002 去勢要求


 菓子喫茶である香餡堂に鉄姫と夜姫の二人を連れ、抹茶と一緒に、餡蜜やらパフェやらを楽しんだ後、俺は実家である龍頭家上屋敷へと帰ってきた。

 なお業腹なことだが、大防人頭に就任してから俺は一度も手当を貰ったことがない。

 ゆえに大鬼の素材を裏で流して俺は金を得ている。

 それと最下級とはいえ、使い慣れた刀姫と術具まで弟に寝取られたら生存に関わるため、実家では右肩の【収納印】に鉄姫と夜姫と財布を収めていた。

 【収納印】――時空間を拡張して自分専用の空間を作り、物品を収容する術式だ。

 使用には詠唱と霊地の補助と、手書きの陣が必要な【収納の術式】を霊力を流すだけで発動可能な【収納印】は俺の発明した術式印の中でも特別に高度なものだった。

(高度。高度なんだよな? たぶん)

 俺は収納の術を含めて、同じことができる術者を夜想国では見たことはないが、大陸には同じ機能を持ったアイテムボックスの魔導具とかいうのもあるというので、まぁどこの国も同じようなことを考えるものだと感心した記憶がある。

 なお、俺の肉体には俺が開発した術式が印や図の形で刻み込まれており、霊力を流せばいつでも便利だったり強力だったりする術式が発動可能である。

 単独で大龍穴の鬼どもの軍勢を殺しきるにはこういった肉体の改造は必須であった。

 まぁ簡単な術式を刻印として刻むぐらいなら普通の術者や剣士もやってるらしいからな。

 俺みたいに顔と頭以外のほぼ全てに刻み込む奴はいないが(印や図の維持にも霊力がかかるのだ。凡人は刻めない)、これぐらいは普通のことである。

「帰ったぞ」

 そんなことを考えながら門の前に立てば、通行用の扉が門衛によって開かれる。そのときににやにやした顔で見られる。

「なんだ? 平民の門番ごときが、当主相手にその下品な顔は」

「ひ、ひひひ。すみません。ご当主様。ひひひひ」

「血縁で引き取っただけのグズは顔に卑しさが出ていかんな。父上も金を積まれたとはいえ、門番ぐらいは品性まともな武人を置くべきだろう。武家筆頭の龍頭家の門番だぞ。門衛は家の顔だとわからんのか」

「ひひひ。さすがご当主様は言うことが違いますなぁ。剣聖様のご機嫌伺いとはいえ、婚約者様を弟様の寝屋に送り込む方は品行方正ですわ。くひひひ」

 舌打ち。この門番は父親のお気に入りの商家の三男だ。

 実家の格付けのために門番として押し込まれた馬鹿である。

 不敬すぎて殺したいが、斬り殺せば前当主である父の不興を買うためにできない。

(殺せば、俺の状況は更に悪くなるか。現状、悪くなりようもないほどに悪いが……)

 それにいちいち門番と争っても俺の評判が更に悪くなるだけだ。

 家中の統制もできないのかと他家からも馬鹿にされるだろう。

(いや、馬鹿にされてるけどな)

 今更だ。他家から俺は侮られている。

 小鬼一匹しか倒せないカス剣士だの、術具がショボイゴミ術士だのと言われているのである。

 どうせあの役人が広めてるのに違いないが、なんだって俺はこんなに周囲に憎まれて、舐められてるんだ?

 俺は隠していないから、体内の霊力量を視れば、俺が周囲の連中よりも圧倒的に強くて天才であることがはっきりとわかるはずなのに。

 長年の疑問を抱きながらも、門番と多少やり合いながら屋敷内に入っていく。

 香餡堂で軽食も食ってきたから飯は食べない。俺相手だと料理人も舐めきっていて、ろくなもん出ないしな。この家だと。

 あと風呂は左手小指に刻んだ【浄化印】で済ませている。本当は風呂に入った方がいいんだろうが、数年前に風呂でうちの刀姫たちと性行為の真っ最中だった弟と遭遇して以来、実家の風呂は使わず、大龍穴の奥地に湧いている温泉を使うことにしている。

