第23話 ロリッ娘と ”決戦の大魔王①”

 その時。

 霞む視界の中で干涸らびた司祭が身を起こし、冥く落ちくぼんだ眼窩がんかをゆっくりと、俺とディーヴァに向けた。


「…………えっ?」


 一瞬、脱水で朦朧もうろうとする意識が見せた、幻覚だと思った。


「興味深い。生体活動を停止しているのに再稼働するとは。先ほどの攻撃性を持ったエネルギー体といい、この世界は驚きに満ちている」


 しかしディーヴァにも認識できているようで、どうやら幻ではないらしい。

 ミイラ化した司祭は立ち上がると、ポキポキとした動きで俺たちに向き直った。


「あれは、イゼルマの紋章!?」


 まとっている法衣ローブの真ん中にデカデカと刺繍されている紋章を見て、息を呑んだ。

 不死鳥フィニックスを模したそれは紛れもなくマキシマムの故国、”神聖イゼルマ帝国” の国章だった。

 しかもあの色合は、皇家おうけを示す紋章だ。


「イゼルマの皇族が、なぜこんなところに?」


 司祭ではなく皇族?

 どっちしろ、なぜこんな場所に?

 死んだのは二年前?

 二年前に、イゼルマの皇族がこの遺構を発見していた?


 混乱する俺を尻目に、司祭が両手を掲げた。

 口角が大きく広げられ、乾いた頬の繊維がブチブチと千切れる。

 朽ちた肺と喉から絞り出される、無声の絶叫。


「なにをしているのだ?」


「……祈り……嘆願……」


「祈り? 嘆願? いったい何に祈り願っているというのだ?」


「……多分……今から目覚めるものに……」


 当惑するディーヴァに呟いたとき、俺たちの視線の先、司祭の背後で、ズズン! と重々しい音が響いた。

 全高一〇メートルを超えるコフィンが低く鳴動し、両開きの蓋が徐々に開き始める。


 魔王様の……復活だ。


「……ディーヴァ、逃げよう。さすがにここでラスボス戦は無理だ」


「だが開放した上蓋によって、左右の通路は遮られてしまったぞ」


 ”最悪の状況に限って、最悪の事態は訪れる” ……といったのは誰だったかな。

 どうやら俺は最悪の状態ステータスで、最大の敵と戦わなければならないらしい。


「むっ、姿を現すぞ!」


「な、なんだよ、あれ……」


 両開きに開け放たれた巨大な棺を見て、絶句しした。

 蓋の内側にびっしりとの突き出したそれは、まるっきり有名な中世の拷問道具そのままだった。

 その拷問道具の中に、巨大な異形のデーモニックな装甲体が、得体の知れない大量のに埋没している。


「あまり趣味が良いとはいえないな」


 ディーヴァにしてみれば、最大級の嫌悪感の発露だった。


「マスターナイト、撤退するにしても他に脱出路が見つかる確率は――」


「……わかってる。こいつを倒してもういちど蓋を閉じるしかない」


 俺の脱水症は、すでに限界。

 撤退したところで他に脱出路が見つかる可能性は、ここよりも低いだろう。

 ここが墳墓の主が眠る場所なら、外界へ出口がある可能性はどこよりも高いはず。

 少なくとも古典ファンタジーでは……。


「くるぞ」


 ディーヴァが警告を発した直後、棺の中で蠢いていた粘菌が無数の触手状になって飛び出してきた。


(……速い!!?)


 とてもタイムラプス早回しでなければ確認できない粘菌の動きには思えない。

 脳が身体に回避を命じたが――。


 タンッ!


