第46話 人形と ”帝都炎上”

「さあ、の時間ですよ。皇帝陛下さま」


「な、なんだと!?」


「おっと、妙な真似はしない方がいいよ。ディーヴァの強さは見たばかりだろう? このがその気になれば、あんたの素っ首は気づかないうちに落ちている」


 皇帝ルシウスの驚愕と恐怖と憤怒がごちゃ混ぜになった顔に、冷然と警告する。

 ルシウスは動けない。

 五〇体を超える ”騎士の鎧ナイト・メイル” を瞬く間に破砕したディーヴァの武威を前に、動けるはずがなかった。


「何が……何が望みだ」


 醜く引き攣った表情で、ルシウスが訊ねる。


「真相を」


「真相だと?」


「なぜタイベリアルを焼いた? なぜ俺を――マキシマム・サークをそこまで憎む? 俺とあんたは面識すらなかったはずだ」


 それだけではない。

 タイベリアルを焼き払った騎士隊長の口から聞きだしている。

 この男は俺を憎むあまり、タイベリアルだけでなく、アスタのソファイアやロイドのハリスラントをも焼いたのだ。

 タイベリアルを含む五つの騎士領の住民は、すべてこの男のマキシマムへの憎しみの巻き添えになったのである。

 その理由を聞き出さなければ業火に焼かれた人々は怨霊と化して、呪詛を吐き散らしながら永遠に地上を彷徨うことになるだろう。


「真相か――よかろう、これが真相だ!」


 バッと顔を上げると、ルシウスが傲然ごうぜんと言い放った。


「その間の抜けた目を見開いて、見てみるがよい!」


「パ、パティ!」


 ルシウスの背後、閲覧席を数段上がった一〇メートルほど先に、近衛騎士によって剣を突き付けられたパトリシアがいた。


「……に、兄さま……」


 蒼白な顔で俺を見つめ、血の気を失った唇から震える呟きが零れた。


「卑怯だぞ!」


「はははは! 貴様ごとき虫ケラが何を言う! 妹の目の前で引き裂き、はらわたをぶちまけてくれるわ!」


「くっ!」


「――動くな、小娘! 少しでも動けばパトリシアの命はないぞ!」


 動く気配をみせたディーヴァを目敏く察し、ルシウスが牽制する。


「……マスターナイト」


「パティの安全を優先する。動くな」


「……」


「そうだ。それでよい」


 俺の反応を見て、満足げにうなずくルシウス。


「なぜだ! なぜそこまで俺を憎む!」


「なぜだと……? なぜか……。なぜ……なぜ……――オーギュスト・サルベインの名を忘れたか!!!」


 血涙にむせぶように、ルシウスが叫んだ。


「……オーギュスト……サルベイン?」


 口の中で反芻する、予期せぬ名前。

 今ここで、まさかその名前を聞くことになるとは思わなかった。


 オーギュスト・サルベイン。

 マキシマム・サークが放校された、騎士士官学校の同期生。

 文武に秀で、一〇年にひとりと評された天才。

 そして前回の帝覧闘技ていらんトーナメントの決勝でマキシマムに敗れた、若き美貌の騎士。


「どういう意味だ! どうしてそこでオーギュストの名が出てくる!」


 俺は混乱した。

 当然だ。

 なんの脈絡も、伏線も、フラグもない。

 なさ過ぎる。


「分からぬか? 分からぬだろう。ならば教えてやる! オーギュスト・サルベインは予が生涯で愛した唯一の存在だ!」


「な、なに?」


「オーギュストは予に勝利を捧げると誓い貴様に敗れた! 誇り高きオーギュストは誓いを果たせなかったことを恥じ予の前から姿を消した! 貴様が――貴様が予からオーギュストを奪ったのだ!」


 ルシウスとオーギュスト・サルベインが……恋人関係?


 待て。待て。

 落ち着け。落ち着け。


 同性愛は別に異常ではない。

 特に身分の高い人間には世継ぎ問題を起こさないため、推奨されてすらある。

 異常なのはこの男の性癖ではなく、この男の……。


「それで俺を憎んでいたのか――それでタイベリアルを焼いたのか!?」


「そうだ! 帝位に就いたときに真っ先に浮かんだのが貴様の顔だった! 遠征先のヒューベルムで貴様が行方知れずとなったと聞き、予がどれほど落胆し失望したか! 貴様はいつか必ずこの手で八つ裂きしてやるつもりだった! だから代わりに貴様の息の掛かったものすべてを焼いてやることにしたのだ!」


「……くっ!」


「一〇万の味方を救い英雄となった貴様の名を貶め、生まれ育った故郷を灰にする! ソファイアやハリスラントは焼いてやったにすぎん! すべて我が最愛のオーギュストへの手向たむけだ!」


