悪役令嬢は家族会議に参加する。

「というわけで、家族会議を行います。」



 夕食を終えた後、お風呂を出てから再び友梨の家族と絵里の4人がテーブルを囲んで座った。


 エリザベスにとって、異世界のお風呂は衝撃だった。その狭さに驚いたのも束の間、お湯がすぐに出ることに唖然とした。「ひとりでできる?」と友梨に心配そうに聞かれたが、シャワーというのがかなり便利で、絵梨の髪はそれほど長く無かったお陰で全てひとりでできた。


 気持ちの良いシャワーを堪能しながら、鏡に映る自分を見る。



(まさか、同じ歳だったなんて。)



 艷やかな、肩までしかない黒髪。驚くほどな身体。

 2つ歳下だという友梨を少年と思い込んでしまった理由は、このスタイルにもあるだろうと思いながら、エリザベスは少し曇り気味な鏡をそっと擦った。


 髪を洗うシャンプーもコンディショナーも良い香りだったし、体を洗うための石鹸は、泡となって出て来るし、風呂は驚くことばかりだった。

 エリザベスにとって、それは初めて魔法を理解した時の感動に似ていた。あまりに興奮して、裸のまま風呂場を出て友梨に声をかけそうになったのは内緒だ。風呂を出てから興奮したように友梨に話せば、友梨は苦笑しながら、そんな「魔法のようなこと」が、ここの世界ではどこの家でも当たり前に享受できることだと教えてくれた。



「ツルペタだったっしょ?」



 風呂上がり、友梨にそう言われ、意味がわからず首を傾げたエリザベスの返答を待たずに、「友梨ちゃんだって、変わらないでしょう。」と母親がケラケラと笑った。「まあ、遺伝ですからね。」と友梨が母親に目線を向けると、母親が「はいはい、すみませんねぇ。」と怒ったように言った。

 どうやら、この家族はみな「ツルペタ」というものらしいと、エリザベスは新しい言葉を憶えた。意味は…なんとなく理解した。


 足を出すのが恥ずかしいというエリザベスのために、長いズボンの寝衣を出してくれて、今はそれを履いている。ズボンを履くなど、乗馬や剣術の練習以外では初めての経験だったが、薄い生地にも関わらず、それは案外着心地の良いものだった。



「それでは、明日以降のエリたんの学校についてどうするか、話し合いたいと思います。」



 友梨の一言で始まった家族会議は、エリザベスの学校についてだ。エリザベスも向こうの世界では、貴族が通う学園に当然の如く通っていた。エリザベスがこちらにやってきた時は、まさにその卒業パーティーの最中であった。



「エリザベスさんと絵梨が入れ替わっているのはわかったけれど、いつか絵梨は戻ってくるのよね?」



 未だ夢見心地のエリザベスは、この状況をしっかりと受け入れているそんな母親の言葉に驚きつつ、「戻る」という言葉に思わずビクリとする。もしかして、このまま帰れないなんてこともあるのだろうか。



(帰ったところで、自分の居場所があるとは思えないけれど…。)



「さっき、『JK転生』の外伝を読み直してみたんだけど、それの終わりが皇太子とマーガレットの結婚式だから、きっとその時に帰って来るんじゃないかなと思ってる。」



 友梨の発した『皇太子とマーガレットの結婚』という言葉に、エリザベスの中でズクリと何かが鈍く響いた。自分が生きていた世界の小説を読ませてもらって理解したつもりでいたが、どこかでまだ未練でもあるのかもしれない。

 表情を表に出さないことに慣れているつもりでいたが、そんな心情を汲み取ったのか、友梨はとても心配そうにエリザベスを見て、そっと笑いかけてくれた。



「エリたんは、何も悪くないよ。エリたんは皇太子妃になるためにとても頑張ったし、マーガレットに対してもあの世界の常識を教えてあげただけなんだから。自分の元婚約者と妹の結婚なんて、嫌な気持ちになっても良いんだよ。」



 友梨の優しい言葉に、エリザベスはぐっと喉が詰まる。涙が出そうになって目を瞑れば、「ぐすっぐすっ」とひどく鼻をすするような声がして、エリザベスは思わず涙の溜まったままの目を開けた。



