第17話 その名前

 二週連続の都内、しかも同じ駅の同じ側の出口だった。大学の頃は飲み会といえばこの界隈だったし、時間と金の余裕さえあれば、友人と誘い合って昼食を食べに来たものだった。


 サークル御用達の居酒屋がランチを始めたらしく、そこで集まることにした。厚い雲の下、見慣れた雑居ビルの前で二人が待っていた。手を挙げるとそろって手を振り返してくる。


「なんか痩せてね? やつれた?」

「それ、会って一番に言うことか?」


 オスワリの戯言と粕島の返しが懐かしく、返事も忘れてながめていると、


「ほんとにやつれた?」

「いや……まあ、ちょっとは痩せたかも」

「夏バテダイエットじゃん」

「そんなこと言ってないで入るぞ、暑いし」


 少し遅い時間なのもあり、待つことなく席に通された。洞窟のような薄暗い空間にテーブルはあって、正面に粕島、斜め向かいにオスワリが座った。恒樹は隣の椅子をさりげなく引き、背もたれにショルダーバッグをかける。テーブルの下で小さく手招きすると、九洞が音もなく着席した。九洞には前もって、自力で戻れる範囲で自由に動いていいと伝えている。間もなく店員が来てお冷や三つを並べた。


 ランチメニューは店名物の揚げ物が中心で、昨日の反省を活かして生姜焼き定食を選んだ。


「なんかじいさん臭くね?」

「最近脂っこいのがだめでさ」

「は? じいさんじゃん」

「俺はチキン南蛮で」

「粕島は若者」

「どこがかよく分かんないけど……オスワリは?」

「デラックスハンバーグ」

「お子様かよ」


 いちいち笑いもせず軽口を叩き合うのが懐かしく、嬉しく、安堵すら覚えた。もちろん前と変わったところもある。自分は少し痩せ、粕島はいつにもまして神妙な顔だ。オスワリは記憶と何も違わない――そう思いたい結果そう感じているのかもしれないが。


「そういえば、今日は仕事の話して大丈夫?」


 粕島が尋ねる。


「え? うん」

「おれも問題ない」

「分かった……いや、お前には聞いてないんだよ。しょっちゅう話してるし」

「確かに」


 オスワリがけろりとした顔をする。粕島がこちらを向いた。


「最近どう?」

「特に変わんないかな……ああ、この前小さいけど一件契約がとれた」

「すげーじゃん。億規模のやつ?」

「いや、モップ」

「億規模のモップ?」

「どんなだよ」


 料理が運ばれてきてからは、誰が転職しただのついに卒業しただの、サークルの仲間の近況が二人から語られた。普段はSNSのタイムライン程度でしか情報を仕入れていないので、半分以上は初耳だった。途中で席を立った九洞が、皿が空になるのを見計らって戻ってくる。解散するにはまだ早い。喫茶店にでも場を移すのかと思っていると、粕島が改まって口を開いた。他に客はいない。


「日ヶ士」

「うん」

「今日誘う時、話があるって言っただろ」

「ああ」

といのことなんだけど」

「問曽ってキューのことな」


 オスワリが口を挟む。


「日ヶ士が忘れるわけないだろ」

「キューのことその名前で呼ぶ奴少なかったじゃん」

「それにしてもだろ」


 粕島が仕切り直すように居ずまいを正した。交差した視線が離れて再び交わった。


「実はさ……問曽、亡くなってたんだ」

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