6-2 衝撃の告白と告白の衝撃

 時と場所も変わって放課後の美術室。

 とにもかくにも、ティーナからの頼まれごとは果たさなければ。私は作業しているふりをしながら、ヤマさんの方へ意識を集中していた。


 とはいえ、どう切り出そう。


 いきなり好きな人いる? って切り出すわけにもいかないし、ましてやティーナの名前を出すわけにもいかない。今、冷静に考えると、安請け合いにもほどがあったかも。

 などと考えていると、同じ二年生部員で副部長の道ノ倉みちのくら 橙也とうや・通称ミッチーが、ヤマさんに話しかけてきた。

「調子はどうよ?」

「見ての通りだ。もう少しで完成する」

 ヤマさんはいったん手を止めて、自分の作品を確認するように全体を眺め始めた。四つ足の生き物が唸っている像だ。

「犬?」

「狼だ」

「違いが分からないんだけど! てかヤマさん動物作るのもいいけど、たまには目の保養になるようなのも作ったらどうよ? たとえばすっげえセクシーなお姉さんとか」

 次の瞬間、ヤマさんが盛大な音を立ててずっこけた。

場にいた全員の視線が一気に集中する。

「ちょ、ヤマさん、なんでっ?」

「いや、何でもない。何でもないぞ?」

 ヤマさんは平静を装うとするけど、顔は引きつってるし、額から変な汗は出ているし、ミッチーへの返しが思いっきり疑問形になってるし、とにかく怪しい。

「今のは何だ?」

 隣の準備室から部長であるみやこ 喜衣乃きいのちゃんが飛び出してきた。

「いや、ヤマさんが転んだだけだから気にしないで」

「そうか? ならいいが」

 首をかしげながら準備室へ戻る喜衣乃ちゃん。完全に引っ込んだのを見届けてから、男子二人はほっと溜息をついた。

「ところであかりちゃん」

「なに? って、私?」

 いきなりこっちに話が飛んできて、思わずミッチーを警戒してしまう。

「さっきから僕らの方をガン見しているように見えるんだけど、気のせいかな?」

「うえっ?」

 しまった。ティーナからの頼まれごとをどうするか考え過ぎて不審がられてしまった。

「ひょっとして僕に惚れ」

「それはないから」

「バッサリ切るの早っ!」

 ミッチーは間違いなく冗談で言ってるんだろうけど、正直この手の冗談って人によっては切り返しが苦手というのも多いんだよね。

「文化祭近いからって浮かれすぎだぞ、道ノ倉」

 ヤマさんがため息をつきながら言い捨てる。

「何だよー。もうちょいノッてくれてもいいじゃん。相変わらずお堅いというか、ここまで行くと堅物もいいところだよ。」

「ま、まあまあ。ヤマさんはそういう性格じゃないから」

 と、私がフォローしようとした途端、ミッチーが次に鋭すぎる発言を放った。


「てかヤマさんって色恋話あんまりしないけど、好きな子いるの?」


 ミッチー、あんた天才か! 私が聞きたくて聞けない質問を何の意図もなくあっさりと! ものすごくありがたいんだけど!