 なお、刀姫との契約である魂結びの儀では、刀姫たちと肉体関係になる必要がある。

 術者と刀姫の霊力の経路を深く繋ぐのに、陰陽の気を混ぜ合う肉体関係は必須だからだ。

 だから弟が刀姫どもとヤッていたことは問題ないが、誰かが使う風呂でヤるのはどうかと思う。

 親父が入ってきたらどうするつもりだったんだ愚弟よ。

 だいたいだな。そもそもどうせ愚弟は実戦になど出ないのだ。愚弟の前に出てくる敵は全員俺が殺すからな。

 だから、うちにいる最上級二十四刀に加えて、上級上位から中級下位の全ての刀姫と契約などしないでほしかった。

 おかげで俺は領内を方々ほうぼうに渡って探し回って未契約の下級下位の更に下である最下級の鉄刀をなんとか見つけ出して、契約することになってしまった。

(いや、鉄姫は信頼できる愛刀だから別にいいんだけど。それでも複数の刀姫があれば俺の攻撃手段も増えただろうに)

 まぁ今の所、最下級のあの娘でも俺のような大天才が使えば鬼退治に不足はないから他の刀姫が必要になったことはないが。

 ただ、剣聖である弟がいるせいか、当主である俺と魂結びをしたがる刀姫どもがいないのは少し寂しい。

 自分の人望の無さが嫌になってくる。

 だいたい俺ってなんで人望がないんだ? 謎すぎる。

(これでも鬼斬流龍頭派の秘伝書を読み解き、奥義を自ら編み出して継承してるんだぜ。歴代剣士の肉体から再生された鬼どもから技を盗んでもいるし)

 こういうのを誰に言ってもカス剣士だからと信用してもらえないし、柔弱な前当主である父親の影響で才ある剣士が皆逃げ出したうちには奥義を使える剣士自体も少ないから奥義を見せたところで奥義とはわからんというのもあるが。

 それでも刀姫どもがその柔肌を俺に許し、柄を握らせて貰えれば奥義を使うことで証明できる……んだが、まぁうちの刀姫どもは弟と魂結びの儀までやっちまったからな。肉体関係にまで至っている魂結びはそのつながりから、どちらかの死によってしか解除できない。

 なので弟が死ぬまでうちの刀姫どもは全員弟の刀である。

 なお、刀姫に寿命のようなものはない。代わりにいくらヤッても子も生まれないが。

 さて、自室の前までくれば侍女が一人立っていた。

「前当主様がお待ちです」

 侍女にまでこの出来損ないめ、と蔑んだ目で見られる。

 不敬だろうと蹴り飛ばしてやろうかとも思ったが、やめておく。この侍女はそこそこ位階の高い家臣の娘だ。父親に言いつけられて、嫌味を言われては堪らない。

「案内を」

 勝手に言われて勝手に歩き出したので、無言でついていく。

 さてはて、どんな用事だろうか。

 こういうときに収納から鉄姫を出しておけば頭の中で会話してくれるんだが、弟の目に我が愛刀を触れさせるのが嫌なので、実家では絶対に外に出さない所存である。


                ◇◆◇◆◇


みのり・・・が孕んだ、と?」

 父の執務室に行けばそんなことを言われる。みのりは俺の婚約者だ。龍爪りゅうそうみのり。龍頭家と同じ夜想国の支配階層である龍家たる龍爪家の長女で、俺と同い年の女。

 俺が当主になる前までは親しかったものの、鬼退治で大龍穴に詰めるに連れ、疎遠になっていって、最近は弟に抱かれるようになった女でもあった。

 正直、自分の境遇には大して興味を持っていない俺としてはその言葉に首を横にかしげることしかできない。

 目の前の父――龍頭家前当主で家中を完全に掌握して、俺を名ばかり当主にしている男、龍頭敬三けいぞうは、そんな俺の疑問にそうだ、と応えた。

「ゆえ、お前はみのり嬢と祝言を上げよ。生まれた子はお前の子として育て、成人次第、龍頭家を継がせる」

「はぁ、構いませんが」

 怒りは、まぁない。情を持っていない女と情を交わそうとは思っていないから、あの女の腹に誰の子供が宿ろうと俺に興味はなかった。

「それと雅人、お前を去勢・・する」

 去勢――言われた言葉の内容を考える。

「俺がどこぞの女を孕ませて、剣聖の弟の種で孕んだ子がいるのに、継承がごちゃつくとまずいからですか」

「そうだ」

 父の言葉を頭の中で咀嚼する。ふむ、理解はできる。


 ――まぁ納得できるかは別だが。


「処置は明日だ。それだけ覚悟しておけ」

「わかりました」

 頭を下げて、父の部屋を後にする。

 てくてくと侍女に案内されて部屋に戻る。ご丁寧に俺が逃げ出さないように扉に封じ・・の術式まで掛けられた。

 部屋に唯一ある家具である煎餅布団の上に座り、たっぷり三十分ほど瞑想をし、周囲の気配が(逃げられないと観念したと思ったのだろう。この家の中で何故か俺は落ちこぼれ扱いだからだ)落ち着いたことを確認してから、俺は内心のみで呟いた。


