3966話
GWなので、最終日の6日まで毎日2話ずつ投稿します。
こちらに直接来た人は前話からどうぞ。
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「それにしても、レイ教官のお陰でダンジョンを攻略したという実績を貰えるとは思いませんでした。いや、本当にギルムにきてよかったですよ」
そう言いつつ、アーヴァインはレイの背中を叩く。
普段ならレイを尊敬している為か、丁重な言葉遣いのアーヴァインなのだが……今は宴会でテンションが高くなっているのか、レイと気安く接していた。
(というか、顔が赤いんだが……酒は飲んでない、よな?)
アーヴァインの様子に、レイはそう疑問を抱く。
だが、宴会が始まってから何度か料理や飲み物を持ってきて貰っているが、飲み物は全て果実水だ。
夕暮れの小麦亭の女将のラナが、酒はいらないという客の要望を無視するとは思えない。
(となると……これはいわゆる、雰囲気に酔っているとか、そんな感じなのか?)
酒を飲んでいる訳でもないのに、その場の雰囲気に酔う。
そういう現象を、レイは以前聞いたことがあった。
であれば。アーヴァインももしかしたらそのタイプなのかもしれない。
そう思ったが、別にそれで悪酔いしている訳ではない以上、構わないだろうと思う。
「ギルムに来ることが出来たのは、お前が冒険者育成校の中でしっかりと活躍していたからだ。でなければ、そもそもギルムに行きたいという者達を選んだ中に入ることは出来なかっただろうしな」
「レイ教官に褒められると、嬉しいですねぇ。なぁ、お前達もそう思わないか?」
アーヴァインが尋ねると、他の面々もその言葉に頷く。
アーヴァイン程ではないにしろ、雰囲気に酔っている者はそれなりに多いのだろう。
レイにしてみれば、そこまで気にするようなことか? と思わないでもなかったが。
「レイ、言っておくがアーヴァインの言ってることは大袈裟でも何でもないぞ。出来たばかりとはいえ、ダンジョンを攻略したのは事実だ。その実績は大きい。それこそ、ガンダルシアでこの件が知られれば、かなり注目されるくらいにはな」
「まぁ、ガンダルシアでならダンジョンを攻略したというのは言ってもいいと思うけど……そんなにか」
今回の依頼で重要だったのは、やはりトレントの森についてだ。
色々な意味で特殊な場所だけに、そこにダンジョンが出来たというのは公表することは出来ない。
だが、ニラシス達がダンジョンを攻略をしたということまでは、別に隠す必要はない。
ギルムで公にその話をすれば、それはそれで問題なのは間違いないが。
ギルムであっても、ダンジョンの存在というのは非常に大きな意味を持つのだから。
だからこそ、ダンジョンを攻略したという話を大々的にした場合、それがどこにあるダンジョンなのかといったように多くの者が気にするだろう。
そして良くも悪くもアーヴァイン達は冒険者育成校の生徒でしかない。
生徒としては相応の実力を持っているのは間違いないが、増築工事前からギルムで活躍している冒険者は勿論、増築工事でギルムにやって来た冒険者の中にも、アーヴァイン達が敵わない相手は幾らでもいる。
そのような相手に力で来られれば、対処するのは難しい。
だからこそ、ダンジョンについてはギルムで大々的に話すのは不味かった。
「それにしても……レイ教官ってあんな美人と一緒に暮らしているんですよね。世の中の男達からもの凄い妬まれてるんじゃないですか?」
アーヴァインをビステロに押し付けたと思ったら、次はイステルがレイにそう声を掛けてくる。
……実際には、イステルはアーヴァイン程に雰囲気に酔ってる訳ではなく、酔った振りをして気になっていることを……エレーナ、マリーナ、ヴィヘラという強敵……いや、強敵すぎるライバル達のことについて聞こうと思ったというのが正しいのだが。
イステルも、自分がその三人と比べて戦力として圧倒的に劣っているのは自覚している。
だが……それでも、レイのことは簡単に諦めることは出来ない。
その為、少しでもいいのであの三人の情報を集めたいと考え、場の雰囲気に流されたようにしながらレイに尋ねたのだ。
当然ながら、直接的に聞く訳にはいかないので、今のような聞き方になってしまったが。