 ディーヴァが反応できなかった俺を抱えて、軽やかに跳び退すさった。


「ご、ごめん」


「気にするな。わたしはマスターナイトの ”騎士の鎧ナイト・メイル” でもあるのだからな」


「ほんと、君は世界で一番強くて、一番可愛い ”鎧” だよ……」


 頼もしく言い放つディーヴァに比べて、俺は毎回ばっかりだ。

 守られてばかりで、ほとんど役に立ってない。

 なんとか彼女の援護をしたいけど、身体はろくに動かず、頭はボケボケ。

 唯一の特殊スキル『ナノマシン』は、使えるナノコストが一パーセント。

 これじゃ ”お皿一枚” 創り出すのが精一杯だ。


「マスターナイトはここに隠れていてくれ。わたしが再停止させてくる」


 群立する ”騎士の鎧” の間に俺を隠し、穏やかに告げるディーヴァ。


「……無理はしないでくれよ」


「心配はいらない。わたしにそのような行動原理エゴはない」


 言い残すなり、ディーヴァが魔王めがけて疾駆した。

 瞬く間に最大戦速まで加速した彼女に、粘菌の太い触手は追随できない。

 ディーヴァが駆け抜けた通路を叩き、周囲に立つ異形の ”鎧”をなぎ倒すだけで、彼女の残像にすら触れられなかった。

 逆にディーヴァの左右の手刀が振り抜かれれば、伸びきった触手が斬り飛ばされ、べちゃり! と胸の悪くなる音を立てて大量のがぶちまけられる。


 水牛の胴ほどもある触手が斬り飛ばされ、ディーヴァと魔王の戦いの火蓋が切って落とされた。

 だが棺――いや巨大な ”鉄の処女アイアン・メイデン” を満たし、魔王にまとわりついている粘菌は、痛痒を感じてはいないようだった。


「――ディーヴァ、金属蚯蚓メタルワームと同じだ!」


 俺は叫んだ。

 叫んだだけで打開策は示せていない。

 あのメタルワームと同じで、斬撃も打撃も通じない。


 しかもメタルワームと違いあいつが単細胞生物アメーバだったのに対して、この粘菌は無数のアメーバが寄り集まって動き出している。

 つまり弱点である核は無数にあり、とてもじゃないが潰しきれない。


 またしても ”脳筋ビルド” と相性の悪い敵だ。

 ディーヴァは猛追してくる触手を次々に切り飛ばしてはいるが、切断された粘菌はうねうねと棺に戻っていき、再び一体化した。


 粘菌がアメーバから集合体になるは、飢餓状態らしい。

 確かにあの棺で繁殖していたのなら、さぞかし飢えていることだろう。

 何年、何十年、あるいは何百年、外からの栄養素が一切なかったのだから。

 腹を満たしてやればあるいは元のアメーバに分裂するかもしれないが――ここには俺とディーヴァ以外に奴らの餌になりそうなものなんてない。


「まったく鬱陶しいな。双方向で攻撃が通らない。これでは千日手だ」


 ディーヴァの言うとおり、メタルワームのときと同じだ。

 焼くなり凍らすなりするしかないのだろうけど、どっちも彼女には使えない。


 ピピッ!


 =======

 知力+α↑

 =======


 ――ガンッ!


 俺は脱水で呆けた頭を殴りつけた。


「何が同じだ! あの時とはまるで状況が違うじゃないか!」


 そして今度こそ、打開策を叫ぶ。


「ディーヴァ! 精核コアだ! ”騎士の鎧ナイト・メイル” の精核でやつを凍らせろ!」


 ”鎧” の精核を使った氷攻めは、俺の十八番オハコじゃないか。

 あのドームと違って、ここには掃いて捨てられるほどの ”鎧” が並んでいる。

 数がありすぎて気づかないなんて、俺の知力は猿以下だ。


「なるほど良い作戦だ、マスターナイト!」


 即座に指示を受諾し、実行に移すディーヴァ。

 手近な人型の ”騎士の鎧装甲体” を回し蹴りの一蹴りで破砕するとバラバラになった腰部に手を掛け、ひしゃげた装甲を引っぺがす。

 精核が露出すると直接手を触れないように、腰部ごと頭上に持ち上げた。


 そして――最強のオートマトンが翔る。


 次々に襲い来る粘糸を掻い潜り機械仕掛けの戦姫が、”魔王の棺” に肉薄する。

 疾駆しながら投擲態勢に入る、ディーヴァ。


 ピピッ!


 =======

 知力+α↑

 =======


 その瞬間、急速に違和感が広がった。

 魔王の棺。

 魔王の棺。

 魔王が棺。


(しまった!!!)


「ディーヴァ、駄目だ! その粘菌は敵じゃない! その粘菌は――」


 違和感の正体に気がついたときには、手遅れだった。

 投擲された ”鎧” の腰部は空中で分解し、精核だけがに吸い込まれた。

 直後に吸い込んだだけで肺が凍り付くような冷気が、巨大な棺から噴き出した。

 魔王の周りで蠢いていた粘菌が瞬間的に凍結され、一切の動きを止める。


 一秒……二秒……何も起きない。

 三秒、凍結した粘菌に無数の亀裂が走り、四秒で粉々に砕け散った。

 そして轟き始める、独特の駆動音。


「どういうことだ?」


「あの粘菌は、俺たちの敵じゃなかった……」


 俺は棺から現れ出た、巨大な装甲体を見上げて戦慄した。


「あの粘菌が、魔王を封じ込めていたんだ……」


「なに?」


「俺たちは魔王を解き放ってしまった!」


 復活した魔王の歓喜の咆哮が、墳墓トゥームを揺るがした。


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