SNS活用法

 翌朝、自宅の畳の上で目を覚ました藤田は、全身の激痛に独り悶えていた。


「痛い、痛すぎる...」

 藤田は洗面所の鏡の前で、パンパンに腫れあがった顔と、青黒い腹の痣に氷を当てている。


 桜庭と、その付き人達に派手にやられたこの傷や痣は、藤田のやる気を削ぐわけではなく、反対に藤田をさらに熱くさせた。朝食を取ろうにも口の中はズタズタで、食欲すら沸かない。

 藤田は麻衣が来るまでは畳の上で寝転んでおくことにした。両手両足を伸ばしたその時。


ドンドンドン。


 誰かがドアを叩いた。藤田は体が動かないことを理由に、立ち上がるのを辞め、居留守を使うことにする。麻衣が来るにしては早過ぎる、もしかして健人かと思った矢先。


「藤田さんおはよう」

 健人だ。


 案の定健人だった。


「鍵閉めてないぞ」

 藤田は寝ころびながら言う。


 健人がドアノブをガチャガチャと回し、部屋に入ってきた。


「藤田さん不用心過ぎるよ。怖い人でも入ってきたらどうするの」

 そういった健人は、大量になにかが入ったビニール袋を、藤田の近くに置いた。


「なんだこれ、中見てもいいか」

 藤田は重い体を起こすと、袋の中身を確認する。


「店員さんに適当に選んでもらったんだけど、どうかな」


「健人、助かるよ。ありがとう」

 藤田は、袋の中に入っていたゼリー飲料を手に取り、蓋を投げ捨てると口元にゆっくり近づけ吸った。


「どうかな。食べられそうなものあったかな」


「沢山あるよ。いやぁ本当に助かる」

 藤田はゼリー飲料を口に咥えたまま、にこにこしながら袋の中を再度漁り始める。


「よかった。それはそうと、今日は麻衣さんが来るんだろう。麻衣さんにどんなことを聞いて、どんなことを話すのか共有しておきたい」


「とりあえず桜庭が俺がいない間、どれだけ動いていたかだな。奴は顧客名簿の事を紙屑だと言った。俺が推測するに、名簿に載っている客達は全部桜庭に持っていかれているだろう」


「じゃあどうするの」


「どうもこうも作戦は変わらない。名簿に載っている客が桜庭に薬漬けにされていたとしても、俺達の『GreenClack』には、そいつを癒す効果が必ずあると思っている。まずは名簿の人から順番に救っていき、金を調達しよう」

 藤田は袋の中から温泉卵を見つけると、一つ手に取り、殻の上部のみを器用に割った。卵の殻をコップのようにし、中身を飲み込む。


「そうだね、まずはどんな状況かを知る必要があるね」

 健人は頷く。


「とりあえずは、麻衣が来るまで休ませてくれ。一度健人の部屋へ行こう」

 藤田はそう言うと立ち上がり、玄関へと歩き出す。それに続いて健人も部屋を出た。


「おい健人、なんで鍵なんてかけてるんだよ」

 藤田は、健人の部屋のドアの前で待っている。


「鍵をかけるのは普通のことだと思うけど」

 健人はそう言うと、ポケットから鍵を取り出しドアを開けた。


 部屋に入り玄関ドアの内側に鍵を掛けると、靴を脱ぎ、そのまま暗闇の中へと消えていく。


「おい、暗いだろ。暗いと悲しいだろ。電気をつける事こそ、普通ことだと思うぞ」

 暗闇に消える、健人の後ろ姿を見た藤田は思わず言った。


「ごめん、ごめん。俺には必要ないんだってば」

 暗闇から姿を見せた健人が、笑いながら謝る。


「電気つけるぞ」

 間取りは藤田の部屋と同じため、電気の場所はすぐに分かった。


 藤田は天井から垂れた紐を引くと、そのまま健人の母の部屋の前まで行き襖を開く。襖から漏れ出る光は、健人の部屋をさらに明るく照らす。この部屋だけは常にカーテンは開かれ、GreenCrackに新鮮な太陽光を浴びせているのだ。GreenCrackの葉を触り、良好な状態を確認すると、鉢の前に座る。


