ロマンシング†ざまぁ

井上啓二

第一部 ナノテク騎士と装甲砕きの戦姫 ~戦場の捨て石にされた俺を救ったのは、”想い”を持たない生まれたばかりの機械の少女。祖国に裏切られたので、チートなその子と今から燃やしに行こうと思う

プロローグ 終わりから始まる物語

第0話 いきなり ”ざまぁ”

 辻斬りのような光景だった。

 

 土埃をあげて、最強の ”騎士の鎧ナイト・メイル” が倒れた。

 無残に破壊された四肢からは ”鎧” の血液ともいえる反応剤が噴き零れ、炎天下に灼ける舞台アリーナは、露出した精核コアに触れて真っ白に凍り付いている。


 大闘技場に詰めかけた一〇万余の観客からは、歓声はおろかしわぶきひとつ漏れない。

 ただただ倒れた ”鎧” と、それを見下ろすもう一騎の ”鎧” を見つめていた。

 片や鬼畜騎士マキシマム・サーク亡き後、帝国最強とうたわれる近衛騎士の ”鎧”。

 片や運と偶然だけでトーナメントを勝ち進んできた、無名の放浪騎士の ”鎧”。


 誰も予想しなかったまるで辻斬りにあったような大番狂わせが、闘技場から時間を奪っていた。


 だがそれも永遠ではない。

 直後、怒号のような大歓声が爆発した。

 当然だ。

 オッズは〇.三対一〇〇〇以上。

 小遣銭程度でも一財産になる賭け率だ。

 まして相応の金額をぶち込んでいたら、人生が変わる。


 貧乏人は夢を求めて、はした金を無名騎士に。

 金持ちは投資目的で、大金を最強騎士に。

 歓喜と失望と羨望と怨嗟が、円形闘技場を沸騰させた。


 ジャーンッ! ジャーンッ! ジャーンッ!


 静粛を命じる銅鑼タムタムが打ち鳴らされる。

 それでも熱狂は鎮まらず、皇帝が勝者を称えるセレモニーのために、衛兵は総出で観客を小突き回さなければならなかった。

 暴動に発展しなかったのは帝覧闘技ていらんトーナメントで警備が厳重だったことと、なによりも運がよかったためだ。


「――見事だ、自由騎士サイモン・ロートレックよ」


 皇帝が苦々しげな口調を隠そうともせずに、眼前に進み出た騎士に告げた。

 自由騎士とは領地を持たない流浪の騎士を指す言葉だ。

 そのような下賎の輩に、自身の筆頭近衛騎士が敗れたのだ。

 面白かろうはずがない。


「望みの褒美を取らせよう。何なりと申してみよ。領地か、宝石か、女か」


「いえ、そのような大それた物は望みませぬ」


 皇帝の前に跪礼きれいした自由騎士が、こうべを垂れたまま答えた。


「では何を望む? まさかおまえのような身分で、何もいらぬとは申すまい」


 皇帝は不快であると同時に、いささか感興かんきょうを催した。

 領地でも財貨でも肉欲でもなく、このみすぼらしい騎士が望むものとはなにか。


「いえ実につまらないものですが、わたしにも望みはあります」


「聞こう」


「ではおそれながら申し上げます。わたしが望む物、それは――」


「それは?」


「――あんたの首ですよ、皇帝陛下」


 無作法にも顔を上げると、自由騎士サイモン・ロートレックはニヤリと笑った。


「なに?」


「俺が欲しいのはあんたの首です。実に矮小でつまらない望みでしょ? 牛の糞の方がまだ畑の肥料こやしになる」


 くくくっ、と笑うサイモンに、呆気にとられていた皇帝がようやく我に返る。


「痴れ者が!」


 身辺警護の近衛騎士が抜剣して群がり寄り、皇帝とサイモンの間に割って入る。

 皇帝に拝謁するサイモンは、当然帯剣を許されていない。


「剣も持たずに、どうやって予の首を取るというのだ? 浮浪の騎士よ」


 サイモンが重装備の騎士たちに取り囲まれてたのを見て、皇帝に余裕が戻った。


「武器ならあるさ」


「ふははははっ! あのくたびれた ”鎧” のことか! 後ろを見てみよ、貴様同様、すでに幾重にも囲まれておるわ!」


 振り返らなくても ”鎧” と接続契約しているサイモンには見えていた。

 舞台アリーナの中央に立つ自分の ”騎士の鎧” が、近衛騎士たちの ”鎧” に取り囲まれている光景が。

 サイモンは怯まない。


「あんたの方こそ、よく見てみろ――ディーヴァ、偽装解除」


『イエス、マスターナイト』


 無感情なその声が響いた瞬間、サイモンの姿が消えた。

 正確には、サイモン・ロートレックではなくなった。

 一秒前までサイモン・ロートレックがいた場所に立っていたのは――。


「き、貴様は、マキシマム・サーク!」


「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極です、陛下」


「これはなんのまやかしだ? なぜ貴様が生きている!?」


「説明すると長くなるんで、その質問は却下です。どのみち首になってしまえば関係なくなるでしょ?」


「なにをほざくか! やはりマキシマム・サークはマキシマム・サークよ! 剣の腕ばかりで頭の方は相変わらずからっきしとみえる! この状況でどうやって予の首を取るというのだ!」


「あんたの首を取るのは俺じゃない。彼女だ」


 冷厳に変わったサイモン――否マキシマム・サークの声に、皇帝はようやくにして気がついた。

 舞台アリーナで取り囲まれていたマキシマムの ”鎧” がいつの間にか、消えていたことに。

 全高二メートルの無骨な魔導人形がいつの間にか、熱風に黒髪をなびかせる華奢な少女に変わっていたことに。


「やれ、ディーヴァ」


『イエス、マスターナイト』


 そして少女は無双する。

 駆け、跳ね、残像を描いて五〇体を超える ”騎士の鎧魔導人形” の真っ直中に飛び込めば、ゴシック調の漆黒のドレスをひるがえして、自分よりも遙かに巨大な ”鎧” たちを次々になで斬りにしていく。

 

「ば、馬鹿なっ!? あんな小娘に!?」


「小娘だって? 陛下、あんたにはあいつがそんな可愛らしいものに見えるのかい? あいつは一〇〇〇世代先の未来からきた最新・最強の ”騎士の鎧ナイト・メイル” 。 騎士を粉砕する戦鬼にして戦場を魅了する戦姫。ナイツ・デストロイヤー、バトリング・ディーヴァだ」


駆逐完了デストロイ・コンプリーテッド


 瞬きの間の盗むように主人の背後に着地した少女が、無表情に告げる。


「さあ、の時間ですよ。皇帝陛下さま」


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