第4話 アイツが嫌いだったわけ

 翌日、私はいつもより早めに学校に行き、うわばきが入ったロッカーの中からアイツの名前が書いてあるのを見つけ、そこに徹夜して書いた手紙を入れた。

(来てくれますように)

 そう祈りながら教室に向かう私。しばらくしてやって来たアリサちゃんから事情を聞かれたが、「今日の英単語の小テストの範囲を勉強したくて」と適当な嘘を言って誤魔化した。


 運命の放課後。 

 私は屋上で、ソワソワしながらアイツが来るのを待った。

 もしかしたら来ないかもしれない。だって、挨拶すらもしないくらい仲が悪いからだ。

 でも、私の復活した記憶が正しければ、アイツもあの手紙を見て、

 不安と格闘しながら待つこと数分、遂に屋上のドアが開いた。

 入ってきたのはアイツ──ジュンだ。彼は目の前にいる私に大いに驚くと、首の裏をかきながら近づき、一定の距離を保った所で止まった。

 しばらく沈黙が続いた。それとは正反対に校庭で試合をしている女子達の声が聞こえてきた。たぶんマリちゃんのも混じっていたと思う。

 だけど、それをかき消すかのように私が「ごめんなさい!」と言って頭を下げた。

「率直に言うと、あなたが嫌いだったの。あなたを見ているとなんかモヤモヤして……その原因がこの手紙のおかげで分かったの」

 私は読んでみてと、小学生の時に書いた手紙を彼に渡した。

 彼は広げてジッと眺めていた。すると、急にカッと目を見開いて、

「やっぱり、お前……」

 と、何かを察した様子で私を見た。その瞬間、思わず泣きそうになったが、大きく深呼吸して心を落ち着かせ、もう一回同じ事をした後に話を始めた。

「私、小学一年生の時に好きな男の子がいたんだけど、親の事情で転校しないといけなくて。

 それで、旅立つ前に想いを伝えようと手紙を書いて、その子の下駄箱に入れたの。

 体育館裏で待った。でも、来なかった。日が暮れそうになるまで待ったけど、その子は来なかった。

 私を心配しに学校に迎えに来た親に怒られながら連れて行かれた時、思ったの。

 約束を破るアイツなんか大っ嫌い──って。

 でも、転校した途端に友達とか出来たりして、その事なんかすぐに忘れちゃったけどね。

 でも、七年ぐらいの時を経て、その子と再開したの。

 まさか──同じクラスになるなんて思わなかったな」

 私はここで話を止めて、彼の様子をうかがってみた。まだ状況が読み込めていないのか、口を開いて何かを言いそうになったがすぐにつぐんで、モゴモゴと動かしていた。

 これをチャンスとみた私はいよいよ本題に入る。心なしか、呼吸が荒くなっている。頑張れ、私。

「返事はしないで。彼女がいるからフラれるのは分かってる。でも、これだけは言わせて」

 一瞬吐き気や立ちくらみが起きそうになったが、どうにか踏んばって、今抱いている感情を言葉にした。

「たぶん今も好きなんだと思う。あなたのこと」

 試合の大盛り上がりしている様子が片耳から聞こえてくる。それに比べて、この屋上はまるで別世界のように静かだった。

 一陣の風が彼の前髪を揺らす。彼の頬がほのかに赤くなっているのが分かる。

 私はそれ以上に真っ赤になり、早くこの場から逃げたかったので、「それじゃ」と足早に彼の横を通っていった。

 ところが、

「彼女じゃないんだ」

 という彼の言葉に思わず立ち止まって振り向かずにはいられなかった。

「……え?どういうこと?」

 私の問いに彼は物恥ずかしそうに頬をかきながら答えた。

「マリは妹なんだ。でも、昔から俺にベッタリで、前から欲しかったゲームソフトを渡してきて『半日だけでもいいから彼女になって』とお願いされてさ……仕方なくオーケーしたんだ」

 なるほど、そういう事だったのか。それにしても物を渡してまで彼女にさせるとは、どんだけブラコンなんだ、あの子は。

(でも、彼女じゃなくて良かった)

 私が安堵の息をもらしていると、彼が口を開いた。

「あの時のことは覚えている。すぐに行きたかったんだけど、部活動で大怪我をして病院に運ばれて行けなくなったんだ。

 幸い一日入院するだけで済んだけど、学校に来てみたらお前はもう去った後だった。

 もしあの時、怪我をしなければお前が何を伝えようとしたのかを知れたのに──その後悔が残ったまま月日が流れた。

 そして、成長したお前と再開した。

 運命かもしれないな……たぶん」

 彼が突然深呼吸をし始めると、私の目をまっすぐ見てきた。私もつられて見つめ返す。心臓が今にも爆発しそうだ。

「俺と付き合ってください。お願いします!」

 そう言って勢い良く頭を下げる彼。まさか逆告白されるとは思わなかったので、しばらく彼のうなじをジッと眺めていた私だったが、すぐにハッとなって「よろしくお願いします!」と頭を下げた。

 また沈黙が流れ、私が恐る恐る頭を上げると、同じような格好をしている彼と目があった。思わず吹き出して笑う私に彼もつられていた。

 私達二人きりの笑い声が屋上から見える雲が一つもない空まで届いていたような気がした。

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