「売る分は残しておいてね」

 健人はそうゆうと藤田の横に座った。


「おまえも巻いてみるか」

 ポケットから紙を取り出した藤田は、それを健人に渡す。


 普段から巻き慣れていた藤田は、簡潔にジョイントの作り方を教える。健人は5分ほど練習をしただけだったが、あっという間に形になった。


「すごいな」

 藤田は健人の作ったジョイントを持ち、まじまじと見つめると、その完成度の高さに感動していた。


「子どもの頃から手先だけは器用なんだよね」

 健人は照れ笑いをしている。


「始めはだいたい失敗して、ぐちゃぐちゃになるんだけどな。さあ吸おうぜ」

 藤田は手に持ったジョイントを健人に渡した。


 健人は慣れない手つきでライターの砥石を擦ると火が灯る。ゆっくりと口に咥えたジョイントに火を移すと、あの芳醇な香りが鼻から全身に広がる。


「やっぱり良い香りだよね。どんなものにも代えがたい」

 健人は藤田に渡すと壁に寄りかかり、GreenCrackを堪能した。


「疲れが吹っ飛ぶよ」

 藤田も煙を吸い込むと健人の横に並ぶ。


「藤田さんは、金持ちになったらなにをするの」

 健人が聞く。


「そうだな、まずはデカい家に住む。それから好きな車に乗って、毎日音楽を流して、毎日ホームシアターで映画を見る」

 藤田は嬉しそうに話した。


「藤田さんは典型的な成金になりそうだね」

 健人は笑う。


「そういうおまえはなにがしたいんだよ」

 藤田が健人の肩を叩く。


「俺は世界を旅してみたい。たくさんの国に行って、沢山の人と話してみたい」

 そう話す健人の声には力を感じる。


「おまえデカい夢もってるんだな」


「夢くらいデカくないとね」


「確かにそうだな。じゃあ俺の夢は日本一の金持ちになることだ」


「楽しみにしてるよ、そうなったら旅費は藤田さんに出してもらおうかな」


「まかせろ」


 暖かい雰囲気の中、しばらくの間夢について語り合う二人は、大麻のおかげで心まで休息した感覚になっていた。


「もうこんな時間か。健人も来いよ、麻衣が来るぞ」

 藤田は時計を確認して立ち上がる。


「うん」

 健人も立ち上がり、二人は部屋を出ようと玄関まで来た。


 健人がドアを開くと、丁度ドアの前に麻衣の姿があった。


「うわっ」

 麻衣は、健人が突然目の前に現れ驚きで後ずさる。


「驚いたぁ」

 麻衣は胸を撫でおろす。


「あ、ごめんなさい。麻衣さん...かな」

 健人は麻衣のほうに手を伸ばす。


「大丈夫、大丈夫」

 麻衣は健人の手を掴み、体制を立て直した。


「麻衣よく来たな。俺の部屋は隣なんだが健人の部屋でもいいか」

 藤田はそう言うと、麻衣を健人の部屋へと案内する。


「今お茶を出すから待ってて」

 健人は冷蔵庫を開け、自家製の麦茶を取り出した。


 それを受け取った麻衣は話し始める。


「さぁどこから聞きたいですか」

 正座をし、藤田と目を合わせた。


「さっそくだが、麻衣は桜庭とどのくらい一緒にいたんだ」


「桜庭先輩とは、私も高校を卒業して少し経ってから、偶然昨日二人がいたクラブで会いました。久しぶりに見た桜庭先輩はなんだか人が変わったような出で立ちで、高校時代の優しい雰囲気はなかったです」


