木と花の妖精

 ゼオンは最近混乱してばかりだ。勉強不足の自分のせいなのだろうか。それとも本当に最近身の回りで起こっていることは非現実的すぎて知らなくても生きていけることを知ってしまっているのか。


「まず、一ついいか? なんでお前は王国からこんな離れた場所に住んでる妖精と知り合いなんだ」

「ああ、まだ言ってなかったか。僕はアーサ・シェレビアである前に、この世で三本の指に入るくらい悪事を働いた竜だった。色々あって魂だけ戻って来れて、今に至る。君が塔で封印を解こうとしていたあの白竜は僕の前の体だよ」


 ゼオンは突然すぎるカミングアウトに頭がパンクしてしまった。まず手始めに聞いた質問が間違っていた。頭から湯気が出てきそうだ。

 アーサはあの白い竜。何かがあってアーサは恐らく死んだ。で、そこでもまた何かがあって竜の体も一緒にはできなかったが魂だけはこの世に戻ってきて別の体に、このアーサ・シェレビアの体に白竜であった魂が入ってる。

 ゼオンはこの解釈で合ってるんだろうなとは思うがどうにも納得できないし、こんなおとぎ話みたいな現実があってたまるものかと思う。だが、アーサがこの場に及んでこんな冗談を言うような性格だとも思っていない。おまけに目の前にいるウルという木の妖精も頷いている。

 夢を、見ているのだろうか。


「小さい頃からエレノアのことをぼそぼそ言ってたのも、それとなんか関係あんのか?」

「僕はそもそもエレノアを救うために死んで、戻ってきた。エレノアがいない世界なんて生きる意味もないし、エレノアを守れない自分も、生きる意味がない。もう一度、今度こそこの手で守り抜いてみせるために、僕は」


 アーサは強く手を握りしめる。

 ゼオンは身震いをする。恐ろしすぎる。怖すぎる。エレノアが本気で心配になってくる。可哀想だ。結構重度なヤンデレ具合で、こんなのを兄に持つ自分も怖くなるくらいにアーサのエレノアに対する愛情は異常だった。

 だが、おかげでこれだけは長年の疑問が晴れてスッキリした。エレノアと会って間もないはずなのにどうしてあんなに執着するのかずっと謎だったため、昔に何かしらがあったのだろうと解決に至ったのは良かったことだ。


「で、なんでここに住んでるやつと知り合いなんだ?」


 ゼオンの止まらない質問にアーサはため息を吐く。ウルはそんな二人を微笑ましく思って話を聞きながら、自分で作ったシチューの二杯目のおかわりを食べていた。


「だから僕は昔から勉強だけはしとけって言ってたのに。妖精は元々幻の島と呼ばれる島で生まれ、過ごしていた。妖精は人間のことが好きなことが多いから島を出てサラベットに向かう。そこで人生の相棒を見つけて生きていく妖精が多かった。ここまで大丈夫?」

「サラベットって?」

「……世界がかつて一つの国であったことは知っているよね、さすがに」


 アーサは祈るような気持ちでゼオンを見る。ゼオンは申し訳なさそうに首を横に振った。

 これは少しでも周りの者と協力して勉強している庶民の方が頭が良いのではないかと疑うほどのバカだ。正真正銘のバカだ。王族であることに対する誇りの欠片もない。王族だと名乗っていいのかも不安になる。母親や母方の実家はあんなに知性に溢れているのに、要らない父の遺伝子が強いのかもしれない。

 アーサは一応生みの親であるものの先王カイデルの顔を思い出すだけでも腹が立ってしまいそうだった。


「幻の島を除いて、世界は元々一つの大陸だった。サラベットと呼ばれる大きな大きな国で、色々な人が住んでいた。今僕たちが使っている言語は世界共通でサラベット語と言うだろう? サラベットが滅びたのは今から約七百年前。人間と人間が妖精や武器を使って世界全体で起きた世界戦争が原因で世界は六つに分裂し、サラベットは滅亡。代わりに分裂した六つの神区と言われる土地を治めるために王が国を建国した。そして現在に至る。これが大まかな世界の歴史。理解した?」


 ゼオンは何度も頷いた。この程度の説明で理解できるなら城に来ていた教師に教えてもらった方が何倍も速く、何倍も分かりやすくもっと昔のうちに覚えられたのに。改めてアーサはゼオンのバカさに項垂れた。


「幻の島って、この前エレノアが行った場所か?」

「そう。正確に言えばあれは世界のウラだけどね。……僕は人間が嫌いだったからずっと島にいた。黒竜もそうだった。しばらくして、島の端っこの方にあった木とその真下にあった花畑から新しい妖精が誕生したって騒ぎになってね。それがウルとフワーチュス」

「フワーチュス?」

「花畑の妖精の名前だよ。物とか何かから顕現した妖精に家族とかそういう概念はないんだけど、すぐ近くにいたってことでこの二人は兄妹だって言ってるんだ。仲が良いんだよ」


 ゼオンが「ふうん」と言いながらシチューを啜ると、勢いよく背後のドアが開いた。それに驚いてゼオンは思わずシチューを吐き出しそうになってむせてしまう。隣のアーサも驚いたようで咳き込んでいる。


