第2話 入学手続

 JR武蔵野線とJR中央線を乗り継いで、国立駅。南口から出てまっすぐ伸びる大学通りを歩いて、徒歩でだいたい15分。洋菓子店のある角を右に・・曲がってしばらく。

 そこに、学校法人巽山高校の敷地はある。


「ええと……ああ、ここだわ、巽山高校」


 ママが入学ガイダンスに記された住所を元に、マップアプリでルート検索しながら校門を探して進み、ようやく見つけたそこは、随分広くて立派な校舎の建てられた学校だった。校庭もずいぶん広い。

 あたしも調べてから初めて見て驚いたものだが、大きいし綺麗だし立派だ。試験の時は学校の敷地内まで行かなかったから仕方がないとはいえ、学校まで来ていれば間違うことなどなかっただろう。地味に後悔する。


「ほんとに、立見山高校と同じ市内にあるんだぁ……」

「そうねぇ。斜向かいにあるんじゃ住所もそんなに変わらないでしょうし、間違えても無理ないわ……にしても、すごいわぁ……」


 息を漏らすあたしとママは、一緒に並んで巽山高校の正門をくぐった。

 先程曲がった交差点を一ブロック越えて、左に・・曲がると私立立見山高校は建っている。本当に斜向かいの位置なのだ。

 校門をくぐって校舎までの道も、広いし石畳が敷かれて整備されている。本当に、立派な学校だ。私立のはずなのに立見山高校の半額以下の学費・・・・・・・・・・・・・とは、とても思えない。


「こんなに立派で大きな校舎や講堂がある学校なのに、立見山高校より学費安いの?」

「ねぇ……とにかく、行きましょう」


 互いに顔を見合わせつつ、まずあたしとママが向かったのは目の前に見える南棟だ。左手には校庭が、右手には大講堂とか学食や購買の入る棟とかが見える。

 土曜日の午後、校庭では陸上部らしき生徒が部活動に精を出していた。チーターの獣人・・・・・・・がタンクトップに短パンを履いて、ものすごいスピードでトラックを駆けているのが見える。毛皮をまとったぶっとい太ももが映えていた。


「はっ!!」

「よーしいいタイムだ! その調子でもう一本!」


 ストップウォッチを片手にタイムを記録している生徒もブリキのロボット・・・・・・・・だ。他にも、人間以外の様々な姿をした学生達が校庭を駆け巡っている。

 彼らも、異能力者ホルダーだ。その中でも特に異質な能力と言われる、変身系・・・の異能の持ち主だ。


「ほんとに、変身系の異能・・・・・・の人ばかりだ……」

「変身系異能力者ホルダーに特化している、との話に、嘘はないみたいね」


 あたしの言葉にママも頷いた。

 この巽山高校は異能力者ホルダーの中でも変身系の異能力者ホルダーに特化した教育をしている異能開発学校で、全国各地から変身系異能力者ホルダーが集まってくるらしい。

 そこに、無能力者ノーマルのあたしが入学の資格を得てしまったわけである。


「でも、大丈夫? 和泉にここでやっていけるか、母親ながら自信がなくなってきたわ」

「うーん」


 ママの言葉に、さすがのあたしも唸った。

 対人関係構築には自信あり、小学校でも中学校でも友人作りに困ったことのないあたしでも、異能力者ホルダーひしめくこの学校で、上手くやっていけるかと断言できる自信はなかった。

 とはいえ、高校。異能力者ホルダーの管理はしっかりしているだろう。そうだと信じたい。


「まあ、なんとかなるでしょ」

「ほんと調子だけはいいんだから」


 軽い調子で返すあたしに、肩をすくめるママが南棟の扉を開ける。学生が入っていく左側の入口は在校生用、右側の入口には来校者用の受付が用意されている。

 ママとあたしの姿を確認した受付奥の女性が、こちらに頭を下げながら言った。


「巽山高校へようこそ。次年度入学予定の方ですか?」

「はい、和山と申します」


 女性にママが言葉を返すと、既に分かっていたようで女性が手元でパソコンか何かを操作した。こくりと頷いてから淡々と話す。


「和山和泉さんですね、ようこそ。巽山高校はあなたを歓迎いたします。入学願書をお預かりいたします」


 入学願書、という単語を聞いて、ママがカバンをまさぐった。クリアファイルに入れた入学願書を取り出して受付の女性に差し出すと、それを受け取って内容に目を通した女性がこくりと頷いた。


「ありがとうございます。この後、担当教員との三者面談がございます。こちらの南棟2階の教職員室にどうぞ。そちらで1年次学年主任の、水城みずしろをお呼びください」

「分かりました」


 案内しながら右手を校舎内に差し出す女性に、ママが頭を下げる。あたしの分もスリッパを出して校舎に入り、階段で上がって2階へ。

 しかしますます、綺麗で洗練された校舎だ。異能力者ホルダーの生徒が異能を使ったままでも動きやすいよう、天井が高く作られているらしい。

 階段を登りながら、あたしははーっと息を漏らす。


「校舎の中もすごく綺麗……」

「生徒の皆さん、結構普段から異能を使っているのね……わ、すごい、見て」


 ママもママで周囲の状況に感心しているようだ。ママが指し示した方を見れば、赤い鱗を全身に纏ったドラゴン・・・・が、のっしのっしと廊下を歩いていた。

 ビックリした。ドラゴンは精霊系・・・変身異能の中でも、かなり高位の能力だったはずだ。それを、高校何年生か分からないけれど、生徒が完璧に実現させていることに恐れを抱く。