「そこで桜庭に話しかけられたのか」


「はい、そうでした。先輩は私に脱法ハーブをやるかと聞いてきたんです。もちろん断りましたが、売り慣れているような感じがしました」


「売り慣れてたか。もうその時点で顧客は完全に奪われていた可能性があるな」


「あの時話してた内容ですね」


「そうだ。なぜ桜庭は大麻から脱法ハーブを売るようになったんだろう」


「大麻と脱法ハーブってなにが違うの」

 健人が水を差す。


「脱法ハーブは危険ドラッグとも言われている。簡単に説明すると乾燥した植物に化学合成物質なんかを染み込ませたものだな」

 藤田が説明する。


「私の友達なんかは脱法ハーブを大麻だと説明されて吸ってしまって、嘔吐した後救急車でした」


「大麻とは違う効果なんだね」

 健人が言う。


「大麻は自然由来だぞ。北海道にだって茨城辺りにだって自生してる。それとは真逆で、脱法ハーブはまさにって感じだ」


「なるほど」

 健人は少し理解したようだった。


「脱法ハーブなんて絶対にやるなよ、下手したら死ぬからな。さあ、話を戻そう」

 藤田が脅すように言うと、健人は生唾を飲んだ。


「はい。桜庭先輩は藤田さんが捕まってから、ガラの悪い人たちと付き合うようになったみたいで...もしかしたらその辺りに脱法ハーブを売るきっかけがあったのかも」


「そうだったのか。俺を騙してからなにかあったのか、それともそいつらにそそのかされて俺を騙したのか...」


「桜庭先輩が藤田さんを騙した話、少しだけしてくれませんか」

 麻衣が真剣な顔で藤田を見る。


 藤田は健人に話したように、麻衣に当時の出来事を話す。話に夢中になった二人は、藤田が悲しそうに話していることにうっすら気付いたのだった。


____________________________________________________________________________


「そんなことがあったんですね。レストランで見たときはあんなに仲が良さそうだったのに」

 麻衣は腕を組み考え込む。


「お金だけで人はそんなにすぐに変わってしまうのかな」

 健人が悲しそうに言う。


「分からん。桜庭との関係はそんなものだったとは思えなかったんだよな」

 藤田は一瞬悲しそうな表情をした。


「もしかしたらなにか理由があるのかな」

 麻衣は言う。


「理由か、俺も実は考えたことがあるんだが、本人に聞いてみない限りなんともな」


「藤田さん。今日からその名簿のお客さんに会いに行く予定だったでしょ。問題が解決出来るきっかけがあるかも」

 健人が言う。


「会いに行くんですか。わざわざ今の時代に手押しするんですか」

 麻衣は驚く。


「手押し以外じゃ、買い手なんてつかないだろ」

 藤田は言う。


「そんなことないですよ。今じゃSNSで売買は若者の間で普通ですよ」

 麻衣はそう言うと自身のスマホを取り出し、SNSの画面を藤田に見せる。


「本当だ。すごいな」

 刑務所に入る前の世界とのギャップに、藤田は驚きを隠せなかった。


「とにかく私は、前の顧客には会いに行く必要はないと思います。桜庭さんのグループが関わっている人達にはろくなひとはいませんし」

 麻衣は、藤田と健人のことを気遣うように言う。


「確かに、桜庭の息がかかったやつがまだいるかもしれない」

 健人も麻衣に同調する。


「その可能性は確かにあるが、チャンスだと思わないか」

 藤田は腕を組み考える表情をした。


「どんな」

 健人は聞く。


「未経験の人よりはリピーターになりやすいだろ。俺等の『GreenCrack』で苦しみを緩和出来ないかな」

 藤田はひらめいたように言う。


「それより、藤田さんやっぱりまた売ってたんだ。桜庭先輩に知られたら厄介な事に...」

 麻衣は心配していた。


「大丈夫だよ。バレないようにやるさ」

 藤田は能天気に答える。


「こっちも怖い人がついてるもんね」

 健人が言う。


「怖い人って。まさか二人もやばい人と付き合ってるの」

 麻衣は二人に目を向ける。


「やばい人ってわけじゃないけど、まあ麻衣は知らなくて良いことさ。ところでどうやってSNSで販売するんだ」

 藤田はそうゆうと麻衣にスマホを借り、慣れない手つきで画面をスクロールした。


「簡単ですよ、貸してください」

 麻衣は藤田からスマホを受け取ると、淡々と手順について説明をした。


 長い間外の世界を知らなかった藤田でも、しっかりと理解できるような丁寧な口調でだ。


「プレゼント企画とゆうものがあります。ネット上で販売している人が新規顧客獲得のために無料で大麻なんかをプレゼントしてるんです。比較的当選確率は高いですし、買うきっかけになりえます」

 麻衣は言う。


「こうやって新規顧客ができるのね。藤田さん、やっぱり明日直接行く意味ないような」

 健人が聞く。


「あるさ。ただ売りつけにいくわけじゃない。俺が今まで関わりのあった顧客達がどんな状態なのか知りたいんだ」

 藤田は言った。


 藤田の真剣な目に黙り込む二人。その後、ある程度の演説を終えた麻衣は二人の方を向く。


「す、すごいね麻衣さん。俺にもすごく分かりやすいよ」

 健人が驚き自然と拍手をしていた。


「分かりやすかったな」

 藤田もつられて拍手をする。


「健人君、麻衣でいいよ。私たち多分同い年くらいだと思うんだよね」

 麻衣はそう言いながらも、少し照れたように頬を赤くしていた。


「というか、麻衣って何者なの」

 健人が聞く。


「実は私、桜庭先輩のところで売買担当をしていたことがあるの。マーケティングだったりSNS運用もしてた経験がある」

 麻衣は言う。


「だから桜庭と一緒にいたのか。でもそんなことならここにいて大丈夫なのか」

 藤田は麻衣の顔を見た。


「大丈夫かどうかは分かりませんが、私は途中で担当自体は外してもらったんです。桜庭先輩が脱法ハーブを本格的に売るようになった時に、もうこの人にはついていけないと思いました」

