第9話 虹魔石

 「っナッツ!」

 がばっと起き上り、溜め息をつく。地球で暮らしていた時の夢を見てしまった。

 ふと真っ白なシースルーに気付いて瞬き、天井を見上げる。屋根があった。

 ――これって、天蓋ベッド? 

 ゆっくり降りると、足元にはふわふわした長方形の絨毯と脱がされた靴、そして別の履物が置かれてあったが――私は靴を選んだ。

 周囲を見渡すと、まるで洞窟を掘ったかのようなドーム状の部屋。所々に明かりが設置され、影が揺れている。

 どうしてこうなった? ここはどこ?

 目に付いた木製の扉へ忍び足で向かい、そっと開けてみる。

 「あ! 起きたんだど!」

 びくっと体が震える。秒でバレた。

 開き直って覗いてみると、私を攫った誘拐犯がにこにこして手を振っている。少年の側には男女が二人並んで座っていた。ご両親かな?

 「あの……ここは、どこですか……?」

 どすどすやって来た少年が、私の左手首をぎゅっと掴み口から悲鳴が飛び出した。

 「ど、どうしたど!? 痛かったど!?」

 手首を押えて震える私に、慌てて寄って来た男女が鈴のようなものを鳴らし、やって来た女性に指示をだす。数分して持ってこられたのは液体が入っている器。

 水だろうか?

 「これに、つけるんだど!」

 左腕を掴まれ、労わるように手首を浸してくれる。

 「ごめんなさいねー」

 正面に立っている女性が頬に手を当てて困ったように笑った。

 「この子ったら、可愛いお嫁さんを見つけたど! って連れてきてしまってー」

 「えぇっ!? 私がですか!?」

 「ほら、ドッキちゃんー全然意思疎通できていないわよーこれだと誘拐犯よー?」

 「だ、だって……ひとめぼれしたんだど……」

 「そんなことを言ってもダ、こういうことは一方だけの気持ちでは駄目なんダ」

 女性の隣にいる男性が少年を見下ろし、諭すように言う。

 「それにしてもねー」

 途切れたのを見計らって、一番気になることを舌に乗せる。

 「あの、私……どのくらい眠っていましたか?」

 お父様と出かけたのは、王様の言っていた期日よりも一日前だった。流石に一日以上眠りこけたとは思いたくない。というか、どうしよう。お父様心配してるよね? あれからどうしたんだろう。

 「そうねぇ、あなたがここに来たのは、昨日のお昼過ぎなのよー。一晩明けて、今は朝ねー」

 ――よ、よかった! 期日に間に合ったわ! でも家の方はどうなってるかしら……。

 「あ、あの。私……そろそろ帰らないと……父が心配して」

 「それは心配ないど! メイカの名前覚えてたど! すぐに知らせを送ったど! ちゃんと家の者がうけとっているど!」

 ほっと胸を撫で下ろす。

 「あ、ありがとうございます……。ええと、それはそれとして、やはり私は帰らないと……」

 「おいらじゃダメど?」

 「……ごめんなさい……私、すきな、ひと、がっ……」

 喉を詰まらせくしゃりと顔を歪める私の背中を、女性の手がさすってくれる。

 「何かあったのー? いってごらんなさいー?」

 気遣いに満ちた言葉に涙を零し、気がつけばここに来てからのことをとめどなく話していた。

 やがて私が口を閉ざすと、「辛かったわねー」と言ってくれ、また涙した。

 「ごめんなさいねー、そんなに逼迫ひっぱくしていたというのに、息子が至らないことをしてしまってー。申し訳ないわー」

 「そうダ、ドッキ。次はないダ」

 「ごめんなさいど……」

 「ところで、あなたの指輪なんだけどー、貸してもらってもいいかしらー?」

 「えっ、でも、これ、は、外せなくて……」

 「あらぁ大丈夫よー。こうしてねー」

 細い指が指輪を摘まんだ刹那、すぽっと抜けてしまう。

 唖然として見ていた私の前で、女性は祈るように指輪を額に当て、目を伏せた。刹那、私の額が熱を持ち、同時に緑色の光の模様が足元に出現する。

 ふっと目を開けた女性は、頷いた。

 「この指輪には、ドワーフの紋章が刻まれているわー。これはあたしが、子供のころ助けてくれた人の子に渡した指輪ねー。わたしの魔力の残渣があるわー。でも七十年も前のことだからー、あなたは、人の子の娘さんかしらー」

 微笑みながら差し出された指輪をとり、ぎゅっと握りしめる。

 「あの人の子はどうしたのー? まだ元気なのかしらー」

 私はゆっくり頭を振った。

 「母は……亡くなりました。地球という世界で。……もしかして、地球ってご存知ですか……? どうやら母は、この指輪の力で地球という世界にいったようなんです」

 男女が顔を見合わせ、私に視線が戻る。

 「内緒にしていることなのよー。人の子には伝えたけれどー」

 「その指輪に嵌まっている石は、魔力を溜められるのダ。魔力自体は、指輪の持ち主でなくても溜められるのダが、人の子が体験したように“異世界”にいくと、石と契約が成されるのダ」

