#19 課長、ちょっぴり成長



 7月下旬になると、8月のアンケート配布開始に向けて最後の追い込みで関係各所への根回しに飛び回り、それと並行して公式チャンネルの第一弾特集の栗きんとんに関する資料集めなども進めていた。


 和栗などの昔から和菓子等で使われる食材は調べてみると色々と面白く、今更ながら勉強になっている。


 現代でも食材に旬はあるが、旬や質に拘らなければ季節に関係無く手に入る。

 しかし昔は違った。

 季節と共に食材は変わる。その為、希少性が今よりも非常に高く、その希少な食材を無駄なく美味しく味わう為の調理が求められ、職人たちが年月と知恵を積み重ねて、今の和菓子が生み出されてきた。

 そんなことを今回色々調べている中で、改めて知ることが出来た。


 俺だけじゃなく課長も生産農家さんへの取材を前に色々勉強しておこうと、ネットで調べるだけでなく図書館などへ足を運んだり、製造部の人や製品開発の人なんかに直接質問や相談しに行ったり実際に作るのを体験させて貰うなど、以前に比べ精力的に動いていた。


 以前は3課時代のトラウマなのか、製造部の人間にドコかビビっている様な感じがあった課長も、今ではすっかり「分からないことは直接聞けば良いわよね」と言い、自分から積極的にコミュニケーションをとる様になり、実際に作る体験をした時も自分から「やってみたいわ」と言ってやらせてもらったらしい。(とは言え、実際にやらせて貰ったのは最後の絞る工程だけらしいが)



 俺から見て、この頃から課長に熱意を感じられる様になった。

 恐らく、製造部の人たちにもそれが伝わっているんだと思う。





 ◇





 8月に入ると、予定通りアンケートの配布を開始し、今後は回収が始まってからの集計等が主な業務となる為、アンケートに関するプロジェクトは一旦一息つくことになった。


 その代わりに、特集動画の制作が本格的に始まった。


 これまでの動画撮影は、スマホや総務部が持っていたカメラを借りていたが、今回経費でハンディのデジタルビデオカメラを購入し、8月頭の製造工程の撮影からこのカメラを使った。


 今回はお堅い動画である為、課長のリポーターは入れずに製造工程を順番に最初から最後までを粛々と撮影して行き、後で編集してナレーション(課長)を入れる。 そして他にも8月中には製品開発責任者(井上課長)インタビューと、岐阜にある生産農家さんへの取材を予定していた。 


 今の課題としては、実食シーンを撮影する場所をドコにしようかというのを課長が色々探しているのだが、中々良い場所が見つからないらしい。

 季節や和の雰囲気を感じられるような景色に拘っている様で、出来れば地元が好ましいが、会社や商品に関係ないのもチグハグ感が出てしまうし、いっそのこと生産農家さんへ取材に行ったついでに着物でも着て栗畑で食べては?と提案してみたが、一応それで撮影をしてみることにはなったが、課長のイメージにはまだいまいち合っていない様子だった。





 そして8月と言えば、課長に誘われていた地元の花火大会が上旬にある。



 事前に「お嬢様の課長とセレブ席(マス席)で」と分かっていたので、普段飲み屋にでも行くような適当な服装はダメだろうと考えた。

 そして、課長が浴衣などの和装なら、俺もそれに合わせる必要がある? 逆に課長が和装じゃないのに俺だけ和装なのも不味い?とも考えた。

 なので、とある日の昼ご飯どきに直接課長に尋ねることにした。



「課長、花火大会は浴衣着て来るんですか?」


「荒川君は、私の浴衣姿が見たいのかしら?」


 プライベートでは自意識過剰なお嬢様らしい返しだ。


 確かに、中身は違えど見た目だけはクールビューティっぽい課長に浴衣は似合うのだろうな、見てみたいな、と思うが、素直に認めるとまたチョーシに乗ると思い、「違いますよ。 俺も和装のが良いのか早めに決めておかないと準備間に合わなくなるから聞いてるんですよ」と否定した。


「荒川君、素直に見たいって言ったらどうなのかしら? 素直になってくれないなら、見せないわよ」


「なんでそんなに勿体ぶってるんですか? 今の課長はナニ目線なんですか?」


「ほんのちょっとだけ年上で、優しいお姉様な上司目線?かしら」


「自意識過剰が甚だしいですね。 で、結局どっちなんです?教えてくれないなら、俺、部屋着で行きますよ?」


「はぁ、もう少し妙齢の男女らしく色っぽい会話を楽しもうという気は無いのかしらね」


 そうボヤキながら、課長は自分のスマホを取り出し何やらイジると、画面を俺に見せてくれた。 スマホには、ハンガーラックみたいなのに広げた状態で掛けられた紺色の着物が写っていた。



「花火大会に合わせて浴衣買ったのよ。可愛いでしょ?」


「わざわざ花火大会の為に? 安くないですよね?」


「ええそうね。 浴衣なんて中学生の頃に買ったっきりで、十数年ぶりに買ったわ」


「凄い気合の入り様ですね。何がソコまで課長を駆り立てるんだろ。 でも、紺色の浴衣似合いそうですね。楽しみです」



 ついうっかり「楽しみです」と本音を零すと、課長は案の定「やっぱり荒川君も楽しみなのね。うふふ、最初から素直に言えばいいのに。うふふ」とチョーシに乗り始めた。





 昼食後、いつものうどん屋さんからの帰り道。


「荒川君も浴衣なの?それとも甚平かしら? 甚平ってなんだか男らしくて格好良いわよね。 あ、そうだ。私が選んであげようか?紺色の浴衣に合わせるなら何色が良いかしら?」と一人饒舌にお喋りする課長を適当になしながら、ちょっとしたことを思いついた。



「課長、花火大会って、ウチの会社がスポンサーなんですよね?」


「ええそうよ」


「それって会場に行けば、カンバンとかに社名が出てたりするんでしょうか?」


「うーん、どうなのかしら。私もメイン会場に行くのは初めてだから、よく分からないわ」


 スポンサーの社名をカンバンなどに出す場合、事前に通達や確認などがあるはずだ。 勝手に名前だしたり、逆に一部の協賛社だけ名前が出て無かったとかあったら「来年は出資しない!」とかスネて大問題になりかねないだろうから。


 ってことは、総務なら分かるか。


「急にどうしたの?」


「花火大会の日なんですけど、ビデオカメラ持って行って、少しだけ撮影しようと思います」


「花火を撮影するの?」


「そうですね。花火も撮影するつもりですけど、会場の様子やウチの社名が出ているカンバンとかも」


「地元のイベント紹介動画でも作るのかしら?」


「うーん、ちょっと違って、地域貢献の一環として、地元の花火大会にも協賛してますよって言うのを、何かのタイミングでアピール出来るかもしれないじゃないですか。 とりあえず今すぐ公開するつもりはありませんけど、記録として残しておいて損は無いと思いまして」


「なるほど。 でも撮影は程々にして頂戴ね。デートがメインなんですからね」


「やっぱり課長的にはデートなんですね」


「そうよ、当たり前じゃない。 そう言えばデートと言えば、食事どうしようかしら。 当日はきっとドコもいっぱいよね。出店で買った物で済ませちゃう?」


「行きたいお店とかあれば予約しておきますが、俺としては出店の物でも全然OKです」


「じゃあ、当日適当に考えよっか」


「了解っす」



 課長といつも二人きりで日常的に遣り取りを繰り返しているせいか、最近では俺もマヒしているようで、課長とプライベートで会うことに抵抗感は薄れて、デートと言われても「課長がそう言うならそれでいいや」と軽く考えられるようになっていた。




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