ベクトル

 俺は……あの女を許さない。


 俺が必死に、人生で初めての告白をしたのに……


「あたし……今は『王子プリンス』の事しか考えられないので……」


 ……といけしゃあしゃあとほざきやがった!


王子プリンス』だと!?


 ……大方おおかた、どっかのホストの事だろ! ……可愛い顔して、実はさかりがついたメス豚だったんだな!


 俺を振った事を後悔させてやる!


 ……ある日俺は、会社帰りのあの女をこっそり付けて、暗がりで背後からネクタイを首にかけ一気に締め上げた。



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 ……この前、変なことがあった。


 電車で何回か見かけただけの、ちょっと……いや、かなりキモいオヤジが、突然花束を差し出して


「俺と付き合ってくれよ〜」


 ……って言いながら迫ってきた。


 しかも、あの花……仏花よ! 常識知らずにも程がある!


 ……あたしは『王子プリンス』のお世話があるから……と言って断ったけど、あのオヤジ、最後は怖〜い顔であたしを睨んでたな……。


 あ〜やだやだ!


 ホントにキモい! 思い出したくも無い。


 さて、早くお家に帰って、愛しい『王子プリンス』のお世話をしなきゃ


 グッ!?


 く……苦しい!


 何? 何!?


 首に……何かが……


 誰か! た……助けて〜!


 ……! 


 声が……出ない……!


 ……だんだん、目の前が……ま……真っ暗に……



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 ……やがて、女が抵抗しなくなり、その場に崩れ落ちた


 その後、完全に息が止まった事を確認して、俺は道のど真ん中に女の身体を投げ捨て、そのまま放置した。 


 へっ! ざまぁ。 メス豚の死に場所に相応しいぜ。


 ……俺は口笛を吹きながら帰宅した。



 翌日……早速、この事件の事が報道された。 


 女の友人が……


『……あのに限って、人に恨まれる事なんてありません』……と泣きながら言っていた。


 なんでも、観葉植物『月の王子』ってのが大好きで、それを増やして育てるのが趣味だったらしい。


 ……!


王子プリンス』……って、この『月の王子』の事……だったんか?


 ……やばっ! 勘違いだったぜ……テヘペロ〜(汗)



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 その後、警察の必死の捜査にも関わらず、あたしを殺した犯人は見付からなかった。


 ……あたし……あいつを絶対に許さない……


 あたしは、地縛している思念を、遺した『王子プリンス』に込めた。



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 ……数日後


 ……とある植物学者が奇妙な現象を発見した。


 多肉植物『セダム』(別名『月の王子』)は、陽光に向かって伸びる性質を持っているが、ある日を境に、世界中のセダムが、陽光とは全く無関係の方向に伸び始めたそうだ。 


 調査の結果、セダムが伸びる方向は一点に集中している事が判明した。


 そこは、とあるアパートの一室だった。


 ……当該住人がテレビの取材を受けたが、それを観た視聴者から警察に、この男性が、先の未解決殺人事件の被害者に言い寄っていたのを思い出した……という情報が寄せられた。


 警察が任意に事情聴取すると、その男性は、あっさりと自供したそうだ。


 部屋からは、被害女性のDNA型の付着したネクタイが発見された。


 ……その男は取り調べで『毎日どこに居ても突き刺さるような視線を感じ、睡眠不足になって、辛い毎日を送っていた』……と語ったそうだ。



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 ……その後、犯人は留置所で、服を歯で裂いて作った紐状の物で自殺した。


『あの世で彼女に謝罪します』……と書かれた遺書が見付かったが、あいつの魂は無限地獄に墜ちて行ったので、あたしと会うことは永遠に無い。


 あたしは……天国で次に生まれ変わる日を一日千秋の思いで待っている。


 ……早く生まれ変わって、また『王子プリンス』こと『月の王子セダム』に会いたいな〜♪

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