Day4 滴も滴る良い娘(お題・滴る)

 興業船『TASOKARE』は週に一度、運営の長達が集まってミーティングを行う。

 座長・虎丸、総括マネージャー・六造、施設管理長・河太郎、広報部長・椿、警備長・三毛丸。そして人間側からの視点も欲しいということでアドバイザーとして千代も参加する。

「……これが、この三日の入場者数です」

 六造が集まったメンバーに渡したタブレットに三年前の入場者と今回の入場者を比較したグラフを出す。

「……前より上がっているじゃねぇか」

 隣の千代の操作するタブレットを機械音痴の虎丸が覗き込む。ご機嫌そうに揺れる茶色の耳のとおり、確かにグラフは三年前より上がっていた。

「昨日のVRチューバーが予告どおり『TASOKARE』のホラーハウスに入ったのに、突然動画のUPを止めるって発表したものだから話題になっているみたい」

 三毛丸から報告を受け、彼のチャンネルの動向を追っていた椿がうふふと笑った。

「だからと言って、広報に手を抜くわけにはいかないけど」

「……面倒臭ぇ……」

 今回も根城としているコントロールルームから船内通信を通して参加していた河太郎が早々と通信を切る。彼は自分の業務以外、滅多に興味を示さない。いつもの態度に椿が肩を竦めて六造に尋ねた。

「星間ネットのCM枠は取ってくれた?」

「はい。後、言われたとおり、VAバーチャルアイドル事務所に広報番組の共同制作を呼び掛けたところ、ミナミという方から申し込みがありました」

「おっ、VAミナミかぁ」

 突然、河太郎の声がスピーカーから響く。

「知っている方ですか?」

「お固い話題を噛み砕いて伝える『学べるVA』と一部界隈で有名なVAだぜ。『開拓惑星の風土病と人類の戦いの歴史』もこの前の『宇宙大航海時代の航路開拓の歴史』もマジ面白かった」

 いつも、気だるそうな河太郎の声が珍しく弾んでいる。……ということは、相当変わり者のVAなのだろう。

「でも、そんな固いチャンネルの視聴者は『TASOKARE』みたいなテーマパーク船には興味が無いのではないですか?」

「何言ってんだ、お千代。いつもと違う客層を呼び込むのも手だろうが」

 俄然、ヤル気を出した河太郎に椿が苦笑を浮かべる。

「まあ、一理あるかもね。六さん、そのVAミナミの申し出受けてくれる?」

「はい。解りました」

 六造は頷くと彼女のメールに受諾の返信を送った。

 

 * * * * *

 

 VAミナミのマネージャー……こちらは人間の女性……と仲介を買って出た河太郎の打ち合わせの結果、テーマは『民間怪異伝承とホラーハウスの推移』と決まった。

「……固いですね……」

「う~ん、でも、これから夏のバカンスシーズンだし、オカルトシーズンでもあるし」

 確かに夏はVRチャンネルも一気にオカルトものが増える。しかし、そういうライトなオカルト層にはテーマが固すぎないか……? と首を捻る千代の横で椿がドレッシングルームから衣装を取り出す。

 『TASOKARE』の広告には毎回彼女がメインキャストとして出る。3D映像で映し出されたミナミと椿がパーク内を案内しつつ、怪異話をするという構成になるようだ。

「民間怪異伝承といったら、やっぱり『トイレの花子さん』でしょう。子供受けもいいし!」

 今から衣装合わせをするらしい。白いブラウスに赤い吊りスカート。しかし、どう見ても、いつも十六、七歳の少女の姿の椿が着られるサイズではない。

「花子さん、本人に頼んだらどうです?」

 勿論、『学校の怪談』から生じた『トイレの花子さん』もこの船に乗っている。嫌な予感にそう提案すると椿は首を横に振った。

「あの子、引っ込み思案なのよ。トイレから離れるの嫌がるの」

 そこは『黄昏の住人』としてのアイデンティティーに関わるので無理強いは出来ないようだ。

「小学生三、四年生として、そこまで小さくなるには……」

 椿は自身の身体を溶かす、または固まらせることによって、生まれてまもない赤ん坊から百歳近い老女まで姿を変えることが出来る。しかし、特に溶ける方は一歩間違えば水になって流れてしまうわけで……。

「湯船で七分くらいか……」

 おおざっぱな予想を立てて、住人用の浴場に向かおうとする彼女の姿に、千代の頭に警報が鳴り響く。

 それでいて妙にこだわる彼女が後少し、後少しと溶けすぎて、幼児になってしまい、慌てて抱きかかえて食料庫の冷凍庫に飛び込んだのは記憶に新しい。その後、すぐに虎丸と六造がやってきて

『お千代さん! 椿さんは私が預かりますから!』

『湯あみ着一枚で、こんなとこ飛び込むんじゃねぇ!!』

 千代は虎丸に抱え出された。

 バリカで河太郎に年齢操作の再計算を頼む。

『五分三十秒。その後一分以内に出ろ』

 すぐに返事が返ってくる。

「めちゃくちゃ可愛い『花子さん』になるわよ!」

 確かに彼女は黒髪に赤い唇が艶やかな美少女だ。小さくなっても歳を重ねても、どの姿でも愛らしいが。

 念の為、虎丸にも応援を頼んでおく。

 意気揚々と向かう彼女を「待って下さい! 私も一緒に入ります!」千代は着替えを手に追いかけた。

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