第11話 いきなり ”おまえがわたしのマスターだ”

「有機情報体――これより、おまえがわたしの主人マスターだ」


 ぼやけた意識の片隅で、誰かが誰かに言っていた。


(……ちょっと……待て……それ……セリフ……少し違う……)


 意識同様に、ぼやけた視界の中で。

 機能を停止したマーサが光に包まれて、サラサラと分解されていったかと思えば、今度はその粒子が寄り集まって別の形を成していた。

 一糸まとわぬ、黒髪の女の子の姿を。


「女だと!?」


 ヒューベルムの指揮官が驚愕した。


(……あれれ? 俺だけじゃなくて……他の人間にも……見えてる……?)


 それじゃこの子は……死を目前にした俺の願望……じゃなくて幻でなく……。


「わたしは確かに存在していると言ったはずだ」


「くっ、面妖めんような奴め! 構わん、まずはマキシマムにトドメを刺せ! しかるのちにその女を捕らえよ! 我らをこの場所に連れ込んだ魔女かもしれん!」


(……あ~駄目だって……大勢の兵隊がこんな場所で ”裸の女の子” と出会ったら、それはだって……)


 果たして、そのとおりになった。

 人がせっかく心配してやったのに、恩を仇で返すように再びクロスボウを向けてきたヒューベルムの兵士たち。

 少女の姿が視界から掻き消えたかと思えば、瞬きをする間もなく全員の首が飛んでいた。


(……あ~あ……だから言ったのに……)


「警告する。マスターを守るのが奴隷スレイブの務めだ。わたしの行動規定に触れた者は一切の躊躇ちゅうちょなくただちに駆逐する」


「お、おのれ、魔女めっ! 神に祝福されし、我が剣を受けてみよ!」


 怒りと恐怖に顔面を歪ませた指揮官が、自身の ”騎士の鎧ナイト・メイル” を突進させる。

 全高二メートルを超える装甲が特有の駆動音を上げて、少女に襲いかかった。

 少女の身の丈ほどもある鉄剣が、彼女の頭上に振り下ろされる。

 その動作には一切の無駄がなく、”鎧” を操っているのが練達の騎士であることがうかがえた。


 板金鎧プレートアーマーを着込んだ完全装備の騎士を、数人まとめて真っ二つにするだけの威力を秘めた斬撃だ。

 ヒューベルム兵の誰もが、少女が無残な斬死体肉塊になることを予感しただろう。

 だが予感は外れ、次の瞬間には全員がわが目を疑っていた。


 少女は華奢な腕を上げて、”鎧” が振り下ろした剣をいた。


 力が拮抗し、両者の動きが止まる。

 

 ――が、それも一瞬だった。


 バギンッ!


 少女が少し力を加えただけで、重硬い金属音を上げ、巨大な鉄剣は刀身の半ばからあっけなく砕け折れた。

 信じがたい光景だった。

 ”騎士の鎧” を破壊するために、数人の刀鍛冶が幾日もかけて鍛造した大業物が、小柄な少女にのである。


 指揮官が絶句し ”鎧” の動きが止まったのを、少女は見逃さなかった。

 折れた刃を捨て去ると電光石火の動作で ”鎧” の懐に飛び込み、分厚い胸甲ブレストプレートに掌底を叩き込む。

 爆散する ”騎士の鎧” の上半身。

 同時に逆流フィードバックした衝撃が、指揮官をピンク色の霧に変えた。

 瞬息の出来事に、”切断” もクソもなかった。


 他の騎士や兵士、それに ”鎧” が逃げ出すには、十分過ぎる光景インパクトだった。


(…………はは……凄え……強ええ…………)


 裸の少女は、蜘蛛の子のように逃げ散ったヒューベルム兵たちには興味をなくし、俺に向き直った。


「マスターの生命活動の低下は進行中。危険。救命処置の要有りと認む」


 やたら無機的な話し方でそういうと、少女は俺に手を伸ばした。


「キュアマシン注入。ナノ・ヒーリング開始」


(……ナノ……ヒーリング……ナノ……マシン……?)


「生命体の治療には適切な大きさだ。注入体キュアマシンをこれ以上小さくしても効率が悪い」


(……さい……ですか……)


 数秒後、出血によって冷え切っていた身体が、ポカポカと温まりだした。


(……はは……こりゃ気持ちがいいや……)


 癒やしの魔法をかけられると、こんな風に感じるのかな?

 浅く速かった呼吸が徐々に楽になり、指先に感覚が戻ってきた。

 まさしく『高度に発達した科学は……』だね。

 それからさらに一〇分あまり。


「あ、ありがとう、だいぶ楽になったよ」


 俺の傷は塞がり、まだかすれてはいたが、声も出せるようになった。

 ……っていうかこの子、俺の心を読んでたんだよね、今まで。

 一体全体、どういう仕組みになっているのやら。


「それで、君はいったい……」


「わたしはバトリング・ドールの能力も兼ね備えた、最新の汎用量子オートマトン。個体番号コードSY-561-4560189X。個体名 ”ディーヴァ”」


 やっぱり、女神ディーヴァ……。


「取得情報を基にすでに契約はなされた――おまえがわたしのマスターだ」


 黒髪の少女が漆黒の瞳を向けて、もう一度言った。

 とにかく俺はギリギリのところで助かった……助けられたらしい。


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