6-4 過ちのヴァレンタイン

「ミッチーはさ、ヤマさんがクラスの女の子と付き合い始めるかもしれないって聞いた時、どう思った?」

 場所をロビーに変えて、私たちは置いてあった古い腰掛けに座った。

「普通にびっくりだよ。ヤマさんってナリ君並みに女っ気ないと思ってたからさ」

 勝手に引き合いに出しちゃ可哀想かな、と私はナリ君の顔を思い浮かべる。

「でもまあ、せっかく女の子苦手病が直るチャンスだし、僕としては賛成かな」

「そっか。って、ミッチー、ヤマさんが女の子苦手って知ってたの?」

「あんなのバレバレじゃん。まあ、本人の名誉? の為に言いふらすのはやめたけど」

 名誉って言ってる割には、昨日のやり取りは知っててやってたんだと考えるとかなり調子いい奴だなあ、ミッチー。

「まあ、でも本音言うとちょっとさびしいかな、とは思うよ」

「さびしい?」

「なんか対等だと思ってた友達が、一足先に大人になっちゃって置いて行かれたって気分。絶対ヤマさんはナリ君同様に彼女作んなさそうだと思ってたのにさー」

 ミッチーが悪戯っぽく唇をとがらせる。そしてやっぱり何気に言い方が失礼だ。

 だけど、ミッチーの言いたいことは分かる気がする。

 親しい人の幸せを願う気持ちと、同時に訪れる「じゃあ自分はどうなの?」というさびしさ。それは二人の仲に嫉妬しているのではなく、置いて行かれた感に戸惑う気持ち。

 自分でキューピッド引き受けておいて勝手だと思うけど。

「ねえ、ミッチー。ちょっとでいいから私の昔話、聞いてくれる?」

「昔話? どんなの?」

 昔話と言っても、それほど昔の話じゃない。私が中学二年の時、つまりだいたい三年くらい前の話だ。

「その時は陸上部で、練習は男女混合だったの。その時にお世話になった先輩がいたんだ。見た目がカッコ良くて、まさに理想のお兄さんって感じ」

「あ、もしかして好きだった人とか?」

 ミッチーが食いつくかの勢いで身を乗り出す。

「うーん、多分ミッチーの言う好きとは違う気がする。今となっては分からないけど」

「えー、なんかつまんないなあ」

「あのさミッチー、話を聞いてくれるんだよね?」

 なんで人はコイバナになるとやたらくいついてくるんだろう。私、もうこりごりな気分になって来たんだけど。

「で、話を続けるとね、その先輩には彼女がいたの。生徒会もやってた美人さんで、学校でも有名なカップルだった」

「うわ、僕なんてイケメンで通ってるのに美人な彼女なんて持ったことないぞ?」

「……ミッチー、話の腰折りすぎ。あと、イケメンで通ってるなんて初耳だけど」

 さっきもらったトマトキャンディが奥歯で真っ二つに割れる。

「先輩はすっごく優しい人だった。部活でもそうだったけど、部活を引退してからもよく相談に乗ってくれたの。私もいつしか困ったことがあったらすぐ先輩の所に行ったり、受験勉強に励んでるところに差し入れも何度か持っていった」

「そりゃあ先輩冥利に尽きるんじゃない? あかりちゃん、めっちゃいい後輩じゃん」

「……でも、それが間違いだったの」

 それは、バレンタインの時に起きた出来事。

「先輩ももうすぐ卒業だし、今までお世話になった感謝の気持ちとか受験頑張ってくださいとか色々込めて手作りチョコを作ったの」

「へえ、いいじゃん」

 そこから先を話すかどうか、一瞬だけためらった。

 何故なら、それは未だに辛いと思っている出来事だったから。

「そしたら、先輩の彼女が殴りこんできて、私が先輩にあげたはずのチョコを目の前で踏みつぶしたの」

「なっ!?」

 絶句するミッチー。その反応は予想通りだったけど。

「それからいっぱい罵られちゃった。泥棒猫とか、卑怯者とか、思いついた悪口をいっぱい浴びせられたって感じで」

 胸が痛い。だけど思い出し涙は出なかった。それだけはちょっと幸いだった。

「酷い先輩だね」

「ううん。私、その時になって先輩の彼女に相当恨まれていたのを初めて知ったの。でも、その時は罵られたショックで頭が真っ白になっちゃって、でも、何言っても聞いてくれなくて」