「そうだな。嫉妬されることが多いのは間違いない」
イステルがどのような考えで聞いてきたのかというのには気が付かず、レイは素直に質問に答える。
「エレーナにしろ、マリーナにしろ、ヴィヘラにしろ、とんでもなく目立つしな。中にはそれこそ本気で夢中になっている者もいる」
もしこれが日本なら……いや、地球なら、それこそファンクラブの類が出来ていてもおかしくはない。
そのようなものがギルムで結成されている訳ではないのは、レイにとって幸運だったのだろう。
(もしファンクラブとかが出来たとしたら、エレーナのファンクラブの会長は、あるいは会員ナンバーの一番はアーラだろうな)
エレーナの側近……お付きとして一緒に行動しているアーラだが、エレーナに対する忠誠心は高い。
それこそ信仰に近いのではないかと思えるくらいに。
レイとエレーナが初対面の時に目が合い、お互いに数秒見つめ合っていた時に、レイがエレーナに何かをしたと判断して攻撃してくるくらいには、エレーナに心酔していた。
そんなアーラだけに、もしエレーナのファンクラブがあったら、真っ先に行動するだろう。
(あるいは、ファンクラブの概念を教えたら、アーラが即座にファンクラブを作ったりしそうなんだよな)
ファンクラブについては黙っていようと思いつつ、レイはイステルとの会話を続ける。
「そうですよね。あの三人……女の私から見ても、驚くくらいに綺麗でしたし。……ええ、本当に」
「イステル?」
イステルの呟きに何かを感じたのか、レイは不思議そうに尋ねる。
レイの声を聞いたイステルは、すぐ我に返り、笑みを浮かべて口を開く。
「いえ、本当にあそこまで美しい人を見たのは初めてでしたので、驚いたのです。レイ教官も知ってるように、私も貴族の出です。今まで色々な人と会ってきましたが、あのような美しい人には会ったことがなかったので」
「そうですよね。私もその意見には賛成です。ガンダルシアは迷宮都市なので多くの人が集まってくるんですけど、それでもあんな美人は見たことがないですし」
カリフがイステルの言葉に同意するようにそう言う。
……カリフは女同士ということで、イステルがレイをどのように想っているのかを理解している。
それだけに、イステルが何を思ってエレーナ達についての話を口にしたのかも理解していた。
いわばこれは、戦力分析。
カリフは今回のギルム行きで同じ女同士ということもあって、自然とイステルと一緒に行動することが多かった。
その為、イステルの恋に協力するのは当然といった気持ちなのだろう。
だがそんな中、イステルやカリフの考えを気にした様子もなく、ハルエスが口を開く。
「あー……それにしても、ダンジョンの攻略が終わったのは本当に嬉しいな」
それは、ハルエスにとって正直な気持ちだったのだろう。
……ハルエスにしてみれば、少し前、それこそ春にはパーティが解散した影響で誰ともパーティを組んで貰えず、ソロでの活動を余儀なくされていたのだ。
それでレイが来たという話を聞いて押しかけ、多少の問題はあったものの、結果としてレイに弓の才能を見出され、最終的にはアーヴァイン達のパーティに入れて貰えるようになった。
その上で、今度はダンジョンを攻略したという実績すら手に入れたのだから、浮かれるなという方が無理だろう。
そんなハルエスに対し、イステルやカリフが責めるような視線を向けていたが、ハルエスは気が付いた様子がない。
打ち上げという事で気分が高揚してる以上、仕方のないことなのかもしれないが。
そんなイステルの視線に気が付いたのは、黙って飲み食いをしていたザイードだ。
元々口数の多い方ではないザイードだけに、言葉少なに他の仲間達と話しながら料理を味わっていたのだが、だからこそイステルやカリフの様子に気が付いたのだろう。
ザイードも、イステルとパーティを組んでいるだけに、当然ながらイステルのちょっとした言動からレイに対してどのような想いを抱いているのかは知っている。
とはいえ、ハルエスのことも同じパーティメンバーとして親しくしているので、話を遮るのもどうかと考え、黙っていたが。
「ハルエス的には、今日のダンジョンはどうだったんだ?」
