどうしようもないだろ?


我に返った颯を見て好華は言った。


「・・・どうして私、あの時颯くんと別れちゃったんだろうね」

「え?」

「今までの私はとにかく彼氏の見た目だけを重視していた。 中身なんて見てもいなかった」

「・・・」

「さっき振られた彼氏に思い知らされたの。 『私のどこが好き?』って聞いたら『顔』だって。 それが嬉しくて『他には?』って聞いたら『他は好きなところなんて何もないよ』って言われちゃった。

 『好華は綺麗な状態で俺の隣にいてくれればそれでいい』だってさ」

「ッ・・・」


その言葉は好華と付き合っていた頃、まさに自分が味わった苦い記憶だった。


「本当はもうすぐで彼と同棲する予定だったんだ。 引っ越す場所も決めて荷造りもして。 ・・・だけどそれが全部白紙となった。 契約解除を私が全てしないといけない」


颯は好華から視線をそらすことができなかった。


「颯くんもきっと今の私のような気持ちを抱いていたんだよね。 ごめんね、あの時は酷いことを言って」

「・・・」

「颯くんは顔も中身も完璧だよ。 今さっき暗闇の中で話して初めて気付いた。 誰のことも悪く言わない発言が胸に刺さった」


そこまで言うと好華は身を乗り出した。


「ねぇ、また私と付き合ってみない? 今の私なら颯くんの中身もちゃんと見ることができるから。 ・・・駄目かな?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る