#05 上司はお嬢様



 翌日、朝礼が終わると直ぐに山名課長とのミーティングを始める。



 昨日、家で作成してきた資料(アイデアを箇条書きしただけの物)を2部プリントアウトして、1枚を課長に渡す。

 課長も俺と同じように資料を作成してきた様で、1枚渡された。


 課長が俺の資料を両手で持って食い入るように読み始めたので、「コーヒー煎れますね」と言って席を立ち、廊下の無料自販機で二人分用意して部屋に戻る。


 課長はまだ俺の資料を熟読している様なので、声を掛けずにコーヒーを1つ前に置いて、俺は対面に座って課長の資料に目を通した。



 課長の資料には「山霧堂のゆるキャラ『ヤマさんとキリリちゃん』 キャラクター商品での若者層への展開」と書かれていて、イベントやマスコミ展開の宣伝活動なんかが簡単に説明されていた。



 ぶっちゃけ、これは間違いなくスベるやつだ。

 ウチみたいに地元でも知名度が高くないような企業がやったところで、見向きもされないだろう。


 ある意味、期待通りの山名課長だ。



 顔を上げて資料から山名課長へ視線を移すと、課長は眉間に皺を寄せて俺が渡した資料を睨んでいた。



「そろそろ始めませんか?」と声を掛けると、漸く資料を置いて「ええ、そうね」と答えた。



「それでどうしましょうか。俺の資料から説明しましょうか?」


「そうして頂戴」


「分かりました。 それで、その資料の内容に関しては、思いついたアイデアをダァーっと書き連ねただけなので、どれが有効的かとかどれがやってみたいとかの順番とか優先順位とかあるわけじゃ無いんですけど、上から順番に説明しますね。 それで①の―――」


 俺の説明を山名課長は相変わらず眉間に皺を寄せながら黙って聞いていたが、途中で『山名課長を美人広報担当として』の項目になると、「それは飛ばして頂戴」と言いだした。


 それでも「いいアイデアだと思うんですけど」と言うと「却下よ!」と怒られ、仕方なく「じゃあ飛ばします」と渋々残りを説明した。



「以上です。 何か質問があれば」と締めくくると、いくつか質問されて、答えられる範囲で説明した。

 実際のところ、アイデアだけの状態で、実例とか必要経費とかのモロモロは全く調べてないので、自分でもこの中で物になるのが有るのかどうか自信は無かった。


「分かりました。 昨日の今日でこれだけアイデアを出してくれるなんて、流石ね」


「あ、ありがとございます。 それで課長の方は・・・」


「え、ええ・・・私の方は、自主的に却下するわ」


「え?どうして?ヤマさんとキリリちゃんにどんなことさせるつもりだったんですか? 俺のイメージでは、ヤマさんは刑事ドラマとかに出てくるいぶし銀的な渋いおじさんで、キリリちゃんはワカメちゃんみたいな女の子なんですけど」


「ヤメテ」


 課長はそう言って机に突っ伏して、バタバタと足踏みした。


 上司としてはやはりどうかと思うが、ちょっと可愛い。



「現状は、あくまで方向性や可能性を探るのであって、いきなり何かを始めて実績を作る必要は無いんですよね?」


 俺が慰めるように声を掛けると、突っ伏したままくぐもった声で「ええ」と一応返事をした。



「思うんですが、まずはこのチームの部署名を決めませんか? 所属してる自分ですら目的や役割がいまいち分からないんですよね」


 俺の提案を聞いてようやく顔を上げた山名課長は、「そうね。そこから始めましょうか」といつもの様な固い表情に戻っていた。



「要は、新しいこと、今までやってないことを企画や提案するのが役目になるんですか?」


「そうね。 副社長からは、今ウチの主力になっているお土産用菓子以外の可能性を見つけるように言われているわ」


 やっぱり副社長の差し金か。

 まぁ旅行業界が完全に落ち込んでる今の世情じゃ当然必要なことだろうけど、俺と課長の二人で大丈夫なんだろうか。


「じゃあ、企画チームとか企画室とかですかね。4課っていうのは面白みが無くて、今から新しいことを始めようって感じがしないですよね」


「うーん・・・」


 午前中は部署名を決めるだけで潰れた。

 そして部署名は俺が言った「営業企画室」で社長の許可を取ることになった。


「もうお昼ね。 荒川君、一緒にお昼食べに行きましょ」


「はぁ、分かりました」


 上司と一緒に昼ご飯くらいは日常茶飯事だが、山名課長とご一緒するのは初めてだ。

 まぁ二人きりの企画室だからな、今後はこういうことも増えるだろう。


「課長はいつもどちらでお昼食べてるんです?」


「すぐそこのうどん屋よ。 でも今日は景気づけにトンカツでも行きましょう」


「了解っす。車回すんで、玄関で待っててください」



 自分の車に女性を乗せるのは、ナツキ以外で初めてだ。

 そもそも、取引先以外で仕事関係の女性と二人きりでランチするのも初めてかも。

 外回りばかりだったから会社でお昼食べることもほとんど無かったし、いつも一人だったからな。




 お店に着いて車から降りると、課長の後ろに続いて店内へ入った。


 店員さんに座敷席へ案内されて課長と向かい合って座り、メニューに手を伸ばすと直ぐに店員さんがお茶とおしぼりを持ってきた。

 すると課長はメニューを見ずに「ヒレカツ定食の上2つお願いします」と俺の分も注文した。


 ヒレカツ定食の上って高いやつじゃん、と思いつつメニューを開くと2000円だった。


 ランチで2000円とかどこの重役だよ!って、この人、経営者一族のお嬢様だった。

 今後もこのお嬢様とお昼付き合うと2000円クラスのランチかよ。参ったなぁって内心でゲッソリしていると


「今日は私の奢りだから心配しないで。 ここのヒレカツ美味しいのよ。荒川君は食べた事ある?」


「へ?奢りなんですか?すみません、気を使って頂いて。 ここのお店は初めてです」


「そう、良かったわ。 荒川君に食べて貰いたいなって思ってたのよ。うふふ」


 課長が嬉しそうに笑顔になってる。

 課長の笑顔、初めて見たぞ。愛想笑い出来るんだ、このお嬢様。


「それにしても、荒川君って凄いのね。今日の資料見てビックリしちゃったわ。 ああいうアイデアって普段から色々考えてたの?」


「いえ、そうでも無いですよ。 昨日の夜一人でPCに向かって思いついたことを書いただけです」


「そう、じゃあ元々引き出しが多いのね。 私なんて発想が貧相すぎて自分でも情けなくなっちゃったもん」



 普段、口数の少ない課長が、妙に饒舌になり、そして口調も砕け始めた。


「でも、やっぱり荒川君を引き抜いて正解だったわ。 これからも頼りにしてるからね」


 課長は満面の笑顔で俺の顔を見て、そう言った。


 美人上司の無邪気な笑顔にドキっとしてしまい、俺は「ありがとうございます。がんばります」と返事するのがやっとだった。




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