「そうだな。ガンダルシア以外のダンジョンでも、俺の弓がしっかりと通用したのは嬉しかった。……これもレイのお陰だよ。ありがとな」
「別に俺にそこまで感謝する必要は……うん?」
ハルエスと話をしていたレイだったが、中庭に入ってきた者達の存在に気が付き、そちらに視線を向け、微かに眉を顰める。
レイの視線の先にいるのは、四人の男達。
全員が二十代程くらいだ。
それだけならレイも特に何も思わない。
現在この中庭ではレイ達が打ち上げとして宴会を行っているが、別に貸し切っている訳ではない。
夕暮れの小麦亭を利用している者であれば、誰であっても中庭に入ることは出来る。
それだけであれば、レイも眉を顰めたりはしなかっただろう。
だが、近付いてくる男達の顔には下卑た笑みが浮かび、殺意……とまではいかないが、害意を持っているのが雰囲気で分かる。
(夕暮れの小麦亭に、こういう質の悪い客がいるのか。……これもやっぱり、ギルムの増築工事の影響なんだろうな)
普段ならギルムには来ないような商人も、商機を求めてギルムにやって来る。
そんな商人の護衛が、あの男達なのではないか。
レイにはそう思えたし、その予想が外れているとも思っていない。
(さて、どうするか)
そうなると、どうするのかが問題だった。
向こうが絡んでくるのを待って、それから対処するか。
それとも絡んでくる前、不愉快な思いをする前に対処するか。
どうしようかと思っていると……
そんなレイの考えを読んだ訳でもないだろうが、不意に木陰で寝転がっていたセトが起き上がる。
『っ!?』
そんなセトを見て、近付いて来た男達は揃って息を呑む。
「どうした? 近付いて来たってことは、俺達に何か用事があったんじゃないのか?」
男達が何故息を呑んだのかを理解しつつ、それでもレイはそう尋ねる。
男達の悪意や害意からすると、レイ達に絡もうとしたのだろう。
その理由まではレイにも分からない。
例えば、中庭で宴会をしていたのが気に障ったのか、あるいは苛ついていたところでレイ達を見つけたので絡もうとしたのか。もしくは、イステルやカリフを見て一晩楽しもうと思ったのか。
その辺りの理由まではレイにも分からなかったが、それはもう意味はない。
何しろ男達は、セトを見て動きを止めたのだから。
(ああ、もしかしたらセト目当てだったって可能性も……ないか。それなら、セトの姿を見て動きを止めるとか、そういうことはないだろうし)
未だに返事をしない男達を見ながら、レイは再度口を開く。
「どうした? いつまでもそこにいられると邪魔なんだがな。用事がないなら、さっさと失せろ」
「……っ!? 行くぞお前達!」
レイの言葉に男達の中でも先頭にいた男がそう言うと、他の男達もそれに不満を漏らすようなことはなく、素直に従う。
セトを見た瞬間、自分達が手を出していいような相手ではないと理解したのだろう。
「なんなんだよ、一体。せっかく楽しく騒いでたってのに」
不満そうな様子でそう言うのは、アーヴァイン。
……普段のアーヴァインなら、男達に悪意や害意があったのは理解出来ただろう。
だが、雰囲気にとはいえ酔っ払っている今は、残念ながらその辺りに気が付く様子はなかった。
「……レイ、こういうのはよくあるのか?」
そして当然だが、教官のニラシスは男達の目的に気が付いていた。
この場所を指定したレイなら、ある程度の事情は理解出来るだろうと、尋ねる。
「どうだろうな。以前泊まっていた時はそういうことは……いや、ランクA冒険者に襲われたことはあったか」
「お前、一体何をしてるんだ?」
呆れた様子で言うニラシスだったが、レイにも反論はある。
「その件については俺が悪いって訳じゃなくて、家族を人質に取られて、それで襲ってきたんだよ。……そう言えば、ロドスはどうしてるんだろうな」
「ロドス? まぁ、レイの様子を見る限り、下手に聞かない方がいいようだが」
「色々とあったんだよ。ともあれ、さっきラナも言ってたと思うけど、増築工事の件で普段はこないような者達もギルムに来てるらしいから、多分その関係だろうな。セトを見て怯えていたようだったし」
そう言うレイの視線の先で、セトはどうしたの? と小首を傾げるのだった。
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