4:クエストは命懸けで

 その日、私は、凶暴な魔物が蔓延る山の中の、洞窟の奥に監禁されていた。




 洞窟の中は暗く、不快に感じるほど湿っており、天井から垂れ下がる幾本もの氷柱つらら石の先に水滴が次々と現れ、雨のように絶え間なく地面へ落ちていく。洞窟は分厚い石の壁と堅い樫の扉で隔てられ、扉には無骨な南京錠がかけられており、私は、上半身裸の屈強な体格を持つ拷問係と共に部屋の中に閉じ込められ、外に出る事も叶わないでいた。


 たった1本しかない蠟燭の火が力なく周囲を照らす中、私は粗末な木箱に腰を下ろし、静かにその時が来るのを待っている。身に着けた衣装は無残に引き裂かれ、泥と乾いた血がこびり付き、天井から滴り落ちる水滴を吸って重く湿り、私の肌にべったりと張り付いている。私はびしょ濡れの髪を払い、切れ端同然の衣装を引っ張って少しでも下着を隠そうと虚しい努力を繰り返し、首元で黒光りする太い革の首輪に指をかけて、息苦しさから逃れようと何度も引っ張った。


 私が逃げ出すつもりがない事を知ってか、拷問係の大男は此方を見ようともせず、粗末な木箱に腰を下ろし、背中を向けている。筋骨隆々の肌はまるで悪魔のように黒ずみ、頭部にはかぎ爪の如き角が生え、背中から蝙蝠の様な羽を生やしていた。


 私と大男は背中合わせで木箱に座り込んだまま、言葉を交わす事もなく、部屋の中に重苦しい沈黙だけが漂う。やがて私は俯いたまま泥と血に塗れた右手を上げ、背後に座る男に向けて、疲れ切った声で話し掛けた。


「…ヤマト、今週の『ギルドランク速報』、取って」




「あいよ」

「ありがと」


 大男から背中越しに渡された雑誌を、相手の顔も見ずに受け取ると、私は衣装を破かれ剥き出しとなった太腿の上に乗せ、つまらなそうにページをめくる。だが、最初の記事を目にした途端、私は前のめりになり、目を見開いて驚きの声を上げた。


「え!?嘘!?『白銀の翼』がトップから陥落しているじゃない!何があったの!?」


 今年一番のビッグニュースに、私は雑誌に噛り付き、一心不乱に読みふける。その私の頭の片隅では、先ほどからずっと、一つのメッセージが点滅を繰り返していた。




 ///// 【覚醒クエスト:攫われたエルフの王女を救え!】(進行度:3/8) /////




「…ギルマスがギルド内で二股こいてたんだと。それがバレて、分裂したんだってさ」

「何それ。サイテーじゃない」


 堅い樫の扉がノックされ、扉の小窓が開く。私が雑誌から目を離し背後へと振り返ると、ヤマトが腰を上げ、入口へと歩み出していた。小窓から目を覗かせ、外に居る門番役の男と情報交換をする。


「どうした?………そうか」

「どんな塩梅だって?」


 私はお尻を基点にして木箱の上で180度回頭し、ヤマトの方へと向き直る。彼は頭を掻きながら戻ってきて、同じく私の方を向いて木箱に座り直した。


「15分押し。『ふぁーすと』で、なおかつ装備がギリギリらしい。4番目で手間取っている」

「そっか。それじゃ、まだ暫く来なさそうだね」


 私は天に向かって息を吐き、壁に向かって雑誌を放り投げる。少しの間天井を眺めていたが、散発的に降り注ぐ水滴に嫌気が差し、頭を振って前を見た。


 私の目の前で、ヤマトが顔を顰め、腕を組んで苛立たし気に貧乏ゆすりをしている。私がそんなヤマトを眺めていると、視線に気づいた彼がこちらに目を向けた。


「…何だ?」

「…別に」


 向けられた視線に僅かばかりの後ろめたさを感じ、私はヤマトから視線を外す。私は洞窟の壁を這う水流を見つめながら、釈明するように呟く。


「…ただ、少し後悔している。ヤマトも応募しているんだったら、こんなバイト、引き受けたりしなかった」




「…何でよ?」

「何でって…あなた、そんな事もわからないの!?」


 デリカシーのない彼の発言に私はカッとなり、立ち上がって彼を睨みつける。それでも心当たりがなく、小首を傾げているヤマトに、私は言葉を叩きつけた。


「あなたと私がこんな所に二人きりで居るって、ガーネットが知ったら何て思うか、考えもしないの!?あなた、あのに悪いと思わないの!?」

「俺とアイツは、別に何の関係もないぞ?」

「関係なくないわよ!いつも一緒に居るじゃない!お互いのマスターが、『りあじゅう』同士じゃない!」

「マスター達は、関係ねえだろうが」


 何でわかんないの!?この馬鹿!


