第2話 ルシオン

 父さんと母さんの本には、金色に輝く月の写真が山ほどあった。空というものがどんなに大きいものか、月の輝きというものがどれほど透き通ったものか、ずっと想像を膨らませていた。

 地下の街にも昼と夜はある。昼には昼の眩しい明かりが灯り、夜には夜の仄かな明かりが灯る。地上の昼が明るいように、地下の昼も明るい。地上の夜が暗いように、地下の夜も暗い。

 夜の明かりが灯る暗い街をふらふら歩く。住宅街の静かな明かりと違って繁華街の明かりは賑やかだった。夜、子供は子供だけで外を出歩いてはならない。歩いているのは大人だけだった。

 地下から地上への出入り口。それは、コンクリートの柱の中に隠された螺旋階段のことだった。繁華街の中央の、広大な交差点の真ん中に高く聳え、地下街の天井を貫いている。

 きらきら輝く繁華街を迷いなく進み、コンクリートの柱の前に立っている一人の警備兵に近付く。彼は学生服姿の僕を見ると、眉を顰めた。

「何だ、また君か」

 精悍な顔立ちをした警備兵が、呆れた声を出す。この人と会うのは二度目だった。

「あんまり頻繁に出歩くようなら補導するぞ」

 僕の孤独を見抜いているのか、鋭い視線ながら、どこか柔らかな口調だった。

 ――あの、警備兵さん、あなたは地上に行ったことがありますか。

 そう訊ねると、「月に一度防護服を着て巡回をする。それがどうした?」

 本物の月を見たことがありますか、と重ねて訊ねると、ない、と即答した。奇月の毒霧に遮られて、何も見えないとのことだった。

 僕は本物の月を見てみたいんです。そう訴えると、「残念だが、この島にいる限り、本物の月は見られない」と答えた。

 彼は仕切り直すように腰に手を当て、僕を見下ろした。

「お前、名前は何て言う? 学生名があるだろう」

 エトラと、僕は答えた。恐る恐る警備兵の名前も訊ねると、彼は二秒の沈黙の後、答えた。

「ルシオン。仕事名だ」

 彼は腰から小さな手帳を取り出して何か書き付けていた。夜に出歩く困った不良少年がいることでも、メモしていたのかもしれない。

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