航宙興行船『TASOKARE』繁盛記

いぐあな

Day1 黄昏の船(お題・黄昏)

 黄昏……それは『かれ』からきていると伝えられている。古来より『逢魔ヶ時』『大禍時』とも呼び、怪異に逢いやすい時間と言われていた。

 夕刻、山の端に日が沈み、辺りが暗くなっていく。そよそよと心地よく吹いていた風も徐々に冷たくなり、賑やかだった通りも一人、また一人と人が消えていく。

 そんな中、向こうからやってくる影は、今、脇を通り過ぎた影は、本当に『人』だったのだろうか?

 木々の影から草生えの奥から密かに『何か』が忍び寄ってくる時刻。

 しかし、それは時代が過ぎると共に、人工の光に押しやられ、記憶の奥へと押しやられ、忘れ去られていった。

 

 ……そして、宇宙時代いま『黄昏の住人』達は……。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

『こちらエンケラドゥス衛星基地管理塔タワー。船籍および所属、登録番号とIDをどうぞ』

「こちら、航宙興行船『TASOKARE』。船籍、地球・日本。所属、高天原宙運。登録番号、EJ-65-783……」

『照合完了。『TASOKARE』、エンケラドゥスステーションにようこそ。我々は貴船を歓迎する。ビーコンの指示に従って入港せよ。係留ポイントはS-1埠頭、Aポイント……』

 管理塔のビーコンを船が捉えると途端に船橋ブリッジは慌ただしくなる。

 宇宙船の事故はそのほとんどが入港時と出港時に起きる。緊張感の漂う中、管理塔の指示どおり、操縦士が微速前進し、船位を調整しながら、宇宙時代初期に太陽系外に出る為の補給基地として作られた狭い港内を慎重に進む。

 向かうはS埠頭。長期滞在宇宙船用の埠頭だ。その分、奥まったところにある埠頭へ、これから系外に旅立つ旅客船や貨物船の間を抜けていく。

『着船準備完了。投錨せよ』

 船の錨が打ち出され、埠頭に立つ係船柱に固定される。次に係留索が繋がれ、ラッチを固定する。更に船内に電気、酸素、水等を供給する補給ラインが繋がれ、船体管理メインAI『NENEKO』が内部電源に外部電源がプラスされたことをアナウンスする。

 管理塔から送られたエンケラドゥス衛星基地の紹介映像がメインモニターに映る。次いで入った、入基地管理局からの出頭要請に了解の返事を送ると、通信士の千代ちよはふうと息をついた。大きく手を伸ばし、背伸びをする。その彼女の鼻をツンとした煙草の匂いが突いた。

「座長!!」

 千代が勢いよく、通信席から立ち上がり船長席キャプテンシートを振り返る。

「船橋は禁煙だと何度も言っているでしょう!!」

 ビシッと指をさす。彼女の声に合わせて、『NENEKO』がサブモニター全てに禁煙マークを映す。

「船橋では『船長』と呼べって」

 彼女の非難の叫びも何のその、船長席に収まった甚平姿の巨大な虎猫が口から煙を吐く。白い煙が流れ、刺激臭が濃くなる。『NENEKO』がこれみよがしに大きくした換気システムの作動音の中、千代のこめかみに青筋が立った。

「船橋は精密機械の塊なんです!! 灰が散る前に今すぐ煙草を止めて下さい!! 後、まだいつ管制塔から通信が入るか解らないから本性に戻らないで下さい!!」

 眼鏡越しに睨む千代に、煙管を手にした虎猫が太い首を竦める。その後ろで機関士席に座った、帽子キャップを被った目つきの悪い青年がケケケと笑い声を上げた。

「座長は妖力ちから馬鹿の機械音痴だから、未だに『船橋禁煙』も解らないんだぜ」

「そうそう。バリカも通話しか使えない化石だもの」

 航宙士席の黒髪の美少女が楽しげに、ポケットから多機能カード・バリーカード……通称バリカを取り出し、ひらひらと振る。

「座長、いえ、船長、お千代さんの言うとおりです。いますぐ煙草を止めて下さい」

 操縦席の背の高い柔和な顔の男にギロリと睨まれ、虎猫が渋々煙管をしまう。二股の分かれた太い尻尾を振ると、その姿が厳つい人間の男に化ける。

 千代はやれやれと息をついて、入基地管理局の審査の準備を始めた。

 宇宙大航海時代黎明期、日本の実業家が月開拓事業に伴う資材の運送会社として立ち上げた高天原宙運。そのレジャー部門所属の興行船『TASOKARE』は正真正銘の『お化け屋敷』をメインとしたテーマパーク船だ。この船は科学技術が発達し、人類が天の川銀河系中に散った現在、人の記憶や語り等という、あやふやなモノに己の存在を委ねることを止めた『黄昏の住人』達が運営している。乗組員は全て、妖猫・虎丸とらまるが率いるあやかしで、その中で唯一の人間が彼女、千代だった。

 『NENEKO』にタブレットに必要なデータを入れて貰い、千代が席を立つ。

「管理局に行きますよ。船長」

 つかつかと船長席に詰め寄る。

「俺は役所の審査とかは苦手なんだって……」

 虎丸が呻く。

「審査には船と施設の責任者である『船長』と『座長』がいないといけないんです! だから地球籍を取る為に私と結婚したんでしょう!」

 またも千代にガミガミと叱られ、彼は太い眉を下げると、どっこらしょ、と座席から身を起こした。その腕を白い手が掴む。

「じゃあ、いってきます」

 グイグイと虎丸を引っ張り、千代が船橋から出て行く。

「いってらっしゃ~い」

「申請ついでに宣伝もよろしく~」

「開業準備はこちらでやっておきますから、審査が終わったら二人でゆっくりお茶してきても良いですよ」

 三者三様の返事が返り、船橋のドアを閉まった。

「お千代ちゃんが船に来て、もう三年かぁ~」

 少女……椿つばきがバリカのカメラロールをいじり、一枚の写真をタップする。三年前、この基地の桟橋で千代と自撮りした写真だ。

「ということは、座長とお千代が夫婦めおとになって三年になるのか?」

 目つきの悪い青年……河太郎かわたろうが手を頭の後ろで組み、モニターを見上げる。

「この船に雇われて、すぐに籍を入れましたから、そうなりますね」

 背の高い柔和な男……六造ろくぞうが頷く。

 白い氷の衛星がメインモニターいっぱいに広がる。割れ目から吹き出る氷片に、三年前と同じく、白くもやが掛かったように星は光っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る