「エリたんはツンデレなだけで、悪いのは全部皇太子なんだからぁ。———って、お姉ちゃんがここにいたら大泣きしただろうね。」



 それは、友梨の泣き真似だった。エリザベスは、思わず笑ってしまいそうになったが、友梨の隣にいるお父さんが、まさか本当にぐずぐずと泣きそうになっていた。

 え?と思わず引き気味のエリザベス。


「父さん、通勤中にあの本読んだもんね。」という友梨の言葉に、「うんうん」と頷きながら、父親はティッシュを探し、「エリたんは、何も悪くない。何も悪くないよ。」と言いながら、びぶぶぶーっと思い切り鼻をかんだ。

 そんな父親を見る母親の顔は、呆れるを通り越してひどく蔑んだ表情だ。



「エリザベスさんがこっちに来たのが婚約破棄のときなら、結婚式までは少し時間があるわよね。てことは、絵梨が戻るのには時間がかかるかもしれないってことね。」



 母親は、顎に手を当てて言った。エリザベスの中で絵梨がしばらく帰ってこない可能性があることに「申し訳ない」という気持ちと、「なんでこんなことに…」という気持ちがわきあがる。


 しかし、母親の論点はそこではなかったらしい。


「じゃあ申し訳ないけど、エリザベスさんには学校に行ってほしいの。皆勤賞だけが、絵梨の自慢だったから。」と、情けないこととでも言うように、母親が言った。



「だよねぇ。お姉ちゃんの自慢、それしかないもんねぇ。そしたら、健太郎に協力してもらおうか。今同じクラスだし。」


「美知ちゃんにも、連絡した方がいいかしら。連絡先わかる?」


「わかるよ。同じ部活だもん。」



 友梨は、何やら四角い板のようなものを取り出して、その表面を擦る。聞き慣れない名前ではあったが、どうやら絵梨の友人であろうことはわかった。見も知らぬ自分の面倒を、なんの見返りもなくみてくれるものだろうかとエリザベスは不安になるが、なんらかの貸しが既にあるのかもしれない。それを、今使わせてしまうことは、非常に心苦しいことではあったが。



「あの、ご迷惑ではありませんか。どのようにすれば良いか教えていただければ、私は目立たないよう、静かにしておりますから。」とエリザベスが言えば、「絵梨が静かにしていれば、かえって目立っちゃうんだよね。」と、友梨が肩を竦めて言った。



「まあ、あの性格だから、急にお嬢様風になっても、みんな『またか』でどうにかなるよ。」



 お風呂あがりだからと再びビールを飲んでいる父親は、先ほどまでの涙目が嘘のように真っ赤な顔で笑って言った。一瞬呆れたような表情をしていた友梨と母親も、一理あると言わんばかりに頷いている。



(絵梨とは、一体どんな人物なのかしら。)



 エリザベスは、入れ替わった向こう側の自分が少し不安になった。絵梨が入ったエリザベスは、入れ替わった瞬間に婚約破棄されているはずだ。絵梨は、そこで何を思うのだろう。———そんなことを考えながら、皇太子の本性を知ってしまった今となっては、婚約破棄も仕方の無かったことなのかもしれないと、エリザベスは思った。


「では。」と、4人で食卓を囲みながら、中身が入れ替わってしまっている(本当に入れ替わったかどうかは、確認できないけれど。)状況で起こりうる問題点を出し合った。学校までの道程は友梨がいるから良いけれど、学年が違うため教室は違う。



「クラスに誰か事情を知る人がいれば、安心だよね。」



 友梨はそう言いながら、手元にある板を再び擦る。そうこうしている内に、絵梨と友梨にとっての幼馴染である健太郎と、絵梨の友人である美知と連絡がとれたと友梨が言った。

 距離のある人と会話をする念話は、奇跡に近い魔法だ。呆然と友梨の持つ板を見れば、「現代版魔法の杖みたいなものかな。」と言ってそれを持ちあげてみせた。



「エリたんも、学校に行くときはスマホ持って行ってね。」



 友梨の言葉に、「暗証番号とか、わかるの?」と母親がそれを覗き込む。友梨は全く気にした様子もなく、「お姉ちゃんの番号なんて、昔から誕生日に決まってる。」と言った。


 途中、友梨の母親がお茶を淹れてくれた。それは、ティーパックと言われるとても簡易なもので、それなのに香りも味もとても良かった。夜だからとミルクを足してくれ、向こうの世界では貴重な砂糖も入れてくれたことが、エリザベスにはとても驚きだった。


 明日からどうするかの話し合いを終えると、先ほどまでいた絵梨の部屋へと案内された。小さいが柔らかな布団の上に寝そべると、その日は疲れていたのか、眠り慣れないはずの部屋で、エリザベスはあっという間に眠ってしまった。





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