第26話 標本

「幌田、カブトムシがいるとこ知らん?」

「カブトムシっすか?」

「ガキが自由研究で標本つくりたいんだと。クワガタでも可」

「そんなの岩中さんちの裏山にいくらでもいるでしょ」

「山じゃねえしうちの土地じゃねえよ」


 つっこみを入れた岩中と目が合った。


「お、日ヶ士。調子戻ったか?」

「ああ、はい」


 手を拭き終え、タオルハンカチをポケットにしまう。


「昨日はいきなりすみませんでした。幌田さんも」

「いいよ、俺もいきなり休む時は休むし」

「おまけみたいに言われた」


 手を振る岩中の隣で幌田が口を尖らせた。


「でも日ヶ士が休むの珍しくない?」

「確かに」

「そっすよね。連絡あったから安心したけど、なかったら絶対事件に巻き込まれたって思ってましたよ。最近多いじゃないすか、誘拐とか失踪とか」

「野郎が誘拐されねえだろ。小学生じゃあるまいし」

「いや、それがあるらしいんすよ。なんでも宇宙人相手に人身売買してるグループがあるんですって」


 ブログの画面が脳裏にちかちかと瞬く。


「は? そんなん漫画の中の話だろ」

「いやいやいや、ほんとなんすよ。人体実験とか色々してて、いつかは地球侵略に来るらしいっすよ」

「まじで漫画の読み過ぎだろ。帰ったらとっとと飯食って寝ろよ」

「ちゃんと寝てますよ、六時間!」


 騒ぎ立てる幌田を無視し、岩中がこちらを向いた。


「そういや皆岸さんから聞いたけど、モップの新規とれたんだって?」

「あ、はい」

「あの弁護士か会計士のとこだろ」

「そうです。社長の知り合いの」

「え、やったじゃん!」


 幌田が割り込んでくる。


「じゃあ打ち上げ花火でお祝いってことで。会場は岩中さんち」

「だからうちはそんな広くねえよ!」


 二人から離れて資材置き場へ向かった。明日の訪問先を確認し、マットやモップのヘッドを台車でライトバンまで運ぶ。トランクに積み込んでいる時ふと、一度旅行を終えた遺体はその後も繰り返し着られるのかと疑問が浮かんだ。洗濯機よりかはもう少し優しい方法で洗浄され、消毒等々を経て次の渡航者を待つのかもしれない。一度きりで役目を終え、燃やされるなり埋められるなりする気もする。なんにせよ空っぽの遺体として地球に戻ることはないだろうと思った。もし幸運にも戻れたとして、キューの家族は引き取るだろうか。「家族なら引き取る」という一般的な考えに従って引き取る気がしてならなかった。


 トランクを閉めて歩道を見やると、九洞が名残惜しげに戻ってくるところだった。散歩中のプードルが二匹、九洞の後ろを尻を振って去っていった。

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