 麻衣は悲しそうだ。


「そうだったのか。昔のあいつなら脱法ハーブを売りつけるような真似はしなかったんだけどな。なんにせよ、よく俺のところに来てくれた。桜庭みたいな思いはさせないから、是非今後も協力してほしい」

 藤田は軽く頭を下げる。


「そんな、頭を上げて下さい。もちろん協力はします。言ってしまうと、藤田さんなら桜庭先輩の暴走を止められるかもと思ったんです」

 麻衣は言う。


「止められるかは正直分からん、このザマだしな」

 藤田は両手を広げた。


「たまに、いや、ごく稀にですが、桜庭先輩は藤田さんの話をすることがあったんです。藤田さんの話を直接するとゆうよりは、昔の話をしていると藤田さんが登場せざるを得ないと言いますか」


「あいつとは色々な事をやってきたからな」


「色々な事か。俺もちょっと聞いてみたい」

 健人が言う。


「なんで大麻を栽培しようと思ったんですか」

 麻衣が前のめりになって聞く。


「俺らが大麻栽培を始めたのは、映画の影響だった。桜庭も俺も映画が好きで、よく二人で観てたんだよ。中学の時に観た映画で、印象的だった映画があるんだよ。その映画では、大麻をまったく悪いものとして扱ってなかった。現代の日本と比べた俺たちは驚いたよ」


「まさか、映画の影響...」

 健人が驚いた表情をする。


「そうだよ、悪いかよ」

 藤田は少しふてくされた。


「健人、当時は藤田さんも桜庭先輩も中学生だから」

 麻衣はにやにやしている。


「そうゆう年頃だったんだよ。その映画がきっかけで大麻関係の映画をざっと観たんだが、どれもこれも悪いようには描かれていなかったんだ。俺は確信したよ。大麻は悪なんかじゃないって、それ自体は桜庭とは意見が一致していたんだ」

 藤田が言う。


 二人は真剣に藤田の話を聞いていた。


「二人でやっていこうってなった時に、あいつはどこからか大麻の種を仕入れてきた。俺はどこから仕入れたのか聞いたんだが、あいつは一切答えようとはしなかった。結果その種が無事に育ち、株が増えてきたことによって気にしなくなっていったんだけどな」


 藤田は話を聞く二人に目をやるが、健人も麻衣も、まだしっかりと話を聴いてくれているようだったので、そのまま続けた。


「花が咲いて、いざ販売しようとゆうところだった。初めてのビジネスで、あいつとの方向性の違いに気付いたんだ。あいつは自分の利益のことしか考えてなかった。その時にしっかりと話し合うべきだった。当時は二人の考えの間をとって、なんとかビジネスをしていたが、最後にとうとう限界がきたのだろう。と、まぁこんな感じだ。確かに昔話には、どうしても桜庭は登場してしまうな」

 藤田は笑いながらも少し悲しそうだ。


「方向性の違いに、後になって気付くのって大変なことだよね」

 麻衣は言う。


「だからお前たちに会えて本当によかったと思ってる。今回こそは失敗しないように、しっかりと話し合いをしような」

 藤田は二人を鼓舞した。


「そうだね。俺も言いたいことがあれば言うようにするよ。よし、それじゃあ三人がまとまったところでさっそく本題に入ろう」

 健人がこの場を仕切った。


 麻衣の説明を聞き、SNSで売買することへのハードルが下がった藤田は話し始める。


「SNSでの販売がこんなにも簡単だと心配になるし、もちろんリスクもあるかもしれない。ただ売上は格段に増やせるだろう」

 藤田は少しだが警戒していた。


「そうだね、それも踏まえると少しずつ顧客を増やしていくのが得策だね。とにかく今日一日は藤田さんは顧客巡り、俺は『Green Crack』の加工の続きを。麻衣はさっそくだけどSNSで宣伝をしてくれると助かる」

 健人が言う。


 健人に仕切られた藤田と麻衣は納得し、麻衣は健人の部屋に残る。藤田は健人の部屋を後にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る