第14話 ロリッ娘と ”大問題”

「先ほど逃亡した人間たちの生命活動は、すべて停止している。現在この空間で生存している生命体は、すでにマスターナイトひとりだけだ」


 ディーヴァの言葉の意味を理解して、俺は慄然りつぜんとした。


「ちょ、ちょっと待って。それってつまり、さっき逃げたヒューベルム兵は全員死んだってこと!?」


 言葉の意味は理解した、はず。

 でもだからこそ、確認せずにはいられない。


「イエスだ、マスターナイト。わたしの生体および動体センサーに反応はない。逃亡した人間×七八、BDバトリング・ドール×九。いずれもともロストだ」


「そ、そのロストって、センサーの探知範囲外に出たってことだよね? そうなんだよね?」


 失探しったんって意味での、ロストなんだよね?


「重装備の人間の平均的な逃亡速度で、わたしのセンサーのレンジ探知範囲から外れるには、計算上四〇.五三七秒の時間がかかる。ロストしたのは逃亡後三〇.二九九秒だった」


「……」


 つまり……ここから全力で走って約三〇秒後の場所に、七八人の人間の命を一瞬で奪うある(いる?)ってことか……。


「マスターナイトが精神的ストレスを覚える必要などない。わたしが先行して危険を排除すればよいだけの話だ。なんの問題もない――では進発するぞ」


(……やっぱりこの娘も ”脳筋" だわ)


 スタスタと歩き出すディーヴァの後に、トホホ……と続く俺。

 マスターの威厳、まるでなし……。

 そしてすぐに、やはり問題が――それも特大の問題があることに気づく。


「あ~、ディーヴァ」


「? なんだ、マスターナイト?」


「やっぱり俺が先……じゃ駄目?」


 怪訝な様子で振り返ったディーヴァに、困った顔で告げる。


「なぜだ? それではマスターナイトの危険が増す。容認は出来ない」


 ”解せぬ”


 ……といった風なディーヴァ。

 ディーヴァは無機質に見えて微細な表情があるので、余計に……困る。


「論理的な理由があるなら聞こう。場合によっては検討し、その結果マスターナイトの生存率が上がるのであれば、容認するのもやぶさかでない」


「ええと、それはですね……」


 だって……ディーヴァは服を着てないでしょ?

 裸でしょ?

 すっぽんぽんでしょ?

 そういう女の子が、すぐ目の前を歩いているのですよ?

 小さな形の良いお尻が、チラチラ揺れているのですよ?

 問題、大ありでしょ?


 命が懸かっているときに、なに下世話スケベなこと考えてんだと思うかもしれないけど、それはそれ! これはこれ! ――なの!


 以上のことを、俺は出来るだけボカして彼女に伝えた。

 それに対する、明瞭すぎるディーヴァの答え。


「つまりマスターナイトは、わたしとがしたいのか?」


 ドゴッ!!!


 見えないストレートパンチに顔面を打ち抜かれて、俺はのけぞった。


「ふむ、これはわたしの考えが到らなかった。マスターナイト、どうか許してほしい。人間に限らず生命体は自己の生存が脅かされれば、子孫を残すためにに及びたくなることを失念していた」


 ゲフッ!!!


「だが安心してほしい、マスターナイト。わたしは想定されるあらゆる機能を最高の水準で備えた最新の汎用量子オートマトンだ。BDバトリング・ドールとしての能力はもちろん、としての機能も当然備わっている。マスターナイトのの相手を十分に務め、マスターナイトのを十二分に満たすことができるだろう」


 バキッ!!! ドカッ!!! ガキンッ!!! ガンッ、ガンッ、ガンッ!!!


「では早速に臨むとしよう――さあ、どこからでもこい!」


 バッ! と両手を広げるディーヴァに、完全にノックアウト。


「? どうした、マスターナイト? ――さあ、どこからでもこい!」


 バッ!


