第15話 なみなみ

 午後一時を大きく過ぎた。休憩までにあと一件、税理士の事務所に行くことになっている。社長のつてで最近獲得した顧客だ。今のところマットのレンタルのみだが、前回訪問した際に床を雑巾で拭いているのを目にし、ダメ元でモップの試供品を渡していた。


 昼食の候補を頭に並べながらライトバンを走らせていると、ラジオのジングルが鳴り終わるタイミングで九洞が口を開いた。


「昨日お預かりした紙ですが、乃木地さんの連絡先が書いてありました」

「あの保険の……え、何か書いてあった?」

「はい。困ったことがあれば連絡をということでした。――ああ、もちろん日ヶ士さんの対応に問題があったから来たというわけではありません。会社の業務として、着いたばかりの渡航者を訪問しているみたいです。地球では保険会社の社員のふりをしているようですね」

「宇宙人の相談窓口みたいな? ていうか、もしかしてあの人も宇宙人ってこと?」

「そういう感じだと思います。星や国の組織ではありませんが、かなり大きな会社です。怪しくはないので安心してください」

「ならよかった。いや、びっくりしたよ。九洞さんが見えてるなんてさ」

「わたしも、しっかり目が合ったので少し驚きました」


 路地裏の小さなコインパーキングに停めて台車を転がす。マットの交換が終わった後、前回床を拭いていた男性に応接スペースへ招かれた。


「すみませんね、熱いので。よければどうぞ」

「ありがとうございます」


 なみなみと緑茶の入った湯呑をとろうとし、「この前貸してもらったモップなんですが」と切り出される。


「床の方って二週間でしたっけ」

「はい、そうです。マットと同じ周期になります」

「じゃあそれでお願いします。あ、小さい方はいいので返却します」

「フロアモップのレンタルということで」

「はい」

「ありがとうございます」


 口角が上がる。


「本日替えのヘッドをお持ちしているので交換しますね。書類のお渡しは明日以降でよろしいですか?」

「はい。時間はいつでも大丈夫です」

「ありがとうございます。準備ができ次第ご連絡します」

「お願いします――どうぞ、お茶」

「ありがとうございます。頂きます」


 湯気の立つ緑茶を一息に飲み干した。昼食はチェーンのうどん屋にして、いつものサラダうどんに、とり天と、迷った末にちくわの磯辺揚げもつけた。

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