「ば、ばばばば馬鹿野郎っ!」

 一瞬、間をおいてからヤマさんが顔を引きつらせながら勢いよく立ちあがった。立ち上がった拍子に椅子が派手な音を立ててひっくり返った。

「今度は何だ」

 再び喜衣乃ちゃんが顔を出す。

「いや、ヤマさんが転んだだけだから」

 喜衣乃ちゃんはヤマさんの方をじっと見ると、やがて憐れむような表情で一息ついた。

山県やまがた。調子が悪かったら休んでもいいんだぞ?」

「いや、何でもない! 本当に何でもないぞ!」

「ならいいが?」

 首をかしげながら再び引っ込む喜衣乃ちゃん。深入りしてほしくないという事を悟ってくれたのかもしれない。ヤマさんとしてはありがたいんだろうけど。

「てか、ヤマさんキョドり過ぎ」

「きょ、きょどってない。これはだな」

「で、質問の答えは?」

 ミッチーが意地悪な笑みをうかべる。

「好きな子いるの? いないの?」

 その言葉に再び顔を引きつらせるヤマさん。我に返って反論するまでに五,六秒かかった。

「い、いいいいるわけないだろう」

 当然そんなあからさま過ぎる返答が通じるはずがなく、ミッチーはげらげらと笑いだした。

「えー? 本当かなー?」

「事実だ。そう言ってるだろ」

「僕の知ってる子? 美術部の誰か?」

「だから違う」

「じゃあクラスの誰か?」

「人の話を聞く気あるのかお前はぁ!」

 ついに苛立ちがピークに達し、ヤマさんが大声で怒鳴る。

「大体さっきから何なんだ! 人の話を聞かずに勝手に都合のいい解釈して! ふざけるのも大概に」

「いい加減静かにしろ!」

 ヤマさんの怒鳴り声に被さるように、凛とした声が響いた。

 反射的にそっちを見ると、喜衣乃ちゃんが仁王立ちで、そして怒りの形相でこちらを見ていた。場にいた全員の顔から一気に血の気が引く。

「さっきから私語が多すぎる! ただでさえうちの部は周りから軽く見られてるんだから部活くらい真面目にやれ!」

「いや、軽く見られてるのは大体大将のせいなんじゃ」

「言い訳無用! お前ら三人罰としてグランド走ってこい!」

「何その体育会系脳!」

 普段から体育会系を大嫌いと主張するミッチーが悲鳴を上げる。あれ、というか、今喜衣乃ちゃん、「お前ら三人」って言わなかった?

「ま、まさかそれ私も入ってるの?」

「当たり前だ。こう言うのはけじめが大事だからな。それに傍観しているのもらしくないな、あかり」

「う、うええ」

 いや、ヤマさんの好きな人がいるかどうかが気になって止めなかったのは事実だけど。事実だけども。

「安心しろ。不服なら私も部長責任で一緒に走ってやる」

「……それ、単に喜衣乃ちゃんが走りたいだけじゃないよね?」




 結局ティーナの頼まれごとはほとんど達成できないまま、その日は終わってしまった。

 ヤマさんの言葉を素直に信じるのなら、少なくとも今のところ誰とも付き合ってもいなければ、好きな人も特にいない。

 だけど、ヤマさんのオーバー過ぎるにも程があるリアクションは何なのだろう。普段ならミッチーのからかいなど適当にスルーしているのに、どうしてあの時に限ってあんな反応だったんだろう。どうにもそこが気になってしょうがない。というか、あんなに取り乱したヤマさんを初めて見た。

「……というわけだったの」

 翌朝一番に、ティーナにはありのままの出来事を全て話した。あんまり役に立てなくてごめんと付け加えながら。

 私の話を聞き終えたティーナはしばらく考え込んでいたけれど、やがて何かを決心したかのように顔を上げた。

「……私、頑張って告白してみる」

「え?」

「勝算あまりなさそうだけど、本当にフリーだったらチャンス、かもしれないし。それに、山県君に好きな人がいるなら、ほら、きちんと確かめたいし」

 ティーナ、まさかそこで思い切るなんて。

 よくある「恋する乙女は無敵」というフレーズがあるけど(あるよね?)正にそれ。ただ、めちゃくちゃ声が緊張で震えてる。

「ティーナ。本当に、大丈夫なの?」

「う、うん」

 ヤマさんの反応はすごく気になるけど、こう言っちゃってる以上ティーナを止める理由もない。ダメだった時は本当に責任とれないけど。

「という事であかり、今からいってくる!」

「え。今から?」

「うん。今から。私の勇気が切れる前に言わなきゃダメな気がするから」

 言うや否や、ティーナはヤマさんの席にまっしぐらに特攻した。席で小説を読んでいたヤマさんが不思議そうに顔を上げる。

「山県君!」

「な、何だ?」

「話があるからついてきてほしいの! ここじゃちょっと話せないの!」

 そう言ってティーナはヤマさんの腕を強引につかむ。

 これ、絶対テンパって暴走している気がするんだけど、止めるべき? いや、ここで止めたら告白の邪魔にしかならないし!