 憤懣ふんまんやるかたなくなった私は、木箱にお尻を叩きつけるように落とし、腕を組んでそっぽを向く。私は腕を組んだまま二の腕に繰り返し指を打ち下ろし、目を瞑って心の中でガーネットに謝った。




「かくせいくえすと」は、一次職から二次職、二次職から三次職へとクラスチェンジするのに不可欠な、重要な「くえすと」だ。その分「うんえい」も力を入れていて、「くえすと」の進行を務める「えぬぴーしー」には、多額の報酬が支払われる。


【攫われたエルフの王女を救え!】はヒューマンのタンカーの三次職に必要な「かくせいくえすと」で、メインキャストはエルフの女性にしか務まらない。「かくせいくえすと」のメインキャストだけあって、報酬も破格だ。


 しかし、それほどの好待遇にも関わらず、このメインキャストは、他の「かくせいくえすと」のメインキャストに比べると遥かに不人気で、競争率が低かった。私は組んでいた腕を解き、下を向いて自分の姿を見つめ直す。


 着ている衣装は無残に引き裂かれ、泥と血がこびりついてずぶ濡れで、あまりの布地の少なさに下着も満足に隠す事ができない。白く透き通った手足は泥に汚れ、鞭に打たれた跡が何本も描かれ、あまりにも痛々しい。極めつけは、蝋燭の光を浴びて背徳的な照り返しを放つ、黒い革の首輪。私は、自分の無残な姿を眺めながら、この後に予定されている「あらすじ」を思い起こして、げんなりした。


 …私も、今月こんなカツカツじゃなければ、絶対に応募しなかったのにな。


 ここ最近、赤兎せきとの事が気になって仕方がない私は、暇さえあれば彼に話し掛け、彼の「くえすと」につき合っていた。それはつまり、「くえすとほうしゅう」の支払いが増え、生活費が減る事を意味する。次第に追い詰められた私はついに音を上げ、このメインキャストに手を挙げてしまった、というわけだ。


 不機嫌を隠そうともしない私の剣幕に恐れをなしてか、ヤマトも黙ったまま、時間だけが過ぎていく。やがて頭の隅を占めるメッセージが大きく瞬き、内容が切り替わった。




 ///// 【覚醒クエスト:攫われたエルフの王女を救え!】(進行度:6/8) /////




「…そろそろ、準備するか」

「…そうだね」


 冷戦中の夫婦みたいな声色でヤマトが声を掛け、私も同じ気分で答える。私は木箱から立ち上がると、奥の壁へと足を運んだ。


 奥には大きな四角い石が幾層にも積み重なり、重苦しい雰囲気の石壁を形成している。石壁には上部から2箇所、下部から2箇所、太く頑丈な鎖がぶら下がり、その先端には首輪と同じ、黒光りする革製の枷が括り付けられていた。私が石壁に背中を預けて立ち、大きく手足を広げると、ヤマトが私の手首と足首に枷を嵌めていく。手足が引っ張られ、鎖が耳障りな音を上げた。


「ちょっとヤマト、前垂れ整えてくれない?パンツが丸見えになっちゃってる」

「どうせ演技中にずれちまうよ」


 私は足を閉じる事もできず、体を左右に振りながらヤマトに頼み込み、彼が口答えしながら私の前垂れを整える。そうして準備を進めていると、頭の中のメッセージが大きく瞬いた。




 ///// 【覚醒クエスト:攫われたエルフの王女を救え!】(進行度:7/8) /////




『な、何だ、貴様らは!?ぐわあぁっ!』

『王国の連中が攻めて来たぞ!手前ぇら、応戦しろ!』


 急に扉の向こうが騒がしくなり、複数の怒号と剣戟の音が飛び交う。ヤマトは部屋の隅に置かれた黒く太い革の鞭を手に取ると両端を左右の手で掴み、二度三度勢い良く引っ張りながら、私に問い掛けた。


