Day8 『黄昏の住人』(お題・さらさら)

 太陽系標準時SST、二時。闇に包まれた『TASOKARE』のテーマパークの一角で身の丈三メートルを越える大男が近日公開のアトラクションを建造している。

 3Dプリンターで出力した強化プラスチックの柱や壁を軽々と運び、配線や仕掛けを組み込みながら組み立てる。ガワが出来たところで、今度は大型プリンターで印刷したフィルムを壁の内と外に貼っていく。

 ピタリと一分の狂いもなく最後のフィルムを合わせ貼り終えると、彼はアトラクションから少し離れて自分の仕事の出来映えを眺めた。腕を上げ、大きな手の平を上に向ける。ふわり、そこに小さな球体が浮かび上がる。人の目玉だ。うっすらと濁った光の無い瞳に男は話し掛けた。

「どうだ? 見事な出来映えだろう。私の腕はこの時代でも健在だぞ」


 * * * * *

 

『さすが『一夜橋いちやばし』。今回も完璧な仕事だぜ』

 開園後の住人用食堂。影もまばらになったテーブルで、ぴしりとスーツを着こなした六造がバリカで河太郎と話している。

 『一夜橋』とは六造の二つ名。昔、荒れた大川に一夜で橋を掛けたことからきている。六造は元は大工で、テーマパークのアトラクションや船内施設は……噂によるとこの船の建造まで……ほぼ彼の手によるものだ。

「では、内部の施工について打ち合わせをしたいのですが、何時が良いですか?」

 タブレットにキーボードをセットし、打ち込みながら尋ねる。

『いつでも良いぜ、六の字。こっちは忙しい手前ぇに合わせる』

「それなら、昼の一時にコントロールルームに向かいます」

『解った』

 アトラクションの内部の仕掛けの設計やプログラミングは河太郎の仕事だ。通話を終え、六造は画面をスクロールして、作成した文書を確認するとキーを叩いた。

「出来ました。今、椿さんのタブレットに送りましたから、後は座長に署名を貰って、事務所に送って下さい」

 VAミナミの所属する事務所との広報番組共同製作の契約書が出来たらしい。

「ありがとう!」

 彼の前に座っていた椿が自分のタブレットを確認して、ふわりと消える。

「お疲れ様です」

 今日も食堂のヘルプに入っていた千代は彼の前にコーヒーを置いた。

「ありがとうございます」

 六造が柔和な顔を綻ばせ、礼を言って一口啜る。彼はこの船の『黄昏の住人』の中でも人界にいた経験が長い為、人間との様々な取引を一手に引き受けている。その仕事ぶりは三年前まで、エンケラドゥス衛星基地の業務委託会社の補給物資部で働いていた千代が見た、どの社員よりも的確で早かった。

「本当に六造さんは有能ですね」

 サクサクというより、さらさらと次から次へと仕事をこなしていく。

「いえいえ、千年も人の世で働いていたら、誰でもこうなりますよ」

 にっこりと笑い、六造は次の申請書類作成の為のファイルを開いた。

「千年……!!」

 思わず絶句する。再びキーボードに指を走らせながら、彼は頷いた。

「どうして、そんなに人の世界で?」

「……想いを預かったから……ですかね」

 六造が小さく笑みを浮かべる。誰の……と問い掛けたとき

「お千代さん、パークの案内所からヘルプ要請です」

 厨房から食堂で働く豆腐小僧が千代を呼ぶ。

「は~い」

 返事を返す。もう六造は次の文書作成に没頭している。

 千代は厨房脇のスタッフルームに入ると着替えをし、髪を整えて食堂を出て行った。

 

 テーブルの影が小さく蠢く。影の中から黒いモノが飛び出す。それは床を滑るように千代の後を追いかけていった。


* * * * *

 

 太陽系標準時SST、二十時。今日は十七時あがりだった千代はのんびりと夕食を終え、風呂に入った後、居住区の通路を自室に向かって歩いていた。彼女と虎丸は夫婦だが、それは妖猫である彼に地球籍を与える為の結婚で、二人の部屋は別々だ。最も船尾に近い部屋のうち、中央側の部屋のドアの前に立つ。ふと何か気配を感じ、振り返る。外壁側の虎丸の部屋は無人のはずだ。彼は最後の客が帰るまで煙管をふかしながら施設内を見回っている。

「気のせいですか」

 感じた気配はもうない。千代は首を捻るとドアのロックを開け、部屋に入っていった。


 * * * * *


「……!!」

 声ならぬ悲鳴を上げて、黒い影が船尾のシャトルの格納庫の床に投げつけられる。長いひょろりとした足を六造は革靴で踏み潰した。靴底の下で足がさらさらと砂のように崩れ、消えていく。

「まさかお千代さんを狙うとは……」

 忌々しげに呟いて、もう一本の足にも踵を乗せる。

「あの人は貴重な我々の理解者なのに……」

 そのまま体重を掛ける。「……!!」残りの足もまた崩れていった。

「だから、私はインターネットミームから生まれた『成り損ない』を船に乗せるのは反対だったのです」

 手を振る。影の右腕が飛び散る。

『今は『成り損ない』でも、そのうち認識を集め、物語が語られ、想いを預けられて、お前達みてぇになるかもしれねぇじゃねぇか』

「全く座長は甘いですね」

 そのせいで、もう少しで彼の大切な人が喰われるところだった。

 もう一度、手を振る。今度は左腕が消し飛んだ。

「この船はね、我々の存在を繋ぐ船なんです」

 闇の恐怖が消え、物語も語られなくなり、認識すらされなくなった、消えるしかなかった者達の。

 『自分の存在は自分で守る』

 自分達から船とテーマパークを通して、人に関わることで、もう一度『かれ』と思って貰い、存在を繋ぐことにした『黄昏の住人』達の。

「流れの早いネットの世界で生み出され、一部の人達にしか認識をされず、忘れさられそうになったことには同情しますけど」

 胸を踏み潰す。

「お千代さんを狙ったということは、早晩、お客さんにも手を掛けるでしょう?」

 折角、自分達を認識してくれた人達を消すわけにも、事件を起こして、この船を潰すわけにもいかないのだ。

 六造は右手を広げた。手が何倍にも大きくなり爪が鋭く伸びる。

「すみませんが、貴方にはここで消えて貰います。これも私の仕事なので」

 なんだかんだと甘い座長にはさせられない。

 黒い頭をつかむ。ぷちん、爪先でそれは弾けるように潰れた。

 

 手のひらを上に上げ、昨夜のように目玉を呼び出す。

 人に戻した指先で目玉を愛おしげに撫でると六造は格納庫を後にした。

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