悪役令嬢は授業を受ける。

「絵梨だけど、中身はエリザベス。」



 なんだかもうずいぶん聞き慣れた気がする雑な紹介の仕方をされながら、エリザベスは何度目かの自己紹介をする。いつものようにカーテシーをしたエリザベスが顔を上げると、先ほどの健太郎と同じように目を見開いた絵梨の親友、美知がエリザベスをじっと見ていた。



「JK異世界転生って言ったっけ?見た、見た。あれでしょ?ツンデレエリザベス。」


「さすが美知先輩!わかってるぅ。」



 友梨が指を突き出して、美知の肩をつつく。美知が「ふふん」と得意げに笑った。



「絵梨の席は、ここね。」



 同じ制服を着た生徒達で溢れる教室。紹介された美知に案内されて、エリザベスは席についた。ひとりひとりにあてがわれた机。雑多なものに覆われて、向こうの世界の教室とは全く雰囲気が違う。思わずキョロキョロしてしまうエリザベスに、友梨は「じゃあ、また放課後迎えに来るから。」と言って手を振り、背中を向けた。



「あ、友梨様。あの、ありがとうございました。」



 慌ててお礼を言ったエリザベスの方を振り返った友梨は、「ほら、敬語!気を付けてね!」と言って手を振ると、教室を出て行ってしまった。友梨と離れ離れになってしまうことは不安ではあったが、まわりにいる同級生たちは誰も帯剣している様子は無い。それならば、危害を加えられることは無いだろうと心を落ち着ける。どんな状況でも堂々とした姿を見せること、エリザベスが口酸っぱく教えられてきたことだ。



「しかし、絵梨もいよいよ転生するとはね。」



 どうやら前の席らしい美知が、後ろに座るエリザベスの方に身体を向けて、呆れたように笑った。「中身が変わっただけのようなので、正しくは転生ではないと、友梨様が…」とエリザベスが言うと、「そんなん似たようなもんじゃん⁉」と言って、美知は苦笑した。



(こちらの世界の人達は、嘘の笑顔を張り付ける貴族の世界とは全く違って、皆表情が豊かだわ…。)



 作られていない笑顔、裏の無い言葉。それらにひどく力が抜ける自分がいることに、エリザベスは気が付いていた。美知の苦笑につられるように、エリザベスが思わずといったように微笑むと、「ほんとに、あのエリザベス?」と美知は首を傾げた。



「なんだか、片肘張る必要が無いようなので、少し気が抜けているようです。」



 エリザベスが素直にその本心を明かすと、「ふぅうん?」と、わかったような、それでいてわかっていないような、そんな美知の反応に、エリザベスはふふっと思わず声を出して笑った。



 (相手に壁があるから、こちらも壁を作る。相手が心を隠すから、こちらも本音を隠す。逆もまた然り、ね。)



「エリたんのツンデレ、好きなんだけどなぁ。」



 美知がつまらなそうに呟くと、「私は、ツンデレなどではございません。」とエリザベスが顔をツンとそっぽを向いた。そんなエリザベスを見て、「ツンデレの人は自分がツンデレだ!なんて言わないよ!」と美知が笑った。



 チャイムの音と共に、教師が教室に入ってきた。「席につけー!」という男性の教師と、がやがやと賑やかなまま席に戻っていく生徒達。

 向こうの世界では貴族ばかりだったため、教師が生徒に命令することはほとんど無い。チャイムが鳴る前に席についていることも、当たり前のことだった。

 あまりにも違った雰囲気に、エリザベスは驚きを隠せずにいたが、「おい、早くしろよぉ。」と、いつものことだと言わんばかりに注意する教師の様子に、思わず笑ってしまった。



「なんだ、佐伯。なんか、楽しいことでもあったか?」



 そんなエリザベスに気が付いた教師が、急に話しかけて来て、不測の事態にエリザベスは目を見開いて固まってしまった。まさか、話しかけられるとは全く思ってもいなかったのだ。



「先生。絵梨、今、憑依中なんで。」



 エリザベスが何かを答える前に、前の席の美知が手を挙げて言った。「なんだ、またか。」と教師が苦笑する。まだがやがやと落ち着きのない生徒達も、数名が笑ったようだった。



「あの、美知様。そんな正直に言ってしまって、絵梨様にご迷惑がかかってしまったりいたしませんか?」



 背中からそっと声をかければ、美知が振り返り「だいじょぶ、だいじょぶ。ほら、どうせ絵梨だから。」とコソッと言って、ニッと笑った。





 ――――――――――



 1時間目は、国語の授業だった。授業自体は読むことばかりで、全く問題は無かったのだが、どうやら書き取りができないらしいことにエリザベスは気が付いた。全く違う文字なのだ。読めるが、書けない。ノートに黒板のものを書きうつすらしいのだが、エリザベスは仕方なく、自分の国の言葉でノートに書き写した。



「うっわ。それ、なんて書いてあんの。いや、英語か? んんん?」



 美知が振り返って、エリザベスのノートを覗く。確かに、エリザベスの世界の言葉は少し英語に似ている気がした。「あの小説を書いたのは日本人だし、もしかしたら、英語をイメージしたのかもしれないね。」と、美知は言った。

 英語の教科書を引っ張り出して読んでみれば、確かに読めるし、書けそうだ。嬉しくなって、休み時間の間その教科書を眺めていたら、「言っておくけど、絵梨の英語はカスだから、なんか勉強してる風なの、やめたげて。」と、美知が困った顔をした。



 2時間目は数学だった。それはエリザベスにとって、信じられないほどに難しいものだった。これが、平民全てに与えられる教育なのかと驚きを隠せず、授業の内容は全く理解できないまま終わってしまった。

 黒板に書かれた記号だらけの数式というものを、とにかくそのまま絵を描くようにノートに写す。その作業は、意味の分からない魔法陣を描かされているかのようだ。チャイムの音共に、やっとの思いで書き写した黒板の文字が、あっという間に消されていくのを、恨めし気に見ていたエリザベスに、「次はもっと魔法陣だよ。」と言って美知が笑った。



 3時間目の生物で教わったのは、————化学式という、もっと不可解なものだった。


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