果ての見えぬ星空

 この世界の大体の国は十八歳で成人と法で定められている。その法は、シェレビア王国も同様だった。シェレビアでは、成人した者は一生に一度だけの城にて行われる成人パーティーに参加することができる。家同士の婚約のない庶民にとってはそこが出会いの場であったりもするのだ。

 今年のパーティーは例年より豪華なものとなる予定だ。なぜなら、今年王国の王太子であるアーサの成年となる年でもあるからだ。王太子も出席するとなれば、そのパーティーは通常より華やかでなくてはならない。城だけでなく、街もお祝いムードだった。


 アーサと同年齢であるエレノアも、また成年となる年だった。腰まである髪は艶やかで、まるで絹のよう。子供の頃の純粋な目は大人びたが、まだ少女のような可憐さを残している。全体的に凛とした強い美しさを放つその容姿は父譲りだが、それでいてほんわかとした優しい空気からは母の血も感じられた。


 エレノアの住む森一帯は、パーティーの準備で忙しい街とは異なっていつもと変わらない。エレノアは、ただただ自分の成長をぼんやりと感じているだけであった。

 パーティーもいよいよ一週間前となり、街も活気づく。そんな街の様子をエレノアは森から眺めていた。


「それで、まだパーティーに行く気は起きないか」

「あら、ルゼ。おはよう。そうね、賑やかな場所は似合わないもの」

「そうか。しかし、ここにいては出会いというものがないだろう。このまま未婚でいるつもりか?」


 エレノアの隣にいるルゼのその心配した言葉に、エレノアは黙り込んだ。結婚したくないのかと言われ、したくないと言ったらそれは嘘になる。だがしかし、自分の抱えたものを隠してまで結婚をしようとも思わない。それが、エレノアの最近の悩みでもあった。


「まだ、十八でしょ。考える時間はたくさんあるわ」

「……そう言った大半の人間が行き遅れるのだが。まあ、人それぞれだ。強くは言わない。だが、それでもパーティーには行った方が良いと思う」


 ルゼの言葉にエレノアは視線だけルゼに寄越した。


「なぜ?」

「人生に一度だけの成人パーティーだぞ。貴族も庶民も関係なく楽しめるパーティーは他にない。こんな人気ひとけのない所で一生を終える気なら、一度でもそういう場所に行っておいて欲しい」


 ルゼはエレノアのことがずっと心配であった。自分しか話す相手がおらず、ずっと城で一人。見下ろす街はいつだって賑やかなのにまるでここだけが別世界のように切り離されていたから。エレノアは何も悪いことをしていないのに、優しい子なのに隠れて生きていかねばならないことが気がかりだった。


「そう。ルゼの気持ちはよく分かったわ。少し考えさせて。パーティーまでには答えを出すから」


 エレノアはそう言うと、森を歩き出した。向かう先は両親の墓のある花畑。八年ほど前、初めてエレノアが魔法を使って作り出した花畑は、美しさを失うことなくいつも綺麗な花を咲かせている。魔力と魔法を使った者の力によって枯れることがないのだとルゼはエレノアに教えた。

 エレノアはあれからルゼの教えの元、魔法を使いこなすことができてきていた。みるみると上達し、森に住む小さな人の姿をした精霊と呼ばれる妖精には、妖精王のようだとも言われる。


 エレノアはルゼと契約を結んでから、妖精の姿をはっきりと見ることができるようになった。

 妖精は本来恥ずかしがり屋でもあるため、人前には姿を出すことがない。その上、この森を厳しく管理していたヴィエータの血が流れる娘なのだから尚更。しかし、妖精はそのエレノアの優しさを認めて今では会話を交わす仲になったのだ。


「お母様、お父様。私、街に出てみたいわ。それでも怖いの。もし、私の正体がバレてしまったらって考えたら。出ない方が良かったのにって後悔したら。そんなことばかり考えてしまう。ねえ、私どうしたらいいの?」


 その問いに、誰も答えない。エレノアは天にいるであろう両親に静かに祈りを捧げた。


「あらエレノア。パーティーに行くと良いのよ。ドレスならあたしたちが作ってあげるのよ」


 目を閉じていたエレノアの周りに、いつの間にか集まっていた数人の精霊は笑いながらエレノアを見ていた。エレノアも祈りをやめて立ち上がり、城へと歩き出す。それに着いていくように精霊も鱗粉を落しながら飛んできた。

 精霊は手のひらほどの大きさで背に美しい半透明の羽をつけているのが特徴だ。また、精霊には女の子の姿をした者しかいない。カラフルな見た目で、彼女たちの容姿は色鮮やかな花畑とよく似合っていた。


「ありがとう。でも、そういう問題ではないの」

「じゃああたしたちは何をしたら良いのかしら? エレノアにはパーティーに行って欲しいのよ」


 精霊たちは駄々をこねる子供のように言う。エレノアは苦笑するしかなかった。これは、きっと誰かが何かをして解決するような悩みじゃなかったから。


「なぜ、そんなに行って欲しいの?」

「ルゼ様が一度きりのパーティーだと言っていたからよ。ただでさえ人間は生きる時間が短い。それに──もうとにかく。エレノアには人生を楽しんで欲しいのよ」


 必死な精霊のその言葉にエレノアは笑みを零した。


「あたしたちにできることがあったら何でも言って。なんだって、エレノアはルゼ様の主人様なのよ。それにあたしたちより魔力が強い。逆らうつもりなんてこの通り、全くないのよ」