「うわぁ、ドラゴン・・・・だぁ……あの人絶対特Aランクだよ」

「高校生にしてAランク以上だなんて、すごいわねぇ……」


 あたしもママも、その場に立ち止まってドラゴンの生徒が通っていくのを見ていた。

 こんな、飛び抜けた能力を持つ生徒が在籍するくらいに、変身系異能に特化した学校だ。本当にやっていけるのかどうか、ますます自信がなくなる。

 ともかく、職員室へと向かう。扉をおっかなびっくり開けながら、あたしとママが中の人々へ声をかけた。


「し、失礼します」

「次年度の入学手続きに参りました和山と申します。学年主任の水城先生はいらっしゃいますか?」


 あたし達の声に反応して、何人かの教員がこちらを見る。その中で一人、体格のいい男性教師が席を立った。


「ああ、和山さん。来てくれたか、これは嬉しい」


 その男性教師が、大きな身体をゆったり揺らしながらこちらに歩み寄ってくる。優しげで、おおらかそうな人柄を思わせる見た目だ。短いながらも生えた無精ひげ、刈り込まれた短髪、ジャージ。いかにも体育会系だ。


「初めまして、巽山高校1年次学年主任、数学の担当教員をしています、水城みずしろ新太あらたといいます。これから三年間、よろしくお願いします」

「お、お願いします」


 男性教師――水城先生が頭を下げると、ママがすぐにぺこりと頭を下げた。慌ててあたしも頭を下げる。

 あたし達の様子に小さく笑った水城先生が、さっと職員室の中へと手を差し出した。


「さて、早速三者面談といきましょう。あまり時間が取れなくて申し訳ありませんが、どうぞこちらへ」

「……失礼します」


 どうやら三者面談は職員室の中で行うらしい。見れば職員室の端に、面談用のソファーが置いてあった。

 ソファーに腰掛け、水城先生が向かいに座る。既に学校に渡っているらしいあたしに関する書類を見て、水城先生が言った。


「さて、まず最初に。ご本人もお母様も一番気になっている箇所と思いますが……無能力者ノーマルだそうで」


 水城先生の発した言葉に、あたしもママも身を強張らせた。

 言い逃れや言い訳など出来ようはずもない。あたしは無能力者ノーマルだ。間違いない。

 すぐにママが、水城先生に頭を下げる。


「そうなんです……本当に、他の学校と勘違いして願書を取り寄せてしまって。この子には変身系の異能はおろか、発火系の異能さえ無いのに」


 異能の中でも殊更に一般的な『発火はっか』の異能を持ち出したママは、大変に恐縮していた。

 気持ちはとても分かるのだ。毎年毎年、異能発現検査を受けてもどの異能もグラフがちっとも伸びず、がっかりしているのはママなのだ。そりゃあ、この学校に入学して後天的に異能に目覚めてくれれば、なんてことを言うわけだ。

 と、ママの言葉に水城先生は笑いながら手を振った。


「はっはっは、お気になさらず。毎年何人かいるんですよ、近所の立見山高校と間違えて願書取り寄せをされる方は」


 その言葉にママが顔を上げた。どうやら私以外にも、私と同じようなことをする入学志願者はいるらしい。

 住所も似通って、学校の名前も似通ってとあれば、仕方がないのはあるんだろう。学校の方も慣れっこというわけだ。

 面食らうあたし達に、水城先生が手を組みながら言う。


「確かに、変身系の異能は数々の異能の中でも、生まれ持っての才能の要素が大きいと言われています。故にこの巽山高校は異能力者ホルダーの中でも変身系に特化し、変身系の異能を持つ若者に焦点を当てて迎え入れています」


 水城先生の話す言葉に、あたしもママもごくりと生唾を飲み込んだ。確かにその辺りは、あたしもママもしっかり理解している。変身系の異能が先天的な要素が大きく、後天的に発現することが稀だということも。

 それを念押しした上で、水城先生がにっこりと笑みを見せる。


「ですが、ご安心ください。我が校にも無能力者ノーマル用のカリキュラムはありますし、次年度入学の一年生に、和山さん以外の無能力者ノーマルは数名おります」

「ほっ……そうですか」

「よかった……」


 水城先生の言葉に、あたしとママがほっと胸を撫で下ろした。

 あたし以外にも無能力者ノーマルの入学生がいるのなら、ある程度は安心だ。数名だとしても、同じ境遇の生徒がいるというだけで、心持ちは楽になる。

 と、そこで水城先生が険しい顔付きになった。


「ですが、異能力者ホルダー、特に変身系異能力者ホルダーは、無能力者ノーマルを見下す傾向が強いです。我々も、同じ学校で学ぶ仲間として、無能力者ノーマルを蔑まないように、との指導は徹底しておりますが」

「それは……そうですよね」


 続いて発された言葉を聞いて、ママが肩を落とす。それは確かに、懸念されることだ。

 異能力者ホルダーは結構、無能力者ノーマルを見下してくる。特殊な能力を持つ自分達はえらい、能力を持たないあいつらはえらくない、というノリだ。

 普通の異能力者ホルダーでもそうなんだから、変身系異能力者ホルダーなら尚更だ。本当にものすごく見下してくる。それが日常なのだ。

 ふと不安になって、あたしは水城先生に声をかけた。


「あの、さすがに殺されたり半殺しにされたりなんてことは、ないですよね?」


 あたしの恐れを敏感に感じ取ったのか、すぐに水城先生が首を前後させた。


「それはもちろん。学校内のことであろうと、異能力者ホルダー無能力者ノーマルの命を危険に晒すことは、許されないことですからね。そんなことになったらその生徒は退学ののち幽閉です」

「幽閉……!」


 水城先生が発した言葉に、あたしは小さく震え上がった。

 そこまで厳しく罰することがあるのか、それだけしっかり対応をするのか。

 厳正なその対応に、あたしもママも僅かに背筋を伸ばすのだった。

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