 ハラハラと見守る中、ようやくティーナがヤマさんを教室の外へ連れ出すことに成功する。ヤマさんが抵抗しなかったのが幸いだった。

 それから待っている間、ものすごく長く感じた。

 HRのチャイムが鳴る直前になってようやく放心状態のティーナが戻ってくる。

 だけど、ヤマさんはいつまでたっても戻ってこなかった。




「ちょ、ティーナ。その、大丈夫?」

 いつもの倍くらい長く感じた一時限目の授業が終わってから、私はティーナの元へ真っ先に駆け寄った。本人はまだ放心状態で、心ここに非ずのままだった。この様子じゃ、授業も上の空だったと思う。

「おーい、ティーナ?」

 私はティーナの目の前に手をかざすと上下に振って見せた。

「あ、あかり」

 やっと反応した。なんだか今にも泣きだしそうなくらい、危なっかしい表情。

「あのね、ちゃんと告白した」

「え?」

「東階段の踊り場まで、山県君を連れて行って、ちゃんと告白した」

 声が可哀想なくらいに震えている。

「でも」

 そして急激に暗くなるトーン。そっか。この様子だと

「逃げてきちゃった」

「はい?」

「返事聞く前に逃げてきちゃったのっ!」

 軽く目眩がしてきた。どうやらティーナはヤマさんを連れ出して二人きりになったところで告白したのはいいけど、あまりの緊張に耐えられず、パニックになって逃げてきたらしい。

「どうしよう、あかり! どうしよう!」

 涙目でどうしようと言われても。ある意味その場でフラれるより心臓に悪い事になっちゃってるし。

 そして一番謎なのは、ヤマさんが未だ教室に戻って来てないという事だ。あの人の性格上、授業をサボるなんてありえないのに。

「おーい、甲府こうふ

 不意に私を呼ぶ声がしたので、仕方なく考えるのをやめて、そちらに顔を向ける。

「今さっきB組に行ったら、大将が渡してほしいってさ。これ、部活のノートじゃね?」

「喜衣乃ちゃんが?」

 渡されたノートを見ると、確かにこれは美術部専用の日誌だった。定期的に個々の活動内容を書く決まりになっている。

「あれ?」

 ノートがやけに固いと思ったら、下敷きが挟まったままだった。ご丁寧に『二年B組 都 喜衣乃』と名前が書かれている。

 ああ、喜衣乃ちゃんうっかり下敷き挟んだまま回しちゃったか。見たところ普段から使っていそうなものっぽいし、下敷きなしでノート取ったりするのは嫌だろうから(少なくとも私にとってはすごく耐えられない)返しに行かなきゃ。

「ごめんね、ティーナ。ちょっと席外すわ。……その、まだダメだって決まったわけじゃないから、はやく元気出してね?」




 私は急いで階下にある喜衣乃ちゃんのクラスに行き、下敷きを返した。そして急いでティーナの元へ戻ろうとして、ふと足を止めた。

 そう言えば告白した場所って東階段だって言ってたっけ。

 この校舎には私たちが普段使っている西階段と、全くと言っていいほど使われていない東階段がある。

 多分ありえないと思うけど、最後にヤマさんがいたこの場所に失踪の手がかりがあったりして?

