第21話 金子練は逃げ出した!

それは勇者に勝利したその日の夜のこと────


「何してるの?お兄ちゃん?荷物を纏めたりなんかして。」


不思議そうにダークが練の顔を覗き込んだ。

……が、直ぐに格式正しい直立の姿勢になり、


「どうしたんですか?何かあったんですか?ご主人様。」


……と、かなり心配そうな表情でそう言った。

勿論、物理的に目の色変わっていた。

そして、その心配のタネの練は全く重くない荷物をまとめながら言った。


「理由は色々あるけど、強いて言うならこの国の王がクソうぜぇ。」


「「え?」」


一瞬、話している言葉の意味が理解できずにフリーズする2人。

そして、点と点が線になったとき、それは超絶簡単な答えだった事に気づいた。

オマケに人としてダメな答えだという事にも。


「「…………えっ!!!???」」


2人は超絶便利な二心同体。

主人の奇行について脳内で相談しているようで、無言でリアクションを取り続けていた。


(誰も表に出ていないと、眼は灰色になるんだ。)


そんなどうでもいいことを確認しつつ、黙々と作業を続ける練に、


「……えっとお兄ちゃん。もうちょっと理由を教えて貰ってもいい?」


しびれを切らしたダークが更なる説明を要求した。


「え、理由?

……何かある度に「練殿ぉー」って煩いんだよ!たまには自分達で解決しろよ!!」


普通に宿や食事等を無償で提供されている上、公共施設等の利用に制限もない環境に対する対価にしては安すぎる気もしなくはないが、2人はとりあえず、『今の環境に納得していない』という現状を理解した。


「……では、何故荷物を?」


練がニコリと微笑んだ。

はい、嫌な予感的中。


「うん、夜逃げすることにしたわ。」


2人の反応はとても面白かった。

目を大きく見開いたかと思えば、物理的に目を白黒させ、


「「え!?…えええぇぇぇ……………。」」


驚きの声が一気に失望の声に変わる。

非常に揃っている、まるでステレオスピーカーだ。


「おお!すげえ!」


実際、2人の溜息は完全に一致していた。


「そうじゃなくてですね、別れの挨拶とかはしないのですか!!」

「そうだよ!お兄ちゃん!」


2人はやはり左右チグハグな体勢でそう言った。

そして、練は胸を張って答えた。


「あぁ、手紙を書いておいた『捜さないで下さい 金子練』ってな?」


なんと、この国(ケモナーというらしい)のパンフレットの余白に、中途半端に綺麗な字でそう書いてあった。

日本語じゃ意味ねぇだろ。

というか歓迎のパンフレットにそれ書くのはなんか嫌な気持ちになるだろ?!


「なにそれぇ!」


手紙を見たダークがそう言った。

ライトはワナワナと怒りに震えている様子だ。


「わかった!わかったから!」


その2人で1人の少女を錬金術師が宥める。


「よかった……わかってくれたんですね!」


「常識知らずが主人じゃなくて本当によかった〜!」


だが、このロリコン野郎の荷物を片づける手は全く止まらなかった。


「夜逃げが駄目なら、朝逃げしよう!」


そこから数瞬空いて、


「「………え?」」


そんな間の抜けた声を上げたが最後。


「私は『寝ました』。」


そして、月が消え、太陽が一瞬にして呼び出された。

小鳥が煩わしいくらい鳴いていた。


『パパーおはよー!』


「ルミナーおはよう、今日はちょっと遠くへ行こうか!」


『わかったー!』


全国のお父様お母様。

純粋な子どもというのはこれ程までに騙されやすいのです。お気を付けて下さい。


「「……。」」


2人は、呆れと驚きが入り交じっていたような顔をしていた。

なんたって、2人は練の装備扱いなので、睡眠時間消失バグに巻き込まれたのだ。

そして、その元凶は、


(2人が口を開けたまま動かなくなった……?誰だ!こんなことした奴は!)


そんな事を考えていた。

本当に気付いてないなら、馬鹿を治す為に死んだ方がいいよ。


「というわけだ二人共いくぞ!どこへでもれんくん~!」


そう言いながら全員の手を掴む。

現代社会ならセクハラで訴えられる行為だ。


「ちょっとお兄ちゃん!」「ご主人様っ!」


「エルフの国の前に『移動』!」


練の犯罪行為履歴に、少女拉致が追加された瞬間だった。


「練殿ォ!…………おや?」


間一髪、練達一行は夜逃げ改め、朝逃げに成功したのだった。

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