悪役令嬢は幸せになる。
ラウルとの婚約が正式に決まってから、あれよあれよと結婚式の準備が進んでいく。忙しい中で、それでも定期的に会いに来てくれるラウルと、エリザベスはとても優しい時間を過ごしていた。
相変わらず、フードを目深に被ってやってくるラウルだったが、エリザベスの前では気にせずその黒髪を晒すようになった。エリザベスはエリザベスで、ふとした時にその髪に手を伸ばし、サラサラな指通りを楽しませてもらっている。その度に、驚いた顔をしていたラウルも、今ではもう慣れて、お返しにとエリザベスのプラチナブロンドの髪を手にとって、そっと口づけるほどの余裕もできた。
「夢を見ていたのです。」
卒業パーティーでエリザベスが婚約破棄されてから、どうやら人間が変わってしまったらしいと社交界では話題になっていた。醜聞として受け取ったヴァリエール公爵は、そんなエリザベスを家に閉じ込めたが、エリザベスはそんな中でも幸せそうに過ごしていたらしい。
エリザベスが向こうに行っている間に、マーガレットと和解をし、姉妹としての時間を取り戻すように二人だけの時間を過ごしていたことは、絵梨のメモにも書かれていた。
「夢の中の世界では、魔法のような技術に溢れていて、誰もがそれを学び、誰もがそれを享受できました。」
こちらの世界の魔術も、その仕組みを皆が理解できれば、それに対する恐怖心も薄くなり、その利用に意味を見出せるようになれば、その内差別も無くなるのではないか。———そんなエリザベスの意見に、ラウルが目を見開く。
「王家がそれを独占しているから、こういった状況になるのです。せっかく妹が皇太子妃になるのだから、思う存分利用させていただきますわ。」
そう言って、エリザベスは悪役令嬢のように笑った。
「それに、ラウル様に許していただけるのなら、あともうひとつ、やりたいことがあるのです。」
おずおずと、エリザベスが打ち明ける。その内容は、ラウルにとっても、おそらくこの世界でも思いがけない内容だった。
エリザベスが言うには、望まれずに生まれた子供たちが溢れ、少ない運営費に食事もままならないという孤児院の環境改善だという。
ラウルはあまり話したがらなかったが、彼もそんな世界で子供時代を過ごして来たのだ。彼から聞いたその世界は、決して甘いものでは無かった。
「そんなあなたの婚約者だからこそ、やらなければならないことなのです。協力していただけませんか?」
エリザベスはそう言って、その改革に着手するための協力を彼に願った。そして、できればその活動を、皇太子妃の主導で、貴族女性を中心に広げていきたいと考えていた。
ある日、ラウルと共に皇太子夫婦の元を訪れたエリザベスは、城の一室に通された。久々に見た皇太子の笑顔が相変わらず嘘くさいことに、エリザベスは内心げんなりしながら、———まあ、マーガレットが幸せなら、何でも良いのですけど。———という何とも不敬なことを考えていたのだが。
そんな考えを見透かしたように、隣でラウルが笑った。
「で、孤児院についてだったか。」
「はい。」
孤児院の問題は、国の財政を逼迫させるほどの問題では無かったが、孤児院を出た子供たちの犯罪率の高さや、その周辺の治安の悪さは大きな問題点になっていた。
「やらなければならないことは、施しではなく、教育です。」
エリザベスは、皇太子の目をまっすぐに見て訴えた。
「女性の発言としては、いささかはしたなく感じるとは思いますが、ご容赦くださいませ。」
そんな前置きをして、エリザベスは話始めた。
まずは、望まれないで生まれてくる子供を減らすために、娼館の妓女たちに避妊の仕方を教えること。お店側も、それに配慮して経営するように通達を出し、違反した時には罰則も与えるようにと付け足した。
そして、孤児院の子供たちに教育を施し、孤児院を出た後に仕事に就きやすいようにすること。手に職をつけさせれば、生活に困って犯罪に手を染めることも無くなるだろう。
「知らないままでは、何も変われません。」
向こうの世界の学校とまではいかなくても、男女問わずに教えることに意味があるのだとエリザベスは訴えて、その場はそれで終わったのだが。
平民でも通える学校が各地に創設され、様々な分野の教育機関も増え、国民の生活水準が大きく向上したのは、ヤンデレ皇太子が国王になった頃の話である。
そして、それを提言したエリザベスは、その功績を称えられ、教育機関を統べる初の国の機関の長として、女性初の文官となった。
何度も話した向こうの世界でのことも、何ともない普段のことも、初の女性文官ということで理解者の少ない仕事のことも、ラウルはいつだって馬鹿にすることなく聞いてくれる。
これからの世界をより良くするには、魔法と教育が不可欠だ。だからこそ、魔力保持者への差別は早急に解消すべきだとエリザベスが訴えると、目の前でゆっくりとお茶を飲んでいるラウルは優しく笑った。
久々にお互いの休日が重なり、ゆっくりとした甘い時間を過ごしていたはずだったのに、気が付けば前日行われたお茶会でラウルのことを闇色と言われたことに憤ったエリザベスの愚痴大会になってしまっていた。
ラウルが、格好つける必要の無い相手であったお陰で、エリザベスはこうして素直に意見を言うことができる。
「別に、あなたのためにしようと思ったわけではありませんわ。」
いつものように、思わず冷たい言い方になってしまったが、ラウルはそんなエリザベスを困ったように笑いながら、うんうんと頷いた。そして―――
「わかってるよ。君は、ツンデレだものね。」
そう言って、困ったように笑うのだった。
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