 ミッチーの顔は、無言のまま引きつっていく。もう自称・スタイリッシュなイケメンは形無しだった。私の表情は今、どんな風になってるのか分からないけど、多分普段通りでない事は確かだと思う。最初に作ったはずの笑顔はとっくになくなっていた。

「だけど、落ち着いて考えてみると、悪いのは全部私。いくら仲がいいからって、その人の彼女にしてみれば私は邪魔以外の何者でもないよね。彼女でもないのに親しげに話しかけまくったり、手作りチョコとか送ったりしたらいい顔しないだろうし、泥棒猫呼ばわりされても仕方ないかも」

 それに気づいたのはずっと後だったんだけど。

「でも、あかりちゃんに悪気はなかったんでしょ?」

「悪気がないから余計悪いの。事情が事情なだけに、先輩に謝れないまま縁も切れちゃったし、結局あの二人もそれが原因で喧嘩になって別れちゃったみたいで」


 それが、私のやらかしちゃった過去の全て。


 多分私は、無意識にそれを恐れていたんだと思う。本来なら円満な仲の二人を無神経に壊そうとしてしまうんじゃないかって。自分の軽率な善意のせいで、嫉妬と誤解を与えてしまうんじゃないかって。

「気を付けようって思ってるのに、結局みんなに迷惑かけちゃった。ヤマさんだけじゃなくて、喜衣乃きいのちゃんにも」

「だから考え過ぎだって。二人とも根に持つタイプじゃないし」

 ミッチーは元気づけるためかへらへらと笑っているけど、聞こえるか聞こえないくらいの声で「多分」と保険を付け足しているのがいかにもミッチーらしい。

 それからさっきのアメの袋を取り出して、中からイチゴ味のを取り出すと私に差し出した。

「元気出しなって。みんなあかりちゃんのこと好きなんだからちょっとくらいの迷惑くらいどうってことないよ。だから、一人で気負わなくてもいいからさ」

 あ、今度は「多分」って言わない。

「ありがと」

 イチゴ味を受け取ると、そのままポケットにしまう。

「とりあえず、どう言って謝るか考えてみる。あ、今の話は絶対内緒だからね、ミッチー」

「分かってるって。たとえ脅されても言わないから大丈夫」

 ミッチーが脅しに強いとは到底思えないけど、色々話したおかげで気持ちがすっきりした。

 そうだ。無理に頑張りすぎる必要なんてなかったんだ。そもそも先輩達とヤマさん達は違うんだし、私が間違えそうなことをしたらきっと誰かが止めてくれる。

 だから、私も昔にこだわってないで、成長しなきゃ。




 私とミッチーは下駄箱で靴を履きかえて外に出た。

 寒くはないんだけど、風が妙に強い。

 赤く染まった夕焼け空に浮かぶ奇妙な雲が、かなりの速さでどんどん流れていく。

「なんか変な天気だね。この時期ってこんなに風が強かったっけ?」

「さあ? あいにく僕は天気の事には詳しくないから」

 むしろ天気に詳しい男子高校生の方が珍しい気がするんだけど、と思ってたら、急にミッチーが前方を見つめたまま立ち止まった。

「ねえ、あかりちゃん、あれって」

 不思議そうにしているミッチーの視線の先を見やると、玄関前の花壇のところでそわそわと不審な動きをとっている背の高い男子生徒……いや、これどう見てもヤマさんだ。こんな所で一体何してるんだろう。