「覚悟はできたか?そろそろ、やるぞ?」

「…うん」


 そう尋ねる彼の目に宿った有無を言わせぬ鋭い光に、私は思わず息を呑む。息ができなくなるほど重苦しい空気で満たされた部屋の中で、ヤマトが奇怪な笑みを浮かべ、鞭を掴んだ腕を振り上げると ―――、




 ――― 勢い良く鞭を振り下ろして、へと叩きつけた。




『オラァ!』

『あぁっ!』


 鞭がを抉るたびに、私は悲鳴を上げ、苦し気に身を捩る。そんな私の姿を見てもヤマトの鞭は止まらず、彼は弑逆的な笑みを浮かべたまま鞭を振り上げ、何度も何度もを打ち続ける。


『どうだぁ、姫様ぁ!?痛いだろぉ?苦しいだろぉ?…あぁ、好い顔だぁ…もっと泣け!叫べ!いくら喚いても、アンタはもう此処から二度と出られないんだよ!ぎゃあははははははははっ!』

『いやぁ!止めてっ!お願い、赦してっ!誰か私を助けて!ああああぁっ!』


 私は手足を鎖に繋がれたまま何度も体をくねらせ、鞭の恐怖から逃れようとする。天井から水滴が滴り落ちて体を濡らし、激しい体の動きについていけず飛沫となって宙を舞った。切れ端同然の前垂れが捲れ、下着が露になる。


『ぐわぁ!』

『此処だ!早く鍵を開けるんだ!』


 扉向こうの門番が討たれ、南京錠をこじ開ける音が扉から聞こえて来る。でも、実際に「ぷれいやー」が中に入って来るまで、私達の行動は変わらない。明らかに異常を示す物音が背後から聞こえていても、ヤマトは構わず地面に鞭を振り下ろし、私は悲鳴を上げ、繰り返し身を捩る。


『さぁ、姫様!もっと好い声で啼け!オラァ!アーハッハッハッハッハッ!』

『あぁぁっ!誰かっ、誰かぁっ!』




『姫様だっ!…何て酷い事を!』

『…あぁ?何だ、貴様ら?』

『はぁ…はぁ…』


 扉が開け放たれ、数人のヒューマンの男女が部屋の中へと突入して来た。ここに来て初めてヤマトは鞭を振るうのを止め、訝し気に背後へと振り返る。私は、繰り返し叫び激しく体を動かしたために疲労困憊で、鎖に繋がれているために座り込む事もできず、両腕に体重を預けて鎖にぶら下がったまま、喘ぐように深呼吸を繰り返した。


『貴様ら、この俺様がシンジケートの首領だと知っての狼藉かぁ?生きて帰れると思うなよ?』

『姫様が危ない!早くその首領を倒して下さい!』


 手下がことごとく討たれ、敵に囲まれ孤立無援となっても動じないその姿は、ラスボスの鑑と言えよう。反面、ここまで状況が逼迫するまで対策を怠っているあたり、組織のトップとしては失格だと思う。いつまでもふてぶてしい態度を取り続けるヤマトに、些か貧弱な装備を纏った「ぷれいやー」が突っ込んで来た。


『うおぉぉぉ!』

『粋がるなよっ、小僧!』


 決死の表情を浮かべる「ぷれいやー」を見たヤマトは鼻で嗤い、手にした鞭を振り上げて、「ぷれいやー」を打ち据える。ちなみに、この「拷問の鞭」の攻撃力は1。初期装備よりも脆弱である。しかし、そこにレベル78ドラゴノイドの膂力が加わると、レベル40の二次職には些か荷が重い。鞭を受けた「ぷれいやー」のHPが、1割ほど赤くなった。


『危ない!彼を助けるんだ!』

『はいっ!』


 背後に佇む「えぬぴーしー」の一人が杖を振るい、一筋の光が放たれる。その光をまともに浴びたヤマトは鞭を振り上げた体勢で硬直し、驚きの声を上げる。


『何だこれは!?この!くそっ!』

『今だ!首領にトドメを!』


「くえすと」用の単なるスポットライト、殺傷力0である。光に囚われ苦しそうに藻掻くヤマトの前に「ぷれいやー」が立ち、剣を振り下ろした。


『ぎゃあぁぁぁぁ!』


 ヤマトが断末魔を上げ、袈裟懸けに斬られた上半身から血が噴き出す。上半身裸で防御力0、そこに本物の剣で斬りつけられたら、いくら相手がレベル40の二次職でも、それなりに痛い。でもまあ、レベル78なら一太刀くらいじゃ死なないし、斬られ役には別途傷病手当も付いている。HPは真っ赤だが、「くえすと」ならではの誇大表示だ。