 まあ、やっぱりありえないよね、と思いつつ、一応様子を見てみようと東階段の方へ向かい、そのまま階段を上る。

 そして踊り場に出て方向転換した途端、私は思わず小さく悲鳴を上げた。

「ちょ、なんでっ!?」

 なんと、踊り場の隅っこに、ヤマさんが体操座りでうずくまっていた。

「甲府か」

 まるで錆びついたロボットのようにぎこちない動作で顔を上げるヤマさん。その姿は異様過ぎて正直怖い。

「というか、すっごく顔色悪いんだけど、大丈夫?」

「あ、ああ、命に別状はない」

「そんな大げさな事は心配してないよっ?」

 ダメだ、このヤマさんなんかおかしい。いや、おかしいって言ったら失礼だけど。

「……一体何があったの?」

 返事がない。

 だけど沈黙に耐えられなくなったのか、観念したかのように話し始めた。

「さっき、ひのとに呼び出されて、連れてこられた」

「あ、ごめんヤマさん。その辺の事情は知ってるんだ。告白されたんでしょ、ティーナに」

「なんだと!?」

 ヤマさんが顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。

「それでどうするの? ティーナったら告白の返事もらう前に逃げちゃったんだけど、あの様子じゃヤマさんの方から何か言った方がいいかもね」

「何かしらって、俺はどうしたらいいんだ」

 こればっかりは当人同士の問題なので、私にはどうすることもできない。

「だだだだいたい、その、女子にこ、告白されること自体初めてなんだぞ、俺は。それも好き以前に今まで喋った事すらない相手に。それに」

「それに?」

 そこでヤマさんが再び黙り込んだ。黙り込んだ上にふさぎ込みはじめた。

 なんかものすごくティーナに残念な知らせを届ける羽目になるんじゃないかと思って、体中から嫌な汗が噴き出すような感覚に襲われた。

 だってこのパターンだと「他に好きな人がいる」というのがものすごく濃厚なんだけど。

「…………だ」

「え? なんか言った?」

 十秒くらい無反応の状態が続き、ようやくまたヤマさんが顔を上げた。もう人前には出せないくらい酷い顔つきになっていた。


「女子と喋るのが壊滅的に苦手なんだ、俺は!」


 今度はこっちが言葉を詰まらせて沈黙する番だった。

ようやく出た言葉が「は?」だったもん。

「誤解するな。俺は女嫌いでも女性差別主義者でもない。ただ、その、会話というかコミュニケーションというか」

 この後のセリフはもうちょっと続いたんだけど、テンパって舌が回っていないため、まともに聞き取れたのはここまで。でも言いたいことは分かった。


 つまり、ヤマさんは異性の前だと極度に緊張してしまう上に、色恋話が全くダメという事である。


「って、私や喜衣乃ちゃんとは普通にしゃべてるじゃん!」

「お前ら二人は部活でよく顔合わすし、そもそも中学校も一緒だったろ!」

「……つまり免疫が付いた、と」

 なんか頭がクラクラしてきた。

「あれ? 今「二人」って言ったよね? あおいちゃんと沙輝さきちゃんは?」

「最近は目線さえ合わせなければ普通に喋れるくらいにはなった」

 ……つまり、目線逸らした状態で会話できるまでに半年くらいかかった、と。

 更に頭がクラクラしてきた。

「……ヤマさんって何事にも動じなさそうな人だと思ってた」

「何事にも動じない人間などこの世にいない」

「そうだけど、いばって言う事じゃないよ、それ」

 けどどうしよう。ヤマさん理論だと、ヤマさんがまともにティーナに話しかけられるようになるまで今から最低半年くらいかかるという事になる。同じクラスとは言え、お互い今の今まで会話がなかったんだから他人同然だし。これじゃ、ティーナの恋を成就させるのは難しいかもしれない。

「で、でもヤマさん、それだと今は別に好きな人がいるってわけじゃないんだよね?」

「い、いるいない以前に無理なんだ! 本当に!」

 ヤマさんが声を荒げた。

 そして勢いよく立ちあがったと思うと、フラフラしながら逃げるように上り階段に足をかけた途端、動きが止まった。

 何事かと思ってヤマさんの視線の先を追ってみると、

「二人とも、何してるの?」

 階段の上から、ティーナが泣きそうな顔でこちらを見下ろしていた。

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