 「一度契約されるとねー、『転移』を使った者にしか、指輪が使用できなくなるのー。だから、あなたが持っているその指輪は、人の子がチキュウに転移した時に、人の子と契約されたのー」

 「先程も言ったように、普通は契約した者しか指輪は使えないのダ。しかし、受け継ぎたい者の血液をその指輪に与えることで、所有権が移るのダ。つまり、人の子は娘であるあなたの血を、その指輪に与えたことになるのダ」

 「そうー。契約者じゃないと跳ね返されて、使えないのー」

 「そうだったんですか……」

 ――じゃあ、ナッツの指輪って……?

 「娘さんー」

 「はい」

 「わたしが人の子に助けてもらった時にねー、人の子の血が生き継がれている間は、人と獣人が暮らす隣国に、石を卸すと約束していたのよー。そうすれば、石が欲しい隣国は、人の子を大事に扱うと思ってー。恩返しをしたかったのだけどー……」

 ――お母さんがドワーフの王女様を助けたから、虹魔石が獣人の国に入るようになったのね。

 ふぅ、と女性は溜め息を漏らし、続ける。

 「人の子の気配が消えてー、わたしたちは隣国との石を卸す契約を切ったのよー」

 「そうダ。そうしたら、あいつらは戦争を起こそうとしてきたんダ」

 ――母を狙った犯人のせいで、獣人の国は虹魔石を手に入れられる契約を切られた。でも獣人国は石が欲しいから、戦争を仕掛けたのね。最低だわ。 

 「わたしたちは隣国と戦って、勝ったわー。その時、わたしはドワーフ王をやっていたパパに頼んで、卸した石も全て壊してもらったのー。戦争を仕掛けてくるような隣国の者たちに、指輪を使用した転移をされては、危険だからねー」

 なんだか、獣人の国が負けて清々する話だ。確かに、獣人の国に転移が出来る方法を知られると、悪いことに使われる未来しか見えない。

 「人の子よー。わたしは人の子と約束したことを忘れていないわー。わたしの息子も、娘さんに迷惑をかけてしまったしー」

 「隣国の獣王はまだ石を求めているのダ。娘さん、あなたが牢に入れられた者を救いたいならば、力を貸すが、どうダ?」

 「ええと、それはどのようにして……?」

 希望が見えだして、心臓がどきどきしてきた。本当にナッツを助けることが出来るの?

 「あなたの婚約者を牢から出し、この先あなたに口出ししないならば、石を卸してもよい、という内容の書状を書くのダ。息子に書状を預けるから、娘さんは、息子と馬車で向かうのダ。息子から、獣王に書状を渡してもらうのダ」

 「あ、ありがとうございます!」

 頭を下げると、男性は鷹揚に頷いた。

 「先に先触れを出しておくのダ。リグ、デイ、ザビの三名で行ってもらうのダ。少し待つのダ」

 「何から何まで……本当にありがとうございます……!」

 机に向かった男は取り出した紙にペンを走らせ、封筒に仕舞うと緑色の封を施す。その間にやってきた三人のドワーフたちが受け取り、腰を折って出ていった。

 「さぁ、これで大丈夫ダ。あのこたちが戻ってくるまで、娘さんは部屋で休むといいダ」

 「ありがとうございますっ……! なんとお礼を言えばいいか……」

 「いいのよー。人の子との約束と、息子がしてしまったことに対してのお詫びでもあるのだからー。さぁ、お部屋に戻って、ゆっくりしていなさいー」

 そう言って背中を優しく押され、私は安心感と嬉しさのあまり、顔を覆った。

 ――お母さん、ありがとう……! 本当に、本当にありがとう……! ナッツ、あなたに早く会いたい! お願い、どうか無事でいて……!



 夕方、使いに出した三人のドワーフが戻って来たと連絡を受け、私はすぐにでも戻ろうと思ったが、夜は危険だからと止められてしまった。

 お預けを食らった気持ちで眠れない夜を過ごし、迎えた早朝「体力はつけないとだめよー」と出された果物を食べ、書状を持たされたドッキ少年と共に馬車へ乗り込んだ。

 眠れてなかった所為か少しうとうとしてしまい、気づいたら何故か家の邸に居た。

 話しと違う。

 そう思っていると「お父上が一緒のほうがいいと思ったんだど!」と言い、確かにと頷く。

 飛び込むように馬車に顔を出した父はげっそりとやつれており、心配かけてしまったと私は胸が痛んだ。しかし、こうなった経緯を昨日の間に聞いていたようで、安心したと笑っていた。

 父は私たちと同じ馬車に座り、すぐさま王宮へ向かった。

 今や私の心は希望で満ち溢れ、ナッツに早く会いたいと気持ちが急く。馬車に揺れる小一時間が、数日のように思えた。

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