第37話 人形と ”予選”

 トーナメントの予選が始まった。


 参加者は総勢一二八名、一二八騎。

 イゼルマだけでなく他国の自由騎士たちも、富と名誉と仕官を求めてハイセリア中から集まってきていた。

 この一二八騎が、本選に出場する一六騎まで絞られる。

 本戦は一〇万余の観衆を収容できる大闘技場で行われ、新皇帝ルシウスが観覧するのはその最後の一試合――決勝だけだ。


 予選は大闘技場ではなく、ヴェルトマーグ帝都に複数設置された予選会場で行われる。

 ほとんどが正規軍の兵営であり、この期間ばかりは一般人にも開放された。

 兵営なら警備もしやすく、いざというときはすぐに軍隊が鎮圧できる。

 ”騎士の鎧ナイト・メイル” を使った実戦形式の試合は、出場者も観衆もとにかくのだ。



『――作戦はわかってるね?』


『目立たないこと。注目を浴びないこと。能ある鷹は爪を隠すこと』


『うん、それさえ守ってくれれば、あとは高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に戦ってくれて構わない』


『両手両足を縛るような命令を出しておきながら、その指示は矛盾している』


 どこかふてくされたようなディーヴァの声が、頭に響いた。


『対戦相手にしてみれば、それでも全然ハンデが足りないよ』


 まぁまぁ、と機嫌を取るようになだめる。

 目的を達成するためには、ここで目立つわけにはいかない。

 ハイセリア最強の彼女には不満だろうけど、ここはこらえてもらわないとね。


 予選出場者たちの控えの幕営。

 傍からは冴えない中年騎士が、古びた濃緑の ”鎧” を見つめているようだろう。

 どちらも俺とディーヴァが光学投影で偽装した姿である。

 セントール出身のサイモン・ロートレックと、その鎧 ”ディーヴァ” の出番はもう間もなくだった。


『いいかい、手加減じゃないんだからね。それだとこっちの実力がバレて、あとあと警戒されちゃう。あくまで勝ったようにみせるんだ』


『努力はしてみるが……』


 何事も正面突破。

 立ち塞がる障害は叩き砕いて突破してきたディーヴァである。

 腹芸は苦手なのだ。


 そのとき天幕の外で、一際大きな歓声が挙がった。


「サイモン、出番だぞ」


 中年の恰幅のいい女が声をかけてきた。

 声だけが妙に若々しく凛々しい。

 それもそのはず、俺のプレゼントしたイヤリングで偽装したアスタロテだからだ。


「――よし、行こう、”ディーヴァ”」


 ディーヴァは音響出力(彼女の場合はそのまま口)から ”鎧” の駆動音を流すと、俺に続いた。

 天幕を出た途端、強い日射しがスポットライトのように顔を照らし、ディーヴァの擬音が観客の大歓声に呑み込まれた。

 いよいよ俺たちのトーナメント初陣だ。


「対戦相手は、バルムのオスタビオ・サンドだ。なかなかの手練れだぞ」


 隣に立つ恰幅のいいアスタロテが囁いた。

 バルムの騎士オスタビオ・サンドの名前は、マキシマムの記憶にもあった。

 マキシマムと対戦することはなかったが、前回の帝覧ていらん闘技トーナメントでは大闘技場での本戦にも残った剛の者だ。


 反対側の幕営から、白地に赤のストライプ。一見するとのような天使エンゼル型の ”鎧” が背中の翼を折りたたんで、悠然と姿を現した。


 会場のそこかしこから失笑が漏れている。

 外見だけで勝負あった――という空気だ。


『……ピキッ#』


『能ある鷹は……だよ、ディーヴァ』 


 得物――この場合は両者とも剣――を顔の前に掲げて対戦相手への敬意を示すと、試合が始まった。

 刀礼が終わると ”オスタビオの鎧” は剣を下ろして、やはり悠然と ”ディーヴァ” の出方をうかがった。


 お手並み拝見。

 胸を貸してやる。

 

 そんな素振りだ。


「見下しおって!」


 いついかなる時も正々堂々。

 真っ向勝負が信条のアスタロテには、許し難い態度なのだろう。


「貴族さまとしては下級騎士相手に、最初から全力は出せないのさ」


 だけどその余裕とおごりが、今はありがたい。

 なぜなら真っ向からの全力勝負が信条な娘が、もうひとりいたから――。


 ”ディーヴァ” の動きが、


(いけね! 指示がファジー過ぎた! 完全に戸惑っちゃってる!)


「おいおい、ビビっちまったのか?」


「せめて一回くらいは当ててみせろよ!」


「なんかそれも無理そうだなぁ」


 観客から嘲笑じみた野次が飛んだが、俺もディーヴァの意外な弱点の露呈の対処にそれどころじゃない。

 

 全力での殲滅はできる。

 手加減して相手を傷つけないようにすることも可能だ。

 でも自分を弱く装うことは――できない。


 それは演技力の問題で、演技力とは訓練を積むか、生まれ持った才能がない限り身につかない。

 ディーヴァだけでなく他の騎士でも、出来ない人間の方が圧倒的に多いだろう。


(くそっ! そんな当たり前のことに気づかないなんて!)


 なんでも出来るディーヴァに眩惑されていた。

 ディーヴァは高機能ではあるけど、決して万能ではないのに。


 ”ディーヴァ” はギクシャクした動きで、”オスタビオの鎧” の周囲を回るのみだ。


「おい、マキシマム!」


 焦ったアスタロテが、思わず俺の本名を呼んだ。


(命令を撤回して本気を出させるか? このままじゃかえって悪目立ちしてしまう)


「どうした、どうした、昨夜飲み過ぎたか? ――ひっく!」


 酔漢のヤジが、俺に天啓をもたらした。


『ディーヴァ! 酔っ払いだ! 酔っ払いの動きをトレースしろ!』


『酔っ払いだと!?』


『酒場で酩酊している人間がいただろう! あの動きだ!』


 効果はだった。

 明確な指示を受けたディーヴァは即座に記憶領域から ”女神の口づけ亭” の映像を呼び出し、その中の泥酔者の動きを模倣した。

 途端に千鳥足になる、濃緑の ”騎士の鎧”。


「わはははは! どうやら本当に酔っ払ってるみたいだぜ!」


 会場に盛大な笑いの渦が巻き起こった。


 ”ディーヴァ” はあっちにフラフラ、こっちにヨロヨロ。

 それでもどうにか ”オスタビアの鎧” に近づいていく。


 近づいていく。

 近づいていく。

 近づいていく。

 近づいていき……その足元で倒れた。


 まさしく酔い潰れた酔漢そのままである。


 ”オスタビアの鎧” はナンセンス……とばかりに顔を横に振り、肩を竦めた。

 そしてその直後に、敗れた。

 不意に起き上がった ”ディーヴァ” の後頭部が、を直撃したのだ。

 

 ゴンッ!


 と一撃。


 それはもう、見事なまでの奇襲攻撃だった。

 もちろん ”切断” など間に合うはずもない。


 バルムのオスタビオ・サンドは口から泡を噴いて悶絶。

 訳の分からないまま人事不省で敗退し、目覚めたときには『股間タマを潰されて負けた騎士』……という不名誉極まりない二つ名を戴いていた。


 思いつきでやった。

 今は反省しています。


 記念すべき初勝利の夜。

 俺がディーヴァに口を利いてもらえなかったのは、言うまでもない。


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