 ――よし、逃げよう。


 自分の子供じゃないものを自分の子供として受け入れるのは問題ない。どうせ俺は育児には関われないだろうからな。

 だが、去勢など許せるわけがない。股間の棒がなくなったら鉄姫や夜姫をどうかわいがってやればいいのか。

 へッ、玉と竿を奪われるぐらいならば出奔してやるぜ。

 と、考えたところで扉が開いた。封じの術は内側からの干渉を封じるもので、外からは自由に開けられるのだ。

「くく、よぉ、兄貴。去勢されるんだって? ははは」

 煎餅布団に座ったまま俺を見下ろす男を見上げれば、龍頭瑠人りゅうと、俺の双子の弟の顔が見えた。

 端正な顔をにやついた悪意で歪めていて、俺そっくりのイケメンフェイスが台無しのクズにしか見えない。

 女たちはなぜ、こんなのがいいのだろう? 野蛮ワイルドさに惹かれるものがあるのだろうか。

 なお愚弟の傍らには我が家の最上級二十四刀の一人である星雨姫の姿もある。

 星雨姫が刀である姿はいたことがないが、奴は伝承によると大太刀の刀姫で、雨中であるならば周囲の雨粒を鉄矢のように操ることで、敵を穿つことができる権能の持ち主だという。

 雨の中ならば無敵とも言える権能の持ち主のうえ、霊力さえ十分ならば一時的に雨を降らすことも可能だとか。

 星雨姫は俺を見て鼻で嗤うと、瑠人にしなだれかかる。瑠人はそんな星雨姫の豊満な肉体を弄っている。


 ――疑念。


(なんだ? なんでお前らそんな隙だらけなんだ?)

 星雨姫が寄りかかっているのが不気味で仕方がない。星雨姫よ、お前、瑠人の動きを邪魔してないか? ここで戦闘が起こったらどうするんだ? というか星雨姫よ、お前、大太刀姿じゃなくていいのか? 俺がここで斬りかかったとして、刀姫姿から太刀の姿に戻るのに一秒はかかるだろう? 一秒の間に俺に殺されるとか思わないのか? そもそも大太刀の星雨姫をこんな超接近状態で抜けるのか? どんなに早くてもここから刀姫を刀に戻して、刀を抜いて構えるのに二秒以上はかかるだろう? 俺なら二秒あれば収納印から鉄姫抜いて瑠人殺すのに十分だろ? なんでそんな余裕なんだ?

(わ、わからん……)

 俺がそう考える間にも瑠人と星雨姫はいちゃいちゃと俺に見せつけるように振る舞っている。

 謎だ。わからん。瑠人よ、お前そんなに強くなったのか?

 瑠人は、一見強そうに見えないところが厄介である。

 人品も夜想国全剣士の頂点たる魂鎮めの剣聖に見えないぐらいに卑しいし。

 我が弟である龍頭瑠人はクズである。

 そして、どういうわけか刀姫や高貴な女たちを誘惑する奇妙な引力を持った魅力があるせいか、実母に兄を迫害させるほどに贔屓され、うちの刀姫どもと全契約し、すでに何人かの侍女や何十人もの平民を孕ませて認知されていない子供の集団までいて、更にはちゃんとした婚約者までいるというのに俺の婚約者にまで手を出している下半身猿である。

 かつて清廉な姿で俺を魅了した星雨姫がこのような淫蕩な駄刀へと変貌したのは、瑠人のせいだろうな。

 叶うならば瑠人はぶっ殺してやりたいところである……が。

 俺は内心の警戒を肉体に反映させないように気をつける。

 しかし、この弟はこの焔桜島――並びにそこに済む夜想国一千万の国民を守る魂鎮めの剣聖だ。

 この弟がいるからこそ、俺があの大龍穴で退治している鬼どもの発生を抑制する大結界は維持、管理できるのである。

(――の割に鬼の発生は止まらないのはどういうことだ? 鬼の討伐を優先してて結界術は学んでないから、結界に関しては専門外なんだよな俺)

 謎は多い。疑念も多い。

 そしてこの弟に対して流石にあれこれと思わないわけではないが、勝てるかはともかく、俺が苛ついたからといって、軽々に殺していい相手ではない。

 この弟が死ねば、この国が滅んでしまう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る