第4話 忍び寄る毒

 その事件はテレビで放映されていた。


『ご覧ください! 英雄『漆翅(うるし)』が麻薬組織の構成員を逮捕しました!』


 テレビの中では女性アナウンサーが興奮した声でニュースを読み上げる。


『租界都市伊岳市で問題になっていた麻薬密売ですが、漆翅によって麻薬組織が検挙されました!』


 アナウンサーの言葉で事件のあらましが伝えられる。


『宇宙先進国がもたらしたものは技術とアウルだけではありません。様々な先進的な仕組みや考え方、そして英雄です!』


 アナウンサーの声が熱くなっていく。


「これまでオカルト的に言われていた異能力者が現実に存在していたこともわかり、そういった方々を英雄として迎えることで、彼らは様々な分野で社会に貢献してくれるようになりました!」


 英雄とは不思議な異能力を持つ人々全般を指す。

 この世界では、そういった人々は、警察や軍隊で社会に貢献している。


 漆翅はそういった人達の一人なのだが、当然ながら英雄は敵対組織に狙われている。

 そのため、英雄は皆バディルと呼ばれる強化服に身を包んだ状態でしか、人々の前にしか現れない。


 VTRは漆翅が麻薬の売人を捕まえるところで終わり、スタジオに切り替わる。

 スタジオには数名居て、その中の一人の警察の広報担当の人にアナウンサーが話しかける。


「さて、山岡さん。これで一連の麻薬騒動は終わるんでしょうか?」

「ええとですね。ようやく尻尾を掴めたかなと言った感じだと思います」

「尻尾ですか?」

「ええ。まだまだ犯罪組織は多く潜伏しています。どうやら暴力団や半グレ集団などと連携しているようですね」


 苦々しい声で答える山岡。

 テロップには伊岳警察署広報担当 山岡という肩書が付いている。

 この時代は警察にも広報担当が必ずいて、外部へのロビー活動を行っている。

 テレビに出て細かい情報を流すのも彼らの担当である。


「宇宙には麻薬組織に限らず、良からぬ犯罪をしている組織は数多あります。そういった組織の一部が日本に潜伏したとの情報も入っております」

「もう入り込んでいるのですか? ?」

「宇宙に開かれたのは5年前ですが、その前から奴らは潜伏していたみたいですね」

「そんな前からですか! 一体どうやって?」

「簡単ですよ。宇宙船を持っていて航路さえ見つかれば、誰だってここに来れます。そして。何しろここは彼らにとって辺境の未開惑星ですから。言わば警察すら入ってこないような無人島みたいなもんです」


 辺境の未開惑星という言葉に微妙な顔になるアナウンサー。

 まあ、確かに他の宇宙先進国に開かれたばかりの地球はそうなるのだが、言われる側としては嫌なものである。

 広報担当の山岡は話を続ける。


「麻薬はどの地域に行っても売れます。恐らくこの地球に潜伏しながら、地球では知られていない麻薬を売っていたんでしょう。現地のお金も稼げて、優れた装備を持つ彼らは他の犯罪組織では太刀打ちできません。犯罪し放題だったのでしょう」


 現実世界の地球の如何なる歩兵装備でもバディルには太刀打ちできない。

 それは警察や他の犯罪組織では歯が立たない事を意味する。

 麻薬を売っても警察に捕まることも無く、他の犯罪組織に目を付けられても返り討ちに出来るのだ。

 裏社会を牛耳るのは想像に難くない。

 そうこうする内に時間がきたのか、ADから終了の合図が入るアナウンサー。


「なるほど。では今後とも頑張ってください! 応援しています!」

「ありがとうございます!」

「では最後に視聴者の皆様に一言お願いします!」

「はい! みなさん! 決して麻薬に手を出さないでください! 決して犯罪組織に屈する必要はありません! 我々が必ず捕まえます! そして皆さんを必ず救います!」


 テレビの中の警察の広報担当はそう叫んでいた。

 そのテレビを薄暗い部屋の中で一人の少女が観ていた。


「……………………………………」


 その少女は毛布を被り、その表情はうかがい知れない。

 ただ、薄暗い部屋の中でテレビをぼうっと見ている。

 ちらりと後ろの方を見てみる少女。


 そこには

 

 それを無感動な目で見て少女はぽつりと呟く。


「遅いよ」


 少女の言葉は誰の耳にも届かなかった。


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