「兄様、オーダーメイドの商品の期限が今日までだって取引先の方がお怒りになってますわよ! 昨日はそんなこと一言も聞いてませんでしたわ。おかげでとんだ赤っ恥を……」


 薄桃色の柔らかそうな長い髪を一つに束ね、グレーのブレザーに同じ色のタイトスカートを履いた可愛らしい女性が大股でウルに迫る。ウルが両手で落ち着かせようとするも逆効果で、更に女性は怒ってしまう。


「フ、フワーチュス、お客さんが来てるよ。落ち着いて。ほら、君が昔好きだった白竜が」

「うるさいですわ! 白竜様は死んでしまわれたって黒竜様に聞いたでしょう! その手の脅しは何十年も昔に克服してますのよ!」

「いや本当だって。ほら、目の前。姿は違うけど魂は一緒だよ」


 少し落ち着きを取り戻したのか、ウルの話を聞いたフワーチュスと呼ばれた女性は荒い息を吐きながら首を横にしてウルの目線を辿る。フワーチュスはアーサの姿を目にした瞬間、何かに攻撃されたのか後ろにある柱に背中を打ちつけてその場にしゃがみ込む。


「は、は、白竜様だぁ」


 フワーチュスは両手で口を押えながら言う。目からは涙が、鼻からは鼻水がこれでもかと流れてくる。仕事に行っていたためかバッチリとお化粧をしていた顔は恐ろしく崩れてしまっている。


「あらら。ごめんねぇ。最近疲れてるみたいで結構情緒が不安定なんだよ。フルーラ泣き止んで。客を困らせてしまってるよ」


 ウルはフワーチュスを手で支えて立ち上がらせる。フワーチュスは何とか椅子に座って手で涙を拭った。


「お、お久しぶりですわ、白竜様。お元気そうで何よりですのよ」

「こちらこそ」


 アーサはウルよりも何だか素っ気ない態度で返す。そんな態度にもフワーチュスは慣れたのか気にせずに微笑んだ。

 ゼオンはアーサに、自分が言える立場でもないがもっと優しく接してあげてもいいんじゃないかと言う。しかしアーサは頑固として頷かず、ウルまでそれは難しいと答えた。


「白竜は昔からこんな感じさ。今、君にこんなに話しているのが信じられないくらいだし。きっと心を許してる証拠だよ。僕なんて何百年か一緒にいたのに、こんなに冷たい」

「別に冷たくはしていない。興味がないだけだよ」

「ほぉら。何百年も一緒にいたんだったら僕の好きな食べ物くらい興味持ってくれよ」

「知らなくても生きていける」


 たくさんの話題を持ち出してもことごとく玉砕していき、ウルは肩を落とす。

 昔から、竜であった頃からこうだった。他人にも自分にも興味がない。そうするのには理由があったけれど、線を引いて絶対に自分の気持ちを相手に悟らせないようにしていた。

 ウルは最後の手段に出ることにした。自分がダメならもうこの人に頼るしかない。白竜リーヴァが唯一興味を示した人間。


「じゃあ、へリーゼの好きな食べ物は」

「甘い食べ物が好きで特にイチゴとブルーベリーとオレンジを乗っけたフルーツタルトが好き。でも本当は牛肉が好きなんだ。分厚くて大きい肉を贅沢にステーキにして玉ねぎとニンニクとソースを炒めて作った特製ソースをかけて食べるのが一番の好物なんだけど、高いし女の子っぽくはないから友達とかには言ったことがない。飲み物は砂糖を入れた甘めの紅茶が──」


 食べ物と言ったはずなのに飲み物の話までし始めたアーサを見て、ほら見ろと言わんばかりになぜかウルがドヤ顔をする。気持ち悪いほどにへリーゼの情報を持っていたことで、ウルの間では有名だった。


「お前はそれで良いのか? 仮にもこいつを好きだったんだろ。妬んだりしねぇのかよ」


 ゼオンは今でもへリーゼの話、エレノアの話もしながら止まらないアーサを指さしながらフワーチュスに尋ねる。いつの間にか化粧を落としていたフワーチュスはもじもじとした後に手のひらでゼオンを指す。


「失礼を承知で。どちら様ですの?」

「あ、ああ、ゼオンだ。ゼオン・シェレビア。こいつの弟だ」

「あら、白竜様の弟様でしたの。私はフワーチュスと申しますわ」


 座ったままフワーチュスはお辞儀をすると、顎に手を置いて唸るように考えた。


「好きな人に好きな人がいて嫉妬しない人などいませんわ。でも、本当にその人が好きなら例え自分が選ばれないとしても幸せを願うのが、やるべきことだと思ってましてよ。だから私は白竜様が何度生まれ変わって、何度違う方に好意を抱いても私はその方を刺したりなんてしませんわ」


 フワーチュスはまるで花のように微笑む。ゼオンはそんなフワーチュスの意見に瞬きを繰り返した。自分は多分、恋をしたことがない。だからフワーチュスの話を聞いても理解はできないと思っていた。それでも、話を聞いて思い出したのは銀髪の長い髪が美しいエレノアの姿だった。

 ゼオンは自分の感情にとても鈍いのだ。


「その反応、あなたも同じようなことがありまして? なら私たちお友達になれそうですわ」


 フワーチュスはお友達の証だと言って互いに握手をする。花の妖精だからだろうか。窓から入ってきた風と共に優しい花の香りがゼオンの心に染み込んだ。

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