第5章 工業都市エヴァンザ編 第5話(5)

 翌日、ルベール達三人はギルドへの状況報告などエヴァンザでの全ての任務を終え、荷物を整えてメルキスへと向かう飛空船のある空港に来ていた。

 見送りにはルチアとルグルセンの二人が公社からついて来ていた。ちなみにルチアは寝疲れていたようで、部屋の外で繰り広げられた愛憎劇のことは覚えていないらしかった。

「世話になったね、父さん」

「何、気にするな。こちらも大きな契機を得ることができたしな」

 飛空船の乗車タラップを前に、ルベールはルグルセンと別れの挨拶を交わしていた。

「お前が持ち込んでくれた話で、既に市議は臨戦態勢のようになっている。エヴァンザは再び変革の時を迎えることになるだろう。腕の振るい甲斐があるというものだ」

「本当に凄いな、父さんは……その度胸は僕には真似できそうにないよ」

「お前にはお前のやり方があるだろう。それを見つけるための遊学期間だ。違ったか?」

 豪儀なルグルセンの言葉に、ルベールは言いにくそうに言った。

「父さん。その……公社のことなんだけど」

「跡目のことなら心配するな。お前が答えを出すまで社も私も潰す気はない」

 その心の動きを寸分違わず読んでいたルグルセンは、迷いなく答えを返した。

「それに、ルチアもお前がいない間に意欲を持って着実に経験を積んでいる。お前が戻るまでの間、この町と公社を守るのだと意気込んでいるぞ。立派になったものだ」

「それは、嬉しいことだけど……ルチアに僕の代わりをさせたくはないんだよね」

「お前の気持ちもわかるが、それはルチア自身の意志だ。それ自体は尊重してやりなさい」

 そこでルグルセンは言葉を一旦切ると、ルベール、と念を押すように言った。

「お前が跡を継ぐかどうか、今すぐに決める必要はない。当分の間、この公社は私とルチアで守っていく。お前が答えを見つけて道を定められた時、帰ってきて答えを聞かせてくれ」

「父さん……」

 再び旅立つ息子の眼を真っすぐに見返して、ルグルセンは言い聞かせるように言った。

「お前がどんな道を進むにしても、ここはお前の故郷だ。疲れたらいつでも帰って来なさい。私もルチアも公社の皆も、お前の帰りを待っている。そして、ルミエの魂もな」

「そうだね……ありがとう、父さん。今度、一緒に母さんのお墓参りに行きたいな」

「そうだな。時間を作れるよう、互いに励もう。その時は、ルチアも一緒にな」

「うん、待ってて。必ずまた、帰って来るから」

 飛空船の乗船ホームでルベールとルグルセンが晴れやかな言葉を交わすその脇で、ルチアは元々敵だった女性二人に深々と頭を下げていた。

「セリナ様、サリュー様。この度は私が不甲斐ないばかりに、ご迷惑をおかけしました」

 殊勝なその言葉に、セリナとサリューは顔を見合わせると、二人して笑顔を見せた。

「別にいいって。むしろお世話になったのはこっちだし。気にしないで」

「ええ、そうね。また逢えるのが楽しみだわ。元気で頑張ってね、ルチアちゃん」

「はい、ありがとうございます。助けていただいた恩は忘れません。お二人もどうかお元気で。お兄様をよろしくお願いいたします。ただし、お兄様に手出しはご無用で」

(ごめんねルチアちゃん。もう手は付いちゃってるんだよね……たぶん)

 嬉しそうな笑顔に油断のない眼を光らせるルチアにセリナが心中で詫びを入れる脇で、サリューは思わせぶりな流し目でルベールを見ながら言った。

「それにしても、年の割に本当にしっかりした子ね。誰に似たのかしら?」

「遺伝学上、僕に似てるというのもおかしな話なんですが……でも、僕の自慢の妹です」

「お兄様……」

 そう言うと、ルベールは屈み込んでルチアに目線を合わせ、伝えるべきことを告げた。

「ありがとう、ルチア。久しぶりにまた逢えて嬉しかったよ。必ずまた帰って来るから、それまで元気で待っていて。どこにいても、君のことを愛しているよ」

「お兄様……お兄様ぁぁぁぁ……!」

 ルベールの言葉に感極まったルチアが、ルベールに抱きついてわんわんと泣いた。

「あーあ、まーた泣かせちゃった。ホントに女を泣かせる悪い男ね、あいつは」

「いいじゃない、罪な男っていうのも魅力的で。それにいい涙よ、あれは」

「サリューさんがそれ言いますか……まあ、わからないでもないですけど」

 微笑ましいその光景を見ながら、複雑な気分のセリナとサリューが言葉を交わしている内に、涙に浸っている間もなく、飛空船の出発を告げるアナウンスが空港内に響いた。

「おっと、もう時間だ、行かないと。それじゃあまたね、ルチア」

 そう言ってルチアの額に小さくキスをすると、ルベールは颯爽と身を起こし、

「父さん、ありがとう。どうか元気で。ルチアをよろしくお願いします」

「ああ。また帰ってくるのを待っているよ。元気でな。この国を頼んだぞ、ルベール」

 見送りの言葉を交わしたルグルセンに強い頷きを返すと、待っていた二人に声をかけた。

「セリナ、サリューさん、行きましょう。もう出る時間です」

「そうね。それではお二人とも、お世話になりました。縁があればまたいずれ」

 サリューの言葉を合図に、自警団の三人は二人に背を向け、飛行船に乗り込もうとする。

「あ……セリナ様!」

 それを、ルチアの声が引き留めた。

「ん、なに? もう出ちゃうから、言いたいことならぱぱっと言って」

 それとなく催促するセリナに、ルチアは遠慮がちに言った。

「今度お会いするときは……セリナお姉様とお呼びしても、よろしいでしょうか?」

 ルチアのその言葉に、セリナは一瞬驚きを表情に浮かべると、すぐに笑顔になって、

「いいわよ。また逢えたらその時はよろしくね、ルチアちゃん」

 親しみを込めた笑顔を見せて、ルチアの頭をくしゃくしゃと撫でた。それに照れて視線を逸らすルチアを、ルベールとサリューは微笑ましい思いを感じながら眺めていた。

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