「ぷれいやー」は剣を鞘に納めると、大の字に斃れているヤマトの脇で膝をつき、ズボンのポケットに手を突っ込む。そして鍵の束を取り出すと、立ち上がって鎖に繋がれた私の許へと歩いて来た。


『あぁ…あぁぁ…、私を助けに来てくれたのですね…ありがとうございます…』


 私は感動に胸を震わせ、目の前に立って手首の枷を外している「ぷれいやー」に向けて、涙ながらに感謝の言葉を繰り返す。「ぷれいやー」の目線が、私の下着の上を何度も行き来する。このマスター、多分若い男性だ。じろじろ見るのは、勘弁してほしい。私は羞恥に頬を染め、目を潤ませながら彼の背中に手を回し、耳元でそっと囁いた。


『助けてくれてありがとう…私の聖騎士様…』




『あなたの活躍でシンジケートは壊滅し、姫様も無事救出できました。ありがとうございます。早速、王都へ凱旋しましょう』


 三次職である聖騎士パラディンにクラスアップするため、「ぷれいやー」が「えぬぴーしー」に誘われ、部屋を出て行く。先ほどヤマトにスポットライトを当てた「えぬぴーしー」が私の許に駆け寄り、小声で尋ねてきた。


「惨い格好ね。大丈夫?」

「平気。実はコレ、全部絵の具なんだ」

「そう、良かった。それじゃ、お疲れ様」

「うん、ありがとう」


 彼女は安堵の笑みを浮かべ、手をひらひらと振りながら「ぷれいやー」を追って部屋を駆け出て行く。後に残されたのは、大の字にひっくり返ったままの首領ヤマトと、…救出しに来たはずなのに、何故かその場に置き去りにされたエルフの王女。もはやお約束とも言うべき、安定のクオリティである。蛇足だが、王都にはもう一人、煌びやかな衣装を纏ったエルフの王女が居て、彼女から叙勲を受けるとめでたく聖騎士パラディンの誕生である。


「…ヤマト、ポーション要る?」

「1本取ってくれ」


 私は木箱を開け、ポーションを取り出してヤマトに渡す。ヤマトは身を起こし、受け取ったポーションを呷って傷を塞ぐと、視線を下に向けて体内時計を確認した。


「…結局、45分の遅れか。随分時間がかかっちまったな」

「あまり休憩時間なさそうだね。私、ちょっとトイレ行ってくる」

「ああ」


 その時、鐘の音と共に、新たなメッセージが頭の中に現れた。




 ///// 【覚醒クエスト:攫われたエルフの王女を救え!】(進行度:7/8) /////




「…え?」


 硬直する私。扉から門番役の男が顔を覗かせ、捲し立てる。


「急いで支度してくれ!『さーど』で『はいかきん』、しかも『こうりゃくさいと・りさーちずみ』だ!巻き巻きで来てる!」

『な、何だ、貴様らは!?ぐわあぁっ!』

『王国の連中が攻めて来たぞ!手前ぇら、応戦しろ!』


 背後で怒号と剣戟の音が交差し、扉が閉まってトイレへの道が絶たれる。ヤマトが混乱している私の手を取り、奥の石壁へと連れ込んで鎖に繋ぎ始めた。


「…え?あの、ヤマト、私、トイレ…」


 手足を拘束され身動きの取れなくなった私が尋ねると、ヤマトが目の前に立って鞭を振り下ろし、無慈悲な言葉を突き付ける。


「もう間に合わねぇよ…あと1シーン、我慢しろ」

『ぐわぁ!』

『此処だ!早く鍵を開けるんだ!』


 扉の向こうで門番が討たれ、南京錠をこじ開ける音が聞こえる。ヤマトが奇怪な笑みを浮かべ、勢い良く鞭を振り下ろした。


『オラァ!』

『あぁっ!』


 鞭が地面を抉り、私が悲鳴を上げて身を捩る。


『どうだぁ、姫様ぁ!?痛いだろぉ?苦しいだろぉ?…あぁ、好い顔だぁ…もっと泣け!叫べ!いくら喚いても、アンタはもう此処から二度と出られないんだよ!ぎゃあははははははははっ!』