「い、いや、ディーヴァ……問題は……そこじゃ……ない」


「問題はそこだろう、マスターナイト? それになぜ四つん這いになっている?」


 ディーヴァは……正しい。まことに……正しい。

 確かに問題の本質は……そこだ。


 だが!


 そこを問題にできないのが、男の純情であり、修業であり、生きる道であり、やせ我慢であり、切なさであり、煮え切らなさであり、武士は食わねどであり、マッチョリズムであり、男らしさであり、女々しさであり――とにかくそういうものなんだ!

 それが男というものなんだ!

 なんと、そうではあるまいか! ディプレイやモニターの向こうの男子諸君!


「ディーヴァ、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ。俺はディーヴァとそういうことをしたいんじゃなくて、そういうことをしなくて済むように、そういう風な方向に持っていきたいんだ」


 自分で言っていても、非常に判りづらい……。


「マスターナイトの言っていることは理解不能だ。マスターナイトはをしたいと思っている。だがわたしとはしたくない。つまりわたしでは、マスターナイトのの相手は務まらないと判断したのか?」


 生殖行為を連呼するディーヴァに、胸に痛みが走る。

 これはいったい誰の痛みなのか。

 ディーヴァはまるで自分の存在理由を否定されたような、傷ついた悲しげな寂しげな顔をした。


 そうじゃないんだ、ディーヴァ。

 そうじゃないんだ。


 いったい、どうすれば俺の真意を――気持ちを伝えられるのか。

 いや、そもそも何が問題なんだ?

 心の底では俺も望んでいて、ディーヴァも嫌がるどころかむしろだ。

 とどのつまりは、俺が本心を偽ってるのが問題なんじゃないのか?


(――いや)


 いや、そうじゃない。

 これはそういう問題じゃない。


「ディーヴァ」


「……なんだ、マスターナイト」


 シュン……と顔をうつむかせるディーヴァに、今度こそ言葉を選んで伝える。


「ディーヴァは言ったよね。物質には ”想い” が宿るって」


「……イエスだ。”想い” は物質に宿るエネルギーの一種だ」


「”想い” が宿っているのなら、それはもう物でもなければ機械でもない。ひとつの生命だ。生命には尊厳があって、尊厳には尊敬を持って接しなくちゃならないんだ」


「……マスターナイトの認識は誤っている。わたしは汎用量子オートマトンであって、人間ではない。故にわたしに人権はない」


「人としての権利じゃなく、命の―― ”想い” の尊厳の話をしてるんだ」


 俺は必死に言葉を紡ぐ。


「ディーヴァが俺の相手を申し出てくれたのは、それが製造者からディーヴァに与えられた機能であり役目だからだ。でもそれはディーヴァの ”想い” から出た申し出じゃない」


「……」


「お互いの ”想い” からでなければ、そういうことはしてはいけないんだよ」


 ディーヴァは考えていた。

 きっと俺の何万倍も賢いの頭脳が、フル回転で理解に努めているのだろう。


「要するにマスターナイトは、わたしにどうしてほしいのだ?」


「要するにマスターナイトは、ディーヴァに服を着てほしいのだ」


 やがて拗ねたように訊ねたディーヴァに、簡潔に答える。

 要するにこの問題は、そういう問題なのだ。

 だがこんな訳のわからない空間に、都合良くディーヴァが着られるような服があるはずもなく、問題は堂々巡りループに陥ってしまう……。


「なんだ、そんなことか。ならば最初からそういってほしい」


「……へ?」


 間の抜けた反応を示した俺の眼前で、ディーヴァが一瞬のうちに黒を基調としたシックな風の衣装をまとった。


「光学投影で衣服を映し出してみた。実体ではないが問題はなかろう――どうした、マスターナイト? なぜ四つん這いになっている?」


「そ、そういうことができるなら、最初に言ってくれ……」


 その時、床に触れた掌と膝に振動が走った。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る