ストーカーズ・リポート

◎◯

第1話

【20XX年6月15日 午前10時 スコットランド オールドアバディーン 聖マーカー大聖堂】


「お待ちしておりました。こちらです、ミス・アカツキ」


 大聖堂の中に入ると、若い警官が私を出迎えた。彼が私を『現場』まで先導してくれるという。彼のやや斜め後ろに並びながら後に続く。


「『怪異認定士』なんていうから、どんな胡散臭い奴が来るのかと思っていたら、まさかこんなに若い美人が来るなんて、いい意味で予想を裏切られました」


 ドナルドと名乗ったので地元民なのだろう。だが、覚悟していたよりはスコットランド訛りは強くなかった。聞けばロンドンの大学カレッジに通っていたという。私に配慮してくれた、と受け取っておく。


 中央の通路の両側にれい拝用のベンチが並ぶ。更にその外側には数多の柱。そして、極め付けは正面突き当たり。見事なステンドグラスが見える。思わず息を呑むほどに美しい。不信心者の私ですら神の存在を信じてしまいそうになるほどに。


「ここです。我々が現場検証中に『彼女』は忽然と姿を消しました」


 ドナルドはそう言って一つのベンチの前で足を止めた。確かに魔力の残滓が感じられる。


「ここに少女の『首』が?」


「はい。この写真を撮影中に消えてなくなりました」


 ドナルドがその写真をスマホで見せてきた。そこには赤毛の少女の生首が転がっていた。


『彼女』はまるで行儀よく仰向けで寝ているかのように顔の正面を天井に向けている。


「写真に撮っても?」


「もちろんです。どうぞ」


 私は遠慮なく自分のスマホで『彼女』の画像を撮影した。と、同時に私のスマホが鳴った。あまりのタイミングのよさに、思わず背筋がビクンと跳ねた。


 だが、深刻な事態が起きたわけではない。いや、深刻ではないと言ったら嘘になるか。それは日本からの電話だった。私は小さくため息を吐きながら電話に出た。はい、ミソラ。


「ミソラさん! 今、スコットランドにいるそうで」


「…………なぜお前がそれを知っている?」


「ワタクシがミソラさんの居場所を見失うことなど生涯有り得ません。どこにいらっしゃってもいつも見守っておりますから」


「やめろ、気色悪い」


 一つ年下の従姉弟いとこ--ツキカゲからだ。コイツのストーカー気質にはいい加減うんざりする。うんざりはするが……。


「まあ、ちょうどいい。今から送る写真を見てくれ。何か気づいたら直ぐに連絡をくれ」


「ミソラさんのためなら喜んで!」


 いちいち気色悪いがコイツは使える男だ。私は撮ったばかりの少女の画像を送り、通話を切った。が、直後に折り返し電話がきた。早すぎるだろ。


「ミソラさん。ワタクシの聞き間違いでなければ、先ほど『写真』とおっしゃいましたか?」


「ああ、それがどうかしたか?」


「……ほう。『動画』ではないのですね」


「お前は何を言っているんだ?」


 その時、電話の向こうからスコットランド訛りの強い英語が聴こえた。


「リンク」


 明らかにツキカゲの声ではなかった。もっと甲高い……そう、まるで少女のような声だった。


「なんだ?! どういうことだ!!」


 今度は耳元でドナルドの怒鳴り声を上げた。ドナルドは慌てた風に彼のスマホを私に見せてきた。


「ミス、アカツキ! 少女の写真が!!」


 それを見た私の背筋は凍りついた。


(少女が……いない?!)


 そこにはさっきまでいたはずの少女の姿はなかった。ただのベンチを写しただけの写真になっていた。イタズラ……か? いや!


 ドナルドが今ここでそんなくだらないことをするとは思えない。そしてそれは直ぐに証明された。私は慌てて自分のスマホの彼女の写真を見た。果たしてそこにはドナルドと同じくベンチのみで、彼女の姿は消えていた。


 

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