第41話 人形と ”本戦”

 開幕セレモニーが終わると、本戦の火蓋が切って落とされた。


 一回戦八試合。

 二回戦四試合。

 準決勝二試合の、計十四試合が行われる。


 俺とディーヴァの初戦は、一回戦の第一試合。

 いきなりの出番だ。

 目立つトーナメントの左端は、優勝候補の場所。

 俺たちは光栄にも、そのお相手に指名されたというわけだ。


「なに左の端ってことは、ではなくだ。気楽に行こう」


 本命はトーナメントの右端、一回戦の最後の試合に登場する。


「油断は禁物だぞ、マックス」


 舞台アリーナ脇の操者用のブースに共に入っている、アスタがたしなめた。

 彼女は俺の従士的な立場として登録してある。

 光学偽装を施しているので傍からは、貧相な中年騎士と恰幅のいい女性の熟年夫婦にしか見えない。

 当然のように貴族たちはせせら笑っていて、もはやそれ自体が奴らの油断を誘う、壮大な偽装カモフラージュだった。


「わかってるよ、アスタ」


 俺はうなずき、舞台で ”ディーヴァ” と対峙する天使エンゼル型の ”騎士の鎧ナイト・メイル” を見つめた。


 ロートリオ領の上級騎士、ラムダ・ソーン。


 運営から忖度そんたくされ格下の下級騎士をあてがわれるだけあって、手練れとされていた。


 だが、ぶちまけた話。

 俺はこのトーナメントを正々堂々戦うつもりなど、さらさらない。

 俺の目的は唯ひとつ。

 優勝して皇帝の眼前に立つ――それだけだ。

 そのために必要なら、どんな卑劣な手段も躊躇ちゅうちょなくとる。

 だから相手がこっちを侮蔑ぶべつしてくる貴族なら、かえってやりやすいくらいだった。


 ジャーン!


 試合開始を告げる銅鑼タムタムが打ち鳴らされ、巨大な円形闘技行が大歓声に沸騰する。

 と、いきなりラムダの ”鎧” が背中の翼を展開させて飛翔した。

 闘技場の中を自在に飛び回り、華麗な勇姿を披露している。


翼人ガーゴイルめ! 示威行為のつもりか」


 憤るアスタに『自慰行為の間違いでしょ』――と言い掛けて、危うく思い止まる。

 いけない、いけない。

 どうやらディーヴァの率直な表現が移ってしまったみたいだ。


『どうする、マスターナイト?』


 そのディーヴァが指示を仰いだ。


『ほっといても、そのうち下りてくるだろうけど――』


 ああいう人を見下している奴には、お灸を据えたくなってくる。


『ディーヴァ、あいつを走査スキャンして、飛行ユニットの構造図を見せてくれ』


『イエス、マスターナイト』


 ディーヴァが即答するや否や、HUDヘッド・アップ・ディスプレイに飛行ユニットの3Dモデリングが映し出された。


『なにをするつもりだ、マスターナイト?』


『異物混入』


 答えるなり、俺は視線の先を飛び回る ”鎧” に向かって想像イメージし、創造クリエートした。

 高速回転する飛行ユニットの内部機構に小石大の塊が顕現化ナノ・クリエイトされ、内側から引き裂いた。

 右の翼が根本から吹き飛んで、訳の分からないまま錐揉みきりもみに陥って舞台に激突するラムダの ”鎧” 。


「なにが起こったのだ?」


「差し詰め『驕れる貴族も久しからず』――ってところじゃない」


 呆気にとられるアスタに、肩を竦めてみせた。

 高度が低かったので爆散することはなかったが、切断が間に合わなかったラムダは全身打撲で動けなくなっていることだろう。


 ジャーン!


 銅鑼が打ち鳴らされ、何もしないままディーヴァの勝ちが宣言された。

 当然、観客席からは大ブーイングの嵐。

 こうしてラムダ・ロートリオ・ソーンの騎士としての名声は、見事にしてしまったのだった。

 合掌。


『やあ、お疲れさま』


『疲れてなどいない。いるわけがない。ただ立っていただけなのだからな。まったくわたしはいつになったら全力で戦えるのだ?』


 ブースに戻ってきたディーヴァが、とした声で答えた。

 脳筋少女的に、相当フラストレーションが溜まっているらしい。


『まぁまぁ、主役が活躍するにはそれ相応の舞台が必要なんだよ』


『まぁまぁ、まぁまぁ――マスターナイトは最近そればかりだ。マスターナイトは、まぁまぁナイトだ』


 俺はまぁまぁとディーヴァをなだめて控えの間に戻すと、すぐにアスタと閲覧席に出た。

 闘技に出場している騎士とその一党には、舞台に近い特等席が用意されている。

 せっかくの特別待遇なのに、他の騎士たちの試合を見逃す手はない。


 第一試合とは打ってかわり、第二試合からは本戦らしい白熱した戦いが続いた。

 上級騎士 vs 上級騎士の戦いは内心はどうあれ、表面上は騎士道精神に乗っ取った正々堂々としたものだった。

 だからそれが起こったのは、一回戦の最後の組み合わせ。第八試合だった。


 優勝候補の大本命であるイゼルマ帝国の筆頭近衛騎士が、真打ちとばかりに登場。

 そして――。


「よせ! 相手の騎士は失神している!」


 特等席からアスタが叫んだ。

 筆頭近衛騎士の ”鎧” は、対戦相手の下級騎士の ”鎧” の顔面をつかんで片手で持ち上げていた。

 下級騎士は直前に受けた一撃で昏倒していて、


「やめろーーーーーーっっっ!!!」


 アスタの絶叫も虚しく下級騎士の ”鎧” は操者である騎士とつながったまま、頭を握り潰された。

 逆流フィードバックが起こり、ブースで倒れたままの下級騎士の頭が消失した。


 蒼白となるアスタの隣りで俺の視線は舞台ではなく、その後方の観覧席に向けられていた。

 俺は気づいていた。

 残虐な筆頭近衛騎士が惨劇を演じる直前に、ブースの中からすぐ後ろの観覧席をうかがっていたことに。

 そこには日射しが差さない設計の貴賓席だというのに、フードを目深に被った男が座っていた。

 この惨劇を指示した演出家。


 お忍びで観覧に来ていた、皇帝ルシウスだった。


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