「声かけてみようか。おーい、ヤマさーん!」

 ミッチーの声に気付いたヤマさんが、引きつった表情でこちらを見る。

 どうやら緊急事態っぽい。ただ、普段の冷静さを考えるとなんで困っているのかは何となく察しちゃったけど、ティーナ関連で何かやらかしちゃったんだろうか。

「大変な事になった」

 ヤマさんは私たちにすがるような目でぼそりと呟いた。

「えっと、何が?」

「途中までひのとと一緒に帰ることになった」

「いや、それ只の自慢だろ!」

「向こうが誘ってきたんだ」

 ミッチーのツッコミはともかく、ティーナったら思い切った行動に出たなあ、と私は冷静に感心していた。

 もしかしたら告白という大きな壁をクリア(したかどうかはちょっと謎だけど)したことで、いろいろ吹っ切れて開き直っているのかもしれない。

「どうすればいいんだ」

「いや、どうするっていわれても」

 ミッチーが返答に困って私の方を見る。つられてヤマさんも私の方へ目線を向けた。

「へ? 私?」

「頼む、甲府こうふ。頼ってばかりで申し訳ないとは思っているが」

 確かにこのままヤマさんとティーナを二人きりにしたところで緊張しテンパって大変な事になるのは目に見えてるけど。

 ここはミッチーと一緒にヤマさんをサポートするか。ティーナもその方が安心するだろうし。


 いや、それじゃ意味がない。


 確かにうかつな行動で相手を傷つけたらどうしようとかさっき色々考えたけど、そもそも何でも気を回しすぎるのが一番よくないんじゃないの? 私。

 頼られるのは悪い気はしないけど、ここで私がすべき答えは、

「まあ、女の子苦手を克服すると思って、頑張れ!」

「なっ?」

 ヤマさんだけでなく、ミッチーも驚いた表情になる。

「まさか甲府、まだ怒っているのか? 心当たりはないが」

「ごめんね、それに関しては全面的に私が悪いんだから、ヤマさんは気にしなくても大丈夫だよ。でも、それとこれとは別」

「だ、だけどなあ」

「ティーナだって勇気出してるんだから、ヤマさんも頑張るのがスジってもんでしょ? 大丈夫、普段通りにしていればいいんだから」

 私はにっかり笑ってやると、そのままミッチーの手を掴んで走り出す。

「お、おい!」

「邪魔者は退散しまーす!」

 私とミッチーはそのまま走った。

 なんか全力で走るのも久しぶりだ。走りながら、足の上げ方とか呼吸の仕方は中学の部活で先輩に習ったんだという事を思い出していた。

 校門を抜けたところで、ミッチーがバテたので、ようやく手を放して足を止める。

「ゼェゼェ……あかりちゃん、マジ酷い」

「あはは、ごめん。でもミッチー、もうちょっと体力付けた方がいいと思うよ」

 ここから先は家が反対方向なので、このまま別れてもいいんだけど、バテてるミッチーを放っておくわけにもいかないので、回復するのを待った。

「ねえ、あかりちゃん。いきなり走ったのもそうだけど、なんでヤマさんに協力しなかったんだ?」

「え? そりゃ、いつまでも甘やかすのはよくないんじゃない?」

「いや、そうだけど、もしかしたらさって」

 言いにくそうに、目を泳がせながら口ごもるミッチー。でも、すぐに言いたいことは分かった。

「あ、さっきの『私が二人の間に入ることによって邪魔者になる』って話? それだったら違うよ」

「え? じゃあ」

「二人をくっつけなきゃ、とか邪魔しないようにしなきゃって言う気負ったおせっかいをやめようって思っただけ」

 よくよく考えたら、元々ヤマさんとティーナの問題に、私は何の関係性もない。ティーナの相談には乗ったけど、告白したのも帰りを誘ったのもティーナ自身が勇気を振り絞ってやったことだ。

 あの子は危なっかしいけど、なんだかんだで自分の力で頑張ろうとした。変わろうとした。

 なら、私が本当にやるべきことは、変なおせっかいじゃなくて信じることだ。

 どんなに距離が近しい人だって、新しい人間関係が増えたら、人は変わっていく。

 それで寂しい思いをするかもしれないけど、変わっていくことはどうしようもない。

 だから、私も変わらなきゃ。自分らしくなるために。

「ねーミッチー」

「ん?」

「私、自分らしい自分に変われるかな?」

「なんか哲学みたいでややこしそうだけど、そう思ったらいい方向に変われるんじゃないかな?」

「そっか、ならいいけど」

「あ、何ならあかりちゃんも彼氏作ったら? 僕とかお買い得だよ?」

「……それ、本心じゃないでしょ、もー」




第六章 甲府あかり編 ビタースイート・キューピッド 完

七章に続く

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