「ええ。何かあったらすぐに言うわ。ありがとう。じゃあ、またね」


 エレノアは精霊に手を振ると精霊も全力でエレノアに手を振り返した。そして、すぐにエレノアが見えなくなるほど空高く飛んでいってしまった。


 妖精は自分より魔力の高い者を敬う習性がある。妖精は様々な姿のものがいる。ルゼのように竜だったり、精霊のように人の姿をしていたり、虫だったり。その中でも特に魔力が強いのが竜。だからこそ竜、そしてルゼはこの森の妖精から敬われている。また、そんなルゼの主であり魔力の器が人間以上のエレノアも同じように彼らからの尊敬の対象となる。

 エレノアの父アルゼルや代々のヴィエータ王族たちは強い魔力に適合していて高度な魔法を操れたが、森を散々な目に遭わせていたため尊敬はされなかった。度々ヴィエータ王国が自然災害に悩まされたのは妖精の怒りだとも言われている。


 すっかり日も暮れ、明かりもまともに点かない城は暗闇のようだ。

 エレノアは玄関に置いてある蝋燭に、火のついたマッチで火をつける。それを持って長い階段を上がり、自分の部屋に入った。

 広い部屋は白で統一され、清楚な印象を持たせる。そこの大きなベッドに座りエレノアはじっと考えた。朝、目が覚めた時から開いている窓からゆったりとした風が入り込む。


 エレノアが本当に心配しているのは、アーサに会うことだった。一度ルゼが記憶を消したからといって、今その記憶がないとも限らない。もし記憶が消えていなかったら。記憶を取り戻していたら。そんな仮定がどんどんエレノアを不安にさせていった。


「……大丈夫。あの頃とは違う。ルゼと契約を結んだことで高度な魔法を使えるようになった。周りに魔法を使っていることがバレないようにもなった。私が頑張れば、パーティーくらい行けるの。それに、すぐ帰れば問題ないわ」


 エレノアは決心するといてもたってもいられず、蝋燭も持たずに暗い城の階段を駆け下り、外に飛び出した。目的は、ルゼのいる洞窟。


「ルゼ! 私、決めたわ。パーティーへ行く。その代わりすぐに帰るわ。その日限りの友達を作って別れる。きっと忘れられない夜にするから」

「そうか。決めたのなら、明日にでも精霊に伝えよう。喜んで準備をするだろう。楽しんで来なさい」


 ルゼは優しい声でそう言うと、エレノアはまるで少女のように満面の笑みで頷いた。


「さあ、もう暗い。また蝋燭すら持たずに外に出て。足元に気をつけて、早く帰れ」


 そう、ルゼは命令口調で言ったがその顔は嬉しそうだった。エレノアはもう一度頷くと、滑りやすい洞窟をゆっくりと歩いて帰った。思い返せば、この地面をよくも全速力で走って転ばなかったものだとエレノアは思った。


 一方、誰もいなくなった洞窟でルゼは大きな不安を抱えていた。

 おかしな話だった。エレノアにはパーティーに行って欲しかった。それは紛れもない事実。人生に一度だけ、それでいて普段街に行くことの叶わないエレノアにとっては最初で最後の社交の場になるかもしれない。だからこそ、同年代の子と本来あるべきように関わる時間を与えたかった。

 しかし、それでいて不安もある。変な男に絡まれないかとか、変な物を買ってしまわないかとかそんな父親みたいなことも考えている。だが、ルゼが本当に心配しているのはそういうことではなかった。


 ルゼは、八年前のあの時、嫌な予感を抱いたのだ。あの、アーサ・シェレビアという男に。

 パッと見は人畜無害な少年だった。優しそうな見た目で、絵に描いたような王子様。あのエレノアが少しでも心を開いたのも無理はないと思えるほど。家来に指示を出し、竜に立ち向かったのもさすがと思ったのだ。普通の人間が見たら、この先の王国も安泰だと感じるかもしれない。実際そう思ってる人が大半だろう。

 だが、ルゼがこの巨大な尻尾を振って攻撃したとき、予感が確信に変わった。さらに記憶を消す魔法をかけたのだが、違和感がルゼの大きな体を駆け巡ったのだ。

 そんな相手と会うかもしれないパーティーに、自分の主を行かせるというのに。


「……不思議なことだ。パーティーには行って欲しいのに、行って欲しくない。何を父親のようなことを思っているのか」


 ルゼは穴の空いた場所を見ながらそう呟く。そこからは無数の星が輝いて見えた。しかし、その星のせいで本来の夜空があまり見えない。それが、ルゼにはどうにも不吉に見えてしまう。

 ルゼは皮肉じみた笑いを零すと、そっと目を閉じた。


「アーサ・シェレビア、か。嫌な男が王太子となったものだ。嫌だな、過去を繰り返さないと、そう約束したのに」

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