#09 仕事しましょうよ



 仕事が忙しくてすれ違いの生活が嫌になってナツキに出て行かれたと言うのに、営業企画室の所属になってからは不安になる程ホワイトな勤務となっている。


 流石に定時で上がることは無いが、普段の残業時間は精々1~2時間程だ。

 それに、溜まった仕事を片づける為に土曜日一人で出勤するということも無くなった。


 辛うじて、2課に居た時に懇意にしていた取引先さんに誘われて接待代わりに飲みに行くくらいはちょくちょくあるけど、それも仕事の話はほとんどしないし。



 で、いざこんな風に時間に余裕が出来てくると、空いた時間を有意義に過ごす手段が無いことに気が付く。


 平日は自炊したり洗濯物したりして、あとは一人でのんびり晩酌すればまだ何とか時間を潰せるけど、休日はもうどうしようもない。


 最初の頃は疲れが溜まってたから、休日は朝から晩まで一日中ゴロゴロしていた。しかし、ゴロゴロしてるとナツキのこと考えちゃうから、無理矢理外に出て気分転換しようと思うが、学生時代の友達とかは俺が激務で働いている間に疎遠になってしまい、こういう時に誘えるようなヤツは居らず、結局一人で適当に外食したりお酒飲んだりして、そのまま帰ってくるという寂しい物だった。


 そんな日々を過ごしていると


 それでも、忙しいよりは良いよな。

 当分彼女とか要らないって思ってたけど、時間に余裕あるのならやっぱり彼女作るのも良いよな。


 と、徐々に前向きにもなれるようになり、ナツキに振られた気落ちからも立ち直りつつあった。 多分、配置換えによる仕事の環境が良くなったことが大きいんだろう。


 精神的にも体力的にもホワイトだし、上司である山名課長が頼りないけど出来の悪い姉の世話でもしてる感じで、いつの間にか楽しんでる自分が居たりするし。





 結局、何が言いたいかっていうと、以前に比べて公私通して暇で、今まで以上に自主性が大事だって話。


 プライベートでは彼女に逃げられちゃった俺としては、今更焦って何かする必要は無いので、追々恋愛だの趣味だの色々チャレンジしてみるつもりでは居るけど、問題なのは仕事の方だ。 なまじ企画室っていうある意味フリーダムな部署で、更に頼りない上司と二人きりなせいで、自分で仕事を作らなければすることが無い状況。


 だから俺は、今年目標に掲げた自社の知名度やイメージを調査するプロジェクトを本腰入れて進めている。今はまだ下準備段階だが、今までの外回りの営業などと全く違う業務なので大変な事ばかりだが、その分新鮮で面白い。 問題なのは同じ営業企画室の相棒であり上司である課長の方だ。


 俺は部下だから課長に対して「アレやれ、コレして」と指示や命令するのは気が引けるし、でもほっとくと「今、何をしてるの?」とイスごと俺のデスクに来ては横からPCのディスプレイ覗き込んできて、教えて教えてっていう目で邪魔してくる。


 所謂、指示待ちってヤツだな。しかも上司だから質が悪い。

「邪魔ですよ」とも言えないし無視するわけにもいかないし、それで簡単に説明すると、へーとかほーとか言って興味深そうに聞いてくれる。 そんな態度を美人の同僚にされると、いままで一人で外回りばかりしてきた身としてはちょっと嬉しい訳で、俺もついつい調子に乗って色々話しこんじゃったりして、気が付けば課長の術中にまんまとハマっている状況に。


 それで、ハッ!と気が付いて「俺のことは良いから、仕事しましょうよ」って言うと、「荒川君が頑張ってるから私も頑張らないとって思うんだけどね」と殊勝なこと言いつつ、「今日のお昼は中華行かない?私、今日は唐揚げの気分なのよね」とダメ社員の典型みたいなことを言いだしたりする。


 ダメだ、このままでは課長がのび太くんになってしまう。


 そこで俺は考えた。

 課長が一生懸命になれるような仕事は無いかと。


 そして、それは難しくなくて、且つキチンと実績として残る様な物が良いだろう。

 営業企画室としての実績と言えば、何か宣伝効果や企業イメージのアップに繋がる様な事が望ましい。


 で、思いついたのが、SNSで会社の公式アカウントを作って、課長に会社の宣伝になるようなことを日常的に書き込ませる。 そして動画投稿サイトでも会社の公式チャンネルを開設して、そこで定期的に商品の紹介やイベントなんかの動画を公開する。地元の名産や観光案内みたいなのも面白いかもしれない。 当然、その動画の制作は課長にやってもらう。リポーターなんかもやらせたら面白そうだ。 俺が最初に提案して即却下された美人広報の安価版みたいな感じだな。


 会社の公式アカウントや公式チャンネルとなると、流石に勝手にやる訳にはいかないので、早速上層部向けの企画書の作成に着手した。 有名企業の取り組みなんかを参考に、その効果やほとんど予算かけずに手軽に出来ることをアピールのポイントにして、まずは課長をその気にさせる為に説得した。



「課長、新しい企画思いついたんで企画書見て貰えますか?」


「む?アンケートに関係ある話かしら?」


「違いますよ。 流石に企画室が1年目はアンケートだけやってましたじゃ恰好つかないでしょ? 全く別の企画ですよ」


「わかったわ。今からミーティングね」


 課長がいつものペアのマグカップにコーヒーを煎れている間に、俺はホワイトボードに企画内容と要点をまとめて書き込んだ。


「企画内容は、ネットでの宣伝活動です。 主にSNSで公式アカウントを通じた日常的な書き込みと、動画投稿サイトで公式チャンネル開設して宣伝などの動画の公開です。 これらの利点は、簡単でお金もかからず、上手く行けば大きい宣伝効果が出ることです」


「へー、なるほど。 確かによく聞くわね。 食品メーカーが自社の商品を使ったレシピを公開したり、その料理の様子を動画配信したり」


「そうです、それです。 ビデオカメラ1台あれば画質綺麗でまともな動画撮れますしスマホでもある程度は行けます。編集だってこのPCで出来ます。 大変なのは、恐らく企画とか考えるのと定期的に続ける持続力でしょうか」


「SNSの方は?」


「有名企業などはドコもツイッターです。やるならツイッターになりますね。課長はSNSは何かやってますか?」


「インスタのアカウントだけはあるわよ。フォロワーが一桁だけど」


「一応SNSの経験はありますね。 ならSNSの管理は課長がやって下さい」


「え?私がするの? 荒川君がやればいいじゃない」


「いえ俺は忙しいので。 課長、自分も頑張らないとって仰ってたじゃないですか。そんな課長に頑張って貰おうと思いついた企画なんですよ?」


「えーでも私が何か書いても面白くないわよ?」


「そこは勉強してくださいよ。他の有名企業のツイッター色々見て参考にするなりして。 兎に角、SNSと動画の配信は課長にお任せしようと思います。 お金かからず手軽に宣伝出来るなんて、今の営業企画室にピッタリのプロジェクトじゃないですか。それを課長の手腕で成功させたら、みんな課長のことを見直しますよ?」


「うーん」


「俺も出来る限り協力しますんで」


「わかったわ、やってみる。 でも協力じゃなくて二人で力併せてやりましょう。私動画の編集とか無理だし」


「分かりました、二人で良いですよ」




 こうして課長も企画室らしい仕事にようやく着手することになった。




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