『いやぁ!止めてっ!お願い、赦してっ!誰か私を助けて!ああああぁっ!』


 私は地面を打つ鞭の音に合わせて悲鳴を上げ、必死に外に助けを求める。


 割と本気で、主に生理学的な理由で。




『姫様だっ!…何て酷い事を!』

『…あぁ?何だ、貴様ら?』

『お願い!早く私を此処から出して!』


 扉が破られ、ヤマトが振り返る。切実かつ火急的速やかな対処を求められている私は髪を振り乱し、突入して来たヒューマンの一団に対し、迫真の演技を見せる。


『姫様が危ない!早くその首領を倒して下さい!』


「えぬぴーしー」の呼び声に応じて、「ぷれいやー」が突っ込んできた。すぐに別の「えぬぴーしー」が「ぷれいやー」支援の詠唱を開始し、魔法が放たれる。




『――― ≪アースジャベリン・トラインデント≫ ―――』




『ブフォッ!?』


 支援の「えぬぴーしー」の放った巨大な3本の石槍が、次々とヤマトに突き刺さった。ヤマトは鎖に繋がれた私の隣まで吹き飛ばされ、3本の槍によって石壁へと縫い付けられる。


『…』

『…』

『…』


 …あ、コレ、死んだかも。


 もはや掛け値なしでHPが真っ赤であろうヤマトの許へ「ぷれいやー」が歩み寄り、ズボンから鍵束を取り出した。彼は私の前に立つと、鎖に手を伸ばし、次々に枷を取り外していく。


『あぁ…あぁぁ…、私を助けに来てくれたのですね…ありがとうございます…』


 私は感動に胸を震わせ、結局私の前では何もしていない彼に、感謝の言葉を繰り返す。


 何故か「あらすじ」まで巻き巻きだったけど、緊急かつ重大な局面に差し掛かっていた私は、潔く目を瞑る事にした。




「イリス」


 部屋を出て行く「ぷれいやー」一行を見送っていると、誰かが私を呼んだ。目を向けると、先ほどの支援魔法を放った「えぬぴーしー」が佇んでいる。


 彼女は小柄で、その顔はつばの広い大きなとんがり帽子の陰に隠れ、見えない。つばの陰からはみ出ている小さな唇の端が、吊り上がる。




「――― ただの露出狂だと思っていたけど、鞭で打たれて喜ぶ変態さんだったのね?アタシ、知らなかったわ」




「…あ、あの、ガーネット、あのね…」

「ああ、好いの好いの、安心して」


 弁解しようとする私を制し、彼女が帽子を取って満面の笑みを浮かべる。


「アタシ達、親友じゃない。アタシは貴方がどんな性癖を持っていたとしても、貴方を受け入れ、温かく見守ってあげるわ」

「え、えっと、あの、そうじゃなくて、あのね…」


 私は、眩い笑顔のガーネットが放つ気迫に負け、壁際へと追い詰められる。彼女は、逃げ場を失った私の右手を取るとにっこりと笑い ―――、




 ガチャリ。


 私の右手首に、黒光りする枷が嵌められた。




「…今日、アタシはもうアガリだから。後は二人で、ごゆっくり」

「…え、ちょっと待って、ガーネット!?」


 私は拘束された右腕を引っ張りながら、涙目でガーネットを呼び止める。彼女は入口の扉の前で振り返ると、にこやかに手を振った。


「…お漏らしも、案外病みつきになるかもよ?よかったら、後で感想を聞かせてね?」

「ガーネット!お願い待って!ゴメン、私が悪かったから!ねぇちょっと、そこのあなた!この鍵外して!」


 ジャラジャラと鎖を鳴らしながら、私は扉の向こうへと消えたガーネットを呼び、入れ違いに顔を覗かせた門番役の男に懇願する。彼は頬を掻き、バツの悪そうな表情で答えた。




「…その鍵、『くえすと』が進まないと、出現しないんだ。――― 今、誰もやってない」




「…嘘でしょ?」


 私は膝から崩れ落ち、右腕一本で宙吊りになったまま、絶望する。




 結局私は、その日珍しくスキマ時間を見つけて「ろぐいん」してきたマスターによってホームへと連れ去られ、私は心の中で泣きながらマスターに感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る