ホストの贔屓日和⑥




嫌な夢を見たにもかかわらず何故かやたらと目覚めはハッキリしていた。 ただ気分だけはどうにも浮かない。

今日のことを考えればテンションも上がりそうなものだが、嫌な記憶が心への影響で上回るらしい。 とはいえ、惚けているわけにもいかず準備をすることにした。

時刻は10時半過ぎのため待ち合わせまで余裕はある。


―――思えばトラウマが蘇るから考えないようにはしていたけど、ホストで働こうとしていた理由がもう一つあったな。

―――それはトラウマを克服するためだ。

―――最初は見た目で決まるホストで働けば容姿だけを見られることに慣れると思って働き始めた。

―――・・・だけど働いている店のシステムもあって克服はできていない。

―――メンバーは『人たらしが功を奏している』って言ってくれるけど、それはお世辞にしか聞こえないんだよな。


ある程度準備を終えると仕事用のスマートフォンを開いた。 100件近くもあるメッセージに一人一人丁寧に返していく。 これも仕事だと思うと、あまりプライベートはないようにも思えた。


―――人と接する機会は常にあるけど苦には思わない。

―――寧ろ一人じゃない方が落ち着いたりもする。


もっともメールの多くはいい内容のため、返信しているうちに嫌な夢の記憶はいつの間にか頭から消えていた。 こうして約束した時間が迫ってきたため家を出る。

歩くこと5分、既に心優は待ち合わせ場所で待機していた。


「来るの早くないか? これでも20分前には来たのに」

「颯くんを待たせるわけにはいかないからね。 さぁ行こう!」

「まずはどこへ行くんだ?」

「喫茶店で昼食をとろうと思っているんだけど。 本当はがっつり食べたいとかある?」

「いや、起きてそんなに時間は経っていないから、その予定は有難いな」


出張ホストは基本的に客側がスケジュールを決める。 そういうことで喫茶店へとやってきた。 昼時であり店内は少々混み合っている。


「飲み物は私が選んでもいい?」

「ん? いいけど、何かオススメでもあるのか?」

「いいからいいから」


心優は率先して注文し出した。 そこで違和感に気付く。


―――・・・心優ってこんなにもこだわりが強かったっけ?

―――出張ホストだから時間を無駄にしないように予定を考えていた?

―――ただそれだけか?


その真実には颯はまだ気付かないでいた。 そうして持ってこられた飲み物は普段まず飲むことのない温かいハーブティーだった。


「ハーブティー?」

「そう。 疲労回復にとてもいいんだって!」

「へぇ・・・」

「私の奢りなんだからたくさん飲んでね。 というか無理矢理にでもたくさん飲ます!!」

「無理矢理たくさん飲んだら流石に疲労回復しないんじゃないか?」

「それもそうだね。 とにかく騙されたと思って飲みなさい!」

「・・・なるほど、美味いな。 普段知らないっていうだけで、いいものは周りにあるもんなんだな」

「そういうこと」


そうして昼食を終えた後、心優はマッサージ屋へ行きたいと言い出した。 今まで他のお客さんとも出張ホストをしたことがあるが、マッサージ屋へ行ったことはなかった。

不思議に思いながらも素直に従いそこへと向かう。


「俺は外で待っていようか?」

「え? どうして?」

「俺が近くにいると気が散るだろ?」

「うん? いや、マッサージは颯くんが受けるんだよ?」

「俺!?」

「当たり前じゃん。 どうして出張ホストを頼んで私だけがマッサージを受けるの?」

「そうかもしれないけど・・・」

「全てプランは私が望むものでいいんでしょ? ほら、私はここで待っているから行った行った!」


どうやら予約も一人分で取っていて、支払いも既に済ませているようだった。 店員に案内されるがまま連れていかれ、マッサージを受けているとあまりの心地よさに眠ってしまっていた。


―――終わった・・・?

―――いつの間にか寝てしまっていたのか・・・。


「どう? 身体は大分解れた?」


見るとカーテンの隙間から覗いている心優がいた。


「あぁ、かなり休めたよ」


―――・・・どうして俺にここまでしてくれるんだろう。


出張ホストであるはずなのに、それらしいことは何一つしていない。 デートというのもどこか違う。 まるで逆に接待を受けているような気分なのだ。

マッサージを終えると、最後の予定は買い物だと心優は言う。


「まずほしいのは入浴剤でしょー。 あとはまた身体にいい紅茶とかいいよね! 他によさそうなものはあるかな? ホットアイマスクとか?」

「それは自分用?」

「だから颯くん用。 ほら行くよ!」


買い物をしている最中にペットショップを横切った。 さり気なく話題を作る。


「ペットか。 心優はペットとか好き?」

「え? あぁ、うん。 一応猫を飼っていたことがあるよ」

「そうなのか。 今はもう飼わないのか?」

「・・・うん。 ペットが私よりも先に死んじゃうのは悲しいから」

「そうか。 ・・・そうだな」


ここで心優が少し切な気な表情を見せたのに引っかかった。 買い物を終えると全て荷物を渡された。 全て持って帰っていいと言われたが断るわけにもいかない。

もっとも他のお客さんの時のように高額なプレゼントだということもない。 ただ自分のことを考えてくれた、一つ一つ想いのこもったものだ。


「ここまでしてくれてありがとな」

「私が好きでしていることだから。 この後颯くんはホストのお仕事へ行くんだよね?」

「そうだな。 時間もいいくらいだしこのまま向かうか」

「じゃあ少しだけ私もホストへ行こうかな。 あ、あとこれ! 今日の分のお金」

「・・・そんなに金を使ってもいいのか?」

「うん。 これは全て私がしたくてしているからって何度も言っているでしょ? 行こう!」


こうしてこのままホストへと向かった。 これでは同伴になるのではないかと思ったが、おそらく心優は店へ行けば別にホストを指名する。 それが何ともモヤモヤしてしまう。


―――俺は最大の勘違いをしていたのかもしれない。

―――心優は俺に欲がないんじゃない。

―――俺だけに欲があるんだ。

―――それを今まで気付けなかった理由。

―――・・・それは、俺が人を好きになるのが怖いからだ。



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