「貴様! もう一度言ってみろ!」


「何度でも言うてやるわ! マキシマム・タイベリアル・サークは裏切り者ではなく真の英雄だとな!」


「ソファイアのアスタロテ・テレシアもか!? ハリスラントのロイド・ロウもか!? ペリオのボーラン・ゴードも、ライセンのカリオン・セダスもか!?」


「くどい! 皇帝自らが認めておるのだ! おまえたち五人は英雄だとな! ただし地に堕ちた英雄だ! わっはっはっはっ!」


 響き渡る、ルシウスの哄笑。


「……………………そうか」


 そういうことだったのか。


 これが五人の騎士を襲った悲劇の真相。

 これが五つの騎士領を襲った悲劇の真相。

 すべては権力者の歪み狂った盲愛の結果だったのだ。


「くくくっ! まさかここにきて、生きた貴様と再びまみえることができようとはな! これもオーギュストの引き合わせよ! そこを動くな! 今こそこの手でバラバラに切り刻んでくれる!」


「……」


 俺は沈黙し、それから迫るルシウスに向かってパッと顔を上げた。


「了解しました。皇帝陛下さま」


 いきなりカラッと淡泊になった俺に、逆にギョッとして足を止めるルシウス。


「聞いたね、ディーヴァ?」


「イエス・マスターナイト。確かに聞いた」


 それからおもむろに


の皆さんも、今の皇帝陛下さまのお言葉を聞きましたよね?」


 と


「貴様、恐怖のあまり物狂ったか!? 誰に向かって話しておる! 予を見ろ!」


「いえいえ、いたって冷静ですよ、陛下さま様。実はディーヴァのこの瞳はですね、になっているのですよ」


「な、なに?」


「皇帝陛下さまにおかれましては、ご理解できないこととは思いますが、あなた様のこれまでの告白はこのディーヴァを通じて、帝都中にされていたのです。ほら――このように」


 そういうと俺は芝居がかった仕草で、パチンと指を鳴らした。

 途端に事前に仕掛けておいたが発火して、闘技場の宙に巨大な立体スクリーンが出現した。



『貴様! もう一度言ってみろ!』


『何度でも言うてやるわ! マキシマム・タイベリアル・サークは裏切り者ではなく真の英雄だとな!』


『ソファイアのアスタロテ・テレシアもか!? ハリスラントのロイド・ロウもか!? ペリオのボーラン・ゴードも、ライセンのカリオン・セダスもか!?』


『くどい! 皇帝自らが認めておるのだ! おまえたち五人は英雄だとな! ただし地に堕ちた英雄だ! わっはっはっはっ!』


 先ほどの俺とルシウスのやり取りを見て、観客の中にざわめきが拡がる。

 これまで俺たちのいる位置からは遠すぎて、交わしている会話の内容までは分からなかったのだ。


「な、なんだこれは?」


「だから配信ですよ。正確にいうなら、録画配信」


 狼狽するルシウスに、懇切丁寧に解説してやる。


「あれと同じ宙に浮かぶ陛下の姿がですね、帝都中に出現してるわけです。それで陛下さまの告白を、ヴェルトマーグ二〇〇万の住人の方々が先ほどから視聴していたわけですな。こちらはライブ配信というやつです。これが何を意味するかというと、つまり――」


 都の全域に仕掛けてあったは闘技場に先んじて、セレモニーが始まると同時に着火してある。

 録画と再生はディーヴァの基本機能中の基本機能。

 投影器材火種の設計はお手のものだ。




◆◇◆


「な、なんだ、空に急に人が!」


「魔法か!?」


「悪魔だ、悪魔の仕業だ!」


「だ、誰だ、あれは!?」


「あれは皇帝陛下よ! 新しい皇帝陛下よ!」


「そうだ間違いない! 俺は戴冠式のあとのパレードで顔を見た! あれは新皇帝のルシウス様だ!」


「今、タイベリアルのマキシマム・サークが英雄だって!」


「ヒューベルムに寝返った裏切り者じゃなかったの!?」


「それじゃ滅ぼされたタイベリアルやソファイアは無実だったのか!」


「酷い、全部嘘だったのね!」


「嘘つき!」


「「嘘つき!」」


「「「嘘つき!」」」


「「「「嘘つき!」」」」


「「「「「嘘つき!」」」」」


「「「「「「嘘つき!」」」」」」


「「「「「「「嘘つき!」」」」」」」


「「「「「「「「嘘つき!」」」」」」」」


「「「「「「「「「嘘つき!」」」」」」」」」


「「「「「「「「「「嘘つきぃぃっっ!!!」」」」」」」」」」×二〇万。



◆◇◆


 文字どおり燎原りょうげんの火のように、帝都中に拡がる

 計画通りの ”帝都燃ゆ” だ。


「ディーヴァ何か言ってやれ」


「ざまぁみろ」


 呆然とするルシウスにディーヴァが、惚れ惚れするほど